#22 ドキドキする時は体温チェックが先決な件
金曜日の朝。
いつも通り早めに登校して予習をしていたが、始業近くになってもひまりが来ない。
(今日も仕事か……?)
最近、ひまりが欠席することが多くなった。
人気投票が開始し、イベントやレッスンが増えているらしい。
今日もそうだろうと気にしていなかったが、スマホにひまりからメッセージが届く。
内容を確認して、前の席でギリギリに登校してきて宿題を慌てて終わらせている周の背中を突いた。
「おー?なんだよ?」
「ひまり、今日休みだって」
「ふーん」
「『風邪ひいたから休むね。病院行ったら熱出てた。伊波くんにありがとうって言っといて』」
俺はひまりから届いたメッセージをそのまま読み上げる。
すると、周はがくりと項垂れた。
「ほ、本当に病気だったのかよ……!」
「熱が出たから病院に行った、ならわかるが、病院に行ったら熱が出てた、は普通は順番が逆じゃないか?」
「もう知らねー!お前らに巻き込まれるのは嫌だー」
周はよくわからないことを喚いている。
俺は、少しだけひまりが心配になった。
(……無理したのかもな)
ひまりは、ここ最近ずっと頑張っていた。
メンバーに疑われているとは言っていたが、それ以外にも何か悩みがあることに俺は気付いていた。
そして、それを俺に言わないでいることも。
俺は、スマホでひまりにメッセージを送る。
『大丈夫か?』
しばらくして、返信が来た。
『ごめんね、心配かけて。ちょっと熱が出ちゃった。でも大丈夫』
『無理するな。今日はゆっくり休め』
『うん。ありがとう、類くん』
俺はひまりにスタンプを送った。
始業のチャイムが鳴って、宿題が佳境の周が叫ぶ。
俺はスマホをしまった。
ーー
昼休み。
スマホでドラマを見ながら屋上で弁当を食べる。
今日は一人。
ひまりがいないと静かだ。
集中できるからいいけれど、なんだか落ち着かない。
ドラマを中断しようと思ったら、ひまりからのメッセージが届いた。
『類くん、お願いしてもいい?』
『何だ?』
俺が返事をすると、すぐに返信が来た。
『わたしの机の中に、仕事用のスケジュール帳が入ってるの。それ、隠しておいてもらえない?』
仕事用のスケジュール帳。
中を誰かに見られたらひまりがアイドルだとバレてしまう。
放課後や土日で別の生徒が机を使うことがあるから、危険な状況だ。
『わかった。隠しておく』
『ありがとう!本当に助かる。でも、絶対に中は見ないでね!ごめん!』
俺は弁当を片付けて、教室に戻った。
ひまりの机の中を見ると、紺色のスケジュール帳があった。
表紙には、小さくRe⭐︎LuMiNaのロゴが箔押しされている。
(……これか)
俺はそれを取り出し、自分のカバンにしまった。
そして、ひまりにメッセージを送る。
『回収した。週末を挟むし持っていく。住所を教えてくれ』
『え?家に持って来てくれるの?』
『問題あるか?』
ひまりからの返信が来ない。
いきなり女子の家に行くというのは、失礼だったかもしれない。
俺は少し考えて、返信した。
『嫌なら、月曜日に学校で渡す』
そう送ると、今度はすぐに返信が来た。
『嫌じゃない!来て!お願い!』
その返信の後に、住所が送られてくる。
『わかった。放課後に行く』
俺がそう送ると、謝っているウサギのスタンプが送られてきた。
俺が使っているのと同じスタンプだと気付く。
俺は天音に言われて買わされたが、ひまりも持っているということは実は流行っているのかもしれない。
ーー
放課後。
ひまりから送られてきた住所を頼りに、彼女の家へ向かった。
俺の家とは逆方向だが、それほど遠くはない。
途中でスマホにメッセージが届く。
ひまりからかと思ったら、母親からだった。
『今日、何時に帰ってくる?』
母親がこういう質問をしてくるときは、買い物の依頼か外食の予定調整だ。
