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元暗殺者の俺だけが、クラスの地味系美少女が地下アイドルなことを知っている。  作者: 甘酢ニノ


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#24 カオスと化した文化祭とお隣の恋の事情について

 文化祭の準備が始まったのは、もう一ヶ月以上前だった気がする。

 にもかかわらず、俺たちのクラスは今、焦りの渦の中心にいた。


「本当に、マズい……」


 クラスの文化祭委員の春藤が、黒板の前で重々しく呟く。

 女子バスケ部に所属している活発な生徒だ。

 声が大きくてリーダーシップがあるタイプ。


 一方、声は大きいがリーダーシップが無い方の男子委員、周は同じく黒板の前に立って春藤を不安そうに眺めている。


「うちのクラス、何にも決まってないよ!隣はもう大道具作り終わったってさ!」

「隣は演劇だろ?比べたってしょうがないって」


 何も決まっていないこの危機的状態で、周はいつも通り楽観的だった。


 このクラスの準備が遅れている理由は一つ。

 校内で一番人気の喫茶店ブースの営業権を勝ち取ってしまったからだ。


 文化祭では、クラスの出し物が被らないように調整が入る。

 そこで、くじ運最強と自称する春藤は、中高合わせた全クラスのくじ引きで、選択権一番目を引き当てた。

 「やったー!」「絶対うちのクラス行列できるよ!」「売上で打ち上げどころか旅行行けちゃうかも!」と盛り上がっていたのが、数ヶ月前。

 その勢いのまま、クラス全員がしばらく祝勝ムードに浸りきってしまった。


 結果、準備はほぼ進んでいない。


「とりあえず、やりたいことの案を出していこう!みんな、好きに言っていいから!」


 春藤の言葉に、クラスから次々と意見が上がる。

「メイド!」「執事!」「大正浪漫!」「純喫茶!」「占い!」「スタバ!」「アイドル!」


 出てきた意見を周が黒板に書いていく。

 積極性があって意見がどんどん出てくるが、見事にバラバラだ。

 これはまとまるのだろうか。


「みんな、ありがとう!喫茶店って、結構テーマが色々あるね……」


 春藤は黒板に並んだ文字を眺めた。

 ここから投票でもするのか、と思っていたが、春藤は大きく頷く。


「よし!全部採用!」

「フジ、それは無理だって!」


 周が慌てて止めに入るが、一度スイッチが入った体育会系女子は止まらなかった。

 春藤は拳を固く握り締める。


「大丈夫!為せば成る!」

「わ、わかった!一回、俺とフジで相談しよう。で、明日までにまとめた案を出すから!な?そうしよう!」


 「解散!」と周が言うのと同時に、昼休みが始まるチャイムが鳴る。

 為さねば成らぬ!とまだ気合を入れている春藤を引き摺って、周は教室を出て行った。


 ーー


「類くん、これ見て!」


 昼休み、

 屋上にいる俺に着いて来たひまりがスマホを差し出してきた。

 画面には、Re⭐︎LuMiNaの公式アカウント。

 そこには大きく『人気投票、特別イベント開催決定!』の文字が躍っていた。


「文化祭と被らないのか?」

「ううん、大丈夫!土曜の午前だけだから、午後からは参加できるよ!」


 ひまりは嬉しそうに笑う。

 その笑顔を見て、少しだけ安心した。


 最近、ひまりは仕事で休むことが増えている。

 人気投票の中間発表が近付いているらしい。土日のイベントだけでなく、平日の仕事も増えて学校生活との両立が難しくなっていた。


「よかったな」

「うん!類くんにも会えるし」


 さらりと言った後、ひまりの頬がぽっと赤くなった。

 もしかしてまた風邪か、と俺が尋ねる前に、ひまりは顔を隠して話題を変える。


「で、でもさ、伊波くんが文化祭委員ってなんか意外だね。伊波くん、あんまり仕切るタイプじゃないのに」


 そうだよな、と俺は頷いた。

 周は賑やかだし盛り上げ上手だが、責任を負うのを嫌がる人間だ。

 学校行事にはその他の生徒として参加していた。


「たしか、春藤さんが立候補で決まって、その後すぐに伊波くんが自分もやるって言ったよね?もしかして、伊波くんって……春藤さんが好きなのかな……?」


 ひまりが嬉しそうに小首を傾げる。

 女子はみんな恋バナが好き、といつでも主語の大きい天音が言っていたが、案外真実なのかもしれない。


「逆だ」

「逆?」

「春藤が、周を好きなんだ」

「えぇ!?そうなの?」


 ひまりが驚いて声を上げる。

