#26 文化祭準備が、思ったより恋と騒動に満ちていた件
放課後、俺は美術準備室に向かった。
生徒が置いていった作品や大道具の倉庫になっていて、ここにあるものは文化祭で好きに使ってよいことになっているらしい。
目ぼしい物は他のクラスに持っていかれていたが、色々使えそうなものが残っている。
暗幕が畳んで積まれているのを探っていると、ひまりが入ってきた。
「あ、類くん、ここにいたんだ……」
接客班としてさっきまで教室の会議に出ていたひまりは、元気がない。
「類くん、わたし……接客になっちゃった……」
「ああ、見ていた」
「本当は裏方が良かったのに……お料理担当したかったな……」
ひまりはそう言って、持っていたタッパーをぱこんと開ける。
中には、昼休みにひまりが作った玉子焼きが入っていた。
「あ、家庭科室の冷蔵庫に入れてたから大丈夫だよ。類くんも食べない?」
黄色の玉子焼きに、オレンジの人参が入っている。
兎山家では出てこない料理だと思ったが、一つ食べてみると美味しかった。
「……美味い。家で出てくるのより美味い」
「え……!そ、そんな……」
ひまりが嬉しそうに頬を染める。
その表情を見て、俺は思わず視線を逸らした。
胸の奥が、妙に温かい。
「ひまりは、料理が上手なんだな」
「う、ううん!普通だよ!」
「普通……」
「あ、あの、料理をする人の中では、普通レベルってこと!」
俺がサラダを作ろうとしてまな板を両断し、調理班をクビになったことを思い出したひまりは、俺を慰めるように慌てて言い足した。
今まで料理をするなんて考えたことがなかったが、普通レベルには作れるようになろう。
「類くん、占い班の他の人は?」
「他の奴は、部活の出し物がある」
「え……じゃあ、類くん、1人で準備してるの?」
占い班に配属された生徒は俺も含めて全員男子で、誰一人占いに興味がなく、やったこともなかった。
そして、先程の班会議で『イケメンなら適当なことを言っても許される。むしろ、イケメン以外に占いなど許されない』という結論になり、俺を残して去っていった。
「ひどーい!類くん、大丈夫?」
「俺は部活に入ってないし、一人で勝手にやる」
普通の高校生は文化祭を楽しむものらしいし、俺も悪目立ちしない程度に参加するつもりだ。
「類くん、占い好きなの?」
ひまりに尋ねられて、俺は「考えたこともない」と答えた。
人の心を読むのは得意だ。
だが、それは暗殺者としての観察眼。
相手を幸せにしようとする占いとは、真逆のスキルだ。
「血液型占いは?わたし、朝のニュースでいつも見てるよ」
「自分の血液型、知らない」
「そうなんだ。そしたら、星座は?」
「星座?」
「これは誕生日で決まってるから。類くん、誕生日いつ?」
「誕生日も知らないな」
「うーん……」
ひまりは難しい顔になって本気で悩み出した。
「んー……でも!類くんは観察力があるから、きっと上手にできるよ」
ひまりに励まされ、春藤の無茶ぶりに追い詰められていた俺でも何とかなる気がしてきた。
その時、廊下から周が顔をのぞかせる。
「あー!2人とも、いたいた。探したよ」
「伊波くん、お疲れさま」
「ああ、類、お前占いやるんだってな」
「……ああ」
「できるのか?」
「できなくもない」
「お、お前……!そう言ってまな板をぶっ壊して調理班クビになったんだろ。無意味な自信を持つのはやめろ」
周が珍しくもっともなことを言う。
そして、プリントを俺とひまりにそれぞれ渡した。
「はい、これ書いて」
「伊波くん、何これ?」
プリントには今日から文化祭までの日付と始業前、放課後といった時間帯が書かれていた。
「予定があって出られない時間にバツ付けて。当日のローテーションも考えなくちゃいけないし」
「あーそっか……」
仕事が増えて来ているひまりは、言葉を濁した。
周はすぐにその様子に気づく。
「出られない日は他の人がサポートするから大丈夫だよ」
「うん、ありがとう……」
ひまりは用事がある日に次々バツを付けている。
対して俺は、何も用事がない。
名前だけ書いて全て空欄のまま周に渡したが、ひまりは俺のプリントを覗いた。
「類くん、お名前の横にウサギ書いてる!」
「……ああ」
「かわいい……!」
ひまりは歓声を上げているが、一筆で走り書きした顔も描かれていないウサギのマークだ。
「なーあざといよな」
なぜか敵に回った周が意地悪く言う。
俺は適当に書くと字がそれほど綺麗ではないし、兎という漢字は一般的にあまり氏名で登場しないから予測がつきにくい。
だからウサギのマークを書いた方がよい、と天音に言われて、そのまま癖になっていた。
「いいなー……わたしもそういうの欲しいなぁ」
「ひまりも描けばいいだろう」
「ダメだよ。わたしの名前にはウサギが入ってないもん。類くんみたいな可愛いマーク、憧れるなぁ」
ひまりは羨ましそうに俺のプリントを見つめている。
「強羅さん、山とか電車のマークとか書けば?」
「うーん……ぱっと描くのが難しくないかな?何かわかんなくなりそう」
雑談している2人を放っておいて、俺は暗幕をいくつか引っ張り出した。
喫茶店とは別に小さなブースを作ることになったから、暗幕で仕切ると雰囲気が出るかもしれない。
「やっぱり動物が可愛いよ。名前に動物が入っているのっていいよね」
「それなら類と結婚しちゃえばいいじゃん」
「うーん、て……け、結婚?!」
周がさらりと言った言葉に、ひまりが裏返った声で叫んだ。
俺は手を止めないまま、二人の方をちらりと見た。
「それで、兎山って苗字をゲットしたらいいじゃん」
「な、何言ってるの!伊波くん!!」
ひまりの顔は真っ赤になっている。
周の方は、そんなひまりの様子にむしろ呆れているように、淡々と続けていた。
「兎山ひまりって、字面が可愛くていいと思うけど」
「確かに……って、違うでしょ!結婚っていうのは、相手の意思が大事なんだから!!」
ひまりの声が、いつもより高くなっている。
俺は暗幕を広げながら、その会話を聞いていた。
兎山ひまり、か。
確かに、悪くない響きだ。
いや、何を考えているんだ。
俺は戸籍があるかわからない人間で、結婚など想定されていない。
普通の人生を歩むひまりとは、住む世界が違う。
「はいはい。強羅さん、そのプリント、明日までにね」
周は言うだけ言って、準備室を出ていった。
「る、類くん、聞いてた?」
「ああ。周が適当なことを言うのは、いつものことだ」
「う、うん……」
ひまりは困ったように笑う。
しかし、笑おうとして、うまく笑えていない。
その顔を見て、俺はふと思った。
もし、ひまりが本当に兎山ひまりになったら。
そんなことを考えている自分に気づいて、俺は視線を逸らした。
「類くん?どうかした?」
ひまりが不思議そうに俺を見つめている。
「いや、何でもない」
考えても仕方がない。
今はただ、文化祭を成功させることだけを考えよう。
「暗幕、これで足りるか確認する」
「あ、わたしも手伝うよ!」
ひまりが駆け寄ってくる。
その笑顔はさっきより少しだけ明るくなっていた。
二人で暗幕を広げながら、俺は心の中で思う。
(文化祭、か)
普通の高校生活なんて、俺には縁がないと思っていた。
でも、今は少しだけ本当に楽しみになっている。
それは、きっとひまりのおかげだ。