『友人の見舞いに行くから、少し遅くなる』
そう送った後、途中でコンビニを見つけて入った。
見舞いに行くときは、普通は何か手土産を持って行くものだ。
よくあるのは花だが、花屋がないし、俺は花はもらって何に使うのかわからないからやめておこう。
(そうなると、食べ物か……)
ドラマでは果物の場合が多かった。
しかし、コンビニはそれほど果物が売っていない。
少量でカロリーが多く取れるものにするとして、菓子パンとかはどうだろう。
そう考えてパンの棚を見ていると、母親からメッセージが届いた。
『お見舞いに持って行くならプリンとかゼリーにするんだよ。間違ってもカロリー摂取の効率を考えて菓子パンを持って行かないこと』
さすが、母親は鋭い。
確かにコンビニにはゼリーとプリンが売っている。
言われた通りにそれを選んだが、売り場の大半を占めている菓子が気になった。
『お菓子は?』
『高めのを一つ持っていく。女の子は安いお菓子をたくさんもらっても困るだけだからね』
なるほど、と俺は感心した。
質より量、と考えてしまうが、美容に気を付けているひまりには良い物を少しの方がよい。
俺は新発売と書かれているチョコレートの箱を手に取った。
しかし、見舞いに行く友人が女の子だとは言っていないのに、なぜ母親はわかったのだろう。
『なんでわかったんだ?』
『母親の勘よ。楽しんできてね』
(楽しむ……?)
俺には母親が何を言っているのかわからなかった。見舞いに行くのに、何を楽しむ必要があるのだろう。
スマホのマップを頼りに進んでいくと、マンションに到着した。
ひまりは一人っ子だと聞いていたが部屋数が多そうな、駅から近い大きなマンションだ。
ひまりの家は、もしかしたらそれなりの金持ちなのかもしれない。
オートロックの玄関で、部屋番号とインターホンを押す。
『はーい』
明るい女性の声で応答がある。ひまりの声に少し似ていた。
「兎山です」
『あー!聞いてます。ありがとう!』
強羅さんの同級生で、と俺が説明する前にオートロックが開いた。
エレベーターに乗って玄関のチャイムを押すとドアが開く。
優しそうな女性が立っていた。ひまりの母親だろう。
「ひまりから聞いてるわ!いつもお世話になっています」
「こちらこそ、お世話になっています。ひまりさんの荷物を届けに――」
俺はカバンからひまりのスケジュール帳を出して、ひまりの母親に渡そうとした。
だが――手が止まる。
(……ひまりは『絶対に中を見ないで』と言っていた)
母親にも見られたくないものなのかもしれない。俺が渡していいものなのか。
その時――
「る……う、兎山くん、ありがとう!」
廊下からパジャマ姿のひまりが走ってきた。
「わたしのお部屋来て!」
「ひまり、お茶持って行こうか?」
「うん!ありがとう」
ひまりに腕を引かれて、俺は家の中に上がってしまった。
ひまりの部屋は、ピンク色のクッションやぬいぐるみが並んでいる。
壁にはアイドルのポスター――ではなく、風景写真が飾られていた。
意外にも大人しい雰囲気の、整理整頓された部屋だ。
ローテーブルの前のクッションに座ると、ひまりはベッドに腰掛けて息を吐く。
「類くん、ありがとう……引っ張ってきちゃってごめんね。お母さんが色々言うかもしれないから……」
「色々?」
「その……わたしが、お家で類くんのこと、色々話しているから……」
熱のせいで赤かったひまりの顔が、更に赤くなっていく。
俺がどんなことを言われているのか気になったが、ひまりに追及するのも可哀想だからそれ以上は尋ねなかった。
「ひまり、スケジュール帳」
俺がカバンの中から取り出して渡すと、ひまりはすぐに受け取った。
「ありがとう!!よかった……週末の予定も書いてあるから、本当に助かったよ」
「中は見てない」