 そして、屋上には俺たちしかいないのに、慌てて声を潜めた。


「類くん、なんで知ってるの?」

「春藤の視線や話し方でわかる。春藤は、自分が立候補して委員になれば、周も委員になるとわかっていた」


 聞いたところによると、周と春藤は幼馴染らしい。

 しっかり者だが暴走しがちな春藤。

 いつもは頼りないけれど、ブレーキをかけてくれる周。

 正反対のようで、うまく噛み合っている。


「えー?伊波くん、今、彼女いないんだよね?それなら、つ、付き合ったりしないのかな?」


 ひまりの声が、ほんの少しだけ震えていた。

 他人事のように話しながら、どこか自分のことのように緊張している。

 俺は首を横に振った。


「周が、春藤を恋愛対象として見ていない。春藤は、今の関係が壊れるのを恐れて告白しないでいる。しばらくは進展しなさそうだ」

「す、すごい……類くんは恋愛マスターだよ!」


 ひまりが目を輝かせる。

 なんとなく、嬉しくない肩書きだ。


「俺は観察しているだけだ。当事者じゃない」

「でも、文化祭で告白したりするかもね」

「いや、しないだろう」


 俺が即答すると、ひまりは不満そうに頬を膨らませた。


「類くん、恋愛マスターなのに考えが甘いよ。現実はドラマと違うんだよ。恋愛っていうのは早い者勝ちなんだから……!うぅ……」


 ひまりは、なぜか自分で言った言葉にショックを受けている様子だ。

 ひまりにも、誰かに取られたくないと思う相手がいるのかもしれない。


 そして、言われてみれば、決められた役者の数だけしか登場人物がいないドラマとは違い、現実には恋敵も浮気相手も無限にいる。


「告白は、しないと思う」


 しかし、俺は国内の家族ドラマはほぼ網羅している。

 幼馴染が高校生の段階で告白する可能性は案外低い。

 現状維持を選んでしまうのが、人間の性だ。


「えー、すると思うなぁ。女の勘だよ!」

「しない」


 俺が断言すると、ぷぅとひまりは唇を尖らせた。


「じゃあさ、もし文化祭で春藤さんと伊波くんが告白しなかったら、類くんの勝ちでなんでも言うこと一つ聞いてあげるよ」


 ひまりが賭けを持ちかけてくるなんて、女の勘を蔑ろにされて悔しかったらしい。

 しかし、この提案は、少し危険な気がする。


「それなら俺も、ひまりの言う事をなんでも一つ聞く」

「……ほんとに?」


 ひまりの表情が変わった。

 真剣な眼差しがこちらを見つめている。


「ああ」

「じゃあ、絶対覚えててよね」


 そう言って、ひまりは小指を差し出してくる。

 指切りか。子供じみているが、断る理由もない。


 俺が小指を絡めると、ひまりは嬉しそうに笑った。

 その笑顔は、ステージ上のものとは違う。

 誰かに見せるためじゃない、本当の笑顔だ。


「指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ます……」


 ひまりが小さく呟く。

 その声は、校庭から届いてくる喧騒に紛れてほとんど聞こえなかった。


「……指切った」


 小指を離すと、ひまりは恥ずかしそうに視線を逸らした。

 その耳が、ほんの少し赤くなっている。


「類くん、もし私が勝ったら……」

「ん?」

「ううん、やっぱりなんでもない」


 ひまりは首を横に振って、笑顔を作る。

 だが、その笑顔のどこかに、決意のようなものが混じっていた。


 この賭けは、単なる遊びじゃない。

 ひまりにとって、何か大切な意味があるんだろう。


 俺はそれ以上聞かずに、窓の外を見た。

 校庭では、文化祭の準備をする生徒たちが忙しそうに動いている。


(文化祭か……)


 まさか、俺がこんなイベントに巻き込まれるとは思わなかった。

 元暗殺者が、青春を謳歌する。

 考えてみれば、妙に滑稽な話だ。


 だが、悪くない。

 そう思えるようになった自分が、少し不思議だった。


「文化祭、楽しみだね」


 ひまりの声が、優しく響く。

 俺は小さく頷いた。


「ああ、そうだな」


 その時、俺はまだ知らなかった。

 この賭けが、文化祭で思わぬ波乱を巻き起こすことを。

 そして、俺自身の気持ちに、嫌でも向き合わされることになるとは。

読んでくださって本当にありがとうございます!

いつの間にか3章です!

評価やリアクションを頂けると次話を書く力になります!

これから二人の距離がどう変わっていくのか、ぜひ見届けてください!

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