「うん?わたしが見ないでってお願いしたもんね、ありがとう」
少しくらい疑われるかと思ったのに、ひまりは俺が中身を見ていないと信じている。
何とも言えない感情が胸に湧いてきた。
が、ひまりがくしゃみをして、一旦思考を中断する。
「まだ体調は悪いのか?」
「うん……ちょっと熱が……」
「測ったか?」
「さっき、37度5分。病院では、ただの風邪っていわれた」
それは寝込むことなのだろうか、と考えた。
組織にいたときは39度までは通常任務で40度を超えると薬を飲まされた上で通常訓練だ。
ひまりに隠れて、スマホで母親に助けを求める。
『37度5分の人間にかけるべき言葉は?』
『まだ辛いだろうし、あんまり無理するなよ』
「……まだ辛いだろうし、あんまり無理するなよ」
「うん……ありがとう」
ひまりはずびずびと鼻をかんでいて、体調が悪そうだ。
「それじゃあ、俺は帰る」
「あ、待って!この前借りてたハンカチ、返すの遅くなっちゃったから」
そう言って棚の方に駆け出したひまりは、床に足を滑らせてひっくり返りそうになる。
ふらふらしているから多分転ぶだろうと予測していた俺は、ひまりを抱き止めた。
そのまま抱えてベッドに下ろそうとしたが、ひまりは俺の首に抱きついて離れない。
「類くん、落ち着く」
「そうか」
「うん、硬いから安心する」
「硬い?」
ひまりの言っている意味がいつも以上にわからない。
口調がおぼつかないし、どうやら限界が来て寝ぼけているらしい。
元気そうに見えたが、俺が来たから無理をしていたのか。
「俺は、みんなが普通に柔らかいのが羨ましい」
「そうなの……?類くんは、強くていいと思う」
ひまりが俺の肩に顔を埋めた。
「わたしも、強かったらよかったのに」
「ひまりは、十分強い」
俺はひまりの背中を撫でた。
ひまりが一人で悩んでいることを知っているのに、悩みを打ち明けてもらえないのがもどかしかった。
「でも、俺の方が強い。だから、ひまりが悩んでいるなら助けてやる」
「うん……あのね……」
「なんだ」
「類くん……大好き……」
その言葉に、俺は完全に固まった。
時間が止まったように感じた。
心臓の音が、やけに大きく聞こえる。
(……これ、熱で朦朧としてるのか?)
この状態で、聞いてはいけなかったかもしれない。
「おい、ひまり」
「んー……?」
「寝ろ」
「んー……おやすみ、類くん、ありがとね……」
ひまりはベッドに転がるとそのままこてんと眠ってしまった。
(……大好き、か)
その言葉が、頭の中で繰り返される。
俺はひまりの寝顔を見ながら布団をかけた。
(熱のせいだろう)
俺はそう結論づける。
静かに部屋を出ると、ひまりの母親が笑顔で迎えてくれた。
「ひまり、寝ちゃった?」
「はい。お邪魔しました」
「そう。ありがとうね、来てくれて」
俺を玄関まで見送りながら、ひまりの母親は続けた。
「ひまり、最近よく兎山くんの話を家でしてるの。『類くんが教えてくれた』とか『類くんがこう言ってた』とか」
「そうですか」
「兎山くん、これからもひまりのこと、よろしくね」
ひまりの母親が優しく言う。
「はい」
俺は優等生の笑顔を作っておこうと思ったけれど、いつもの顔のままうなづいてひまりの家を出た。
帰り道、さっきのやり取りを振り返る。
(ひまり、『大好き』って言ってたな)
俺はひまりに同じことを、同じように言えるかと考えた。
しかし、あんな風に、人を好きだと言ったことは今まで生きてきて一度もない。
(……ひまりのこと、大切に思ってる)
それだけは、確かだった。
(このまま、一緒にいたい)
なぜそう思うのか、理由はわからない。
組織にいた頃は、誰かと一緒にいたいなんて思ったことはなかった。
でも、今は違う。
普通の生活に物足りなさがあるのに、このままでもいいかもしれない。
そう思ってしまうのも、確かだった。




