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元暗殺者の俺だけが、クラスの地味系美少女が地下アイドルなことを知っている。  作者: 甘酢ニノ


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2/55

#1 妹に付き添って行ったら、ライブが思ったより本気だった件

 

 ⸻

「お兄ちゃん! 今日! 絶対行こう!」


 朝、リビングのドアを開けた瞬間、妹の兎山天音が勢いよく飛び出してきた。

 両手にペンライト、顔には勝利の笑み。すでに戦闘態勢だ。

 俺はその時、ソファでNetflixのドラマを見ていた。

 海外の家族ドラマ。父親と母親と子供たちが笑顔で食卓を囲むシーン。

 普通の家族を学ぶのに適した教材だ。

 暗殺者として育てられた俺には、“普通”がわからない。

 だからドラマを見て、学んでいる。

 家族の会話。笑い方。怒り方。泣き方。

 すべてが、俺にとっては未知の領域だ。


「……何の話だ」

「『Re⭐︎LuMiNa』の現場!当日券とれそうなの!行こう!」

「断る」


 即答。

 俺――兎山類は、無愛想である。いや、正確には”無表情がデフォルト”なだけだ。

 感情がないわけじゃない。ただ、表に出すのが極端に下手なだけで。


「お兄ちゃん、たまには外出ようよ! 最近ずっと家でNetflix見てるだけじゃん! 青春しよ、青春!」

「……このドラマ、まだ途中なんだけど」

「後で観ればいいでしょ!青春しないと!」


 青春を連呼する天音は、俺の過去を知らない。

 俺が普通の高校生として暮らしていることを、素直に喜んでくれている。

 だが今、俺は明確に逃げるチャンスを狙っていた。

 天音の視線を外した瞬間、廊下を抜けて自室へ――


「類」


 母の低い声が背後から飛ぶ。

 俺の動きがピタリと止まった。

 この家で逆らってはいけない人物、それが母・詩子うたこだ。


「天音ちゃんが楽しみにしてるのよ。一緒に行ってあげて」

「……俺、アイドルとか興味ないし」

「いいのよ。あなたもそろそろ”普通の高校生”っぽいこと、経験しておきなさい。スマホばかり見てないで」


 母の言葉には、柔らかな笑みと、少しの願いが込められていた。

 彼女は俺が”元暗殺者”だと知っている。

 それでも受け入れ、家族として一緒に暮らしてくれている。

 ――普通の子になってほしい。

 きっとその思いから、俺をライブに行かせようとしているのだろう。

 ……だが。


(地下アイドルのライブに行く男子高校生は、別の意味で普通とは言い難いのでは?)


 心の中でツッコミを入れつつ、俺はため息を吐いた。


「……わかった。行く」

「え、ほんとに!?」


 天音が目を輝かせる。

 母が微笑む。

 俺は逃げ場を完全に失った。


 ⸻


 それほど広くないライブ会場。

 それなのに、俺がこれまで踏み込んだどんな”戦場”よりも騒がしかった。

 人、人、人。

 光と音と熱気。


(……敵意はなし。だが、圧がすごい)


 会場に入った瞬間、俺の中の”観察者モード”が自動的に起動した。

 出入り口の位置、観客の動線、非常口までの最短ルート。

 天井の高さ、音響設備の配置、照明の死角。

 暗殺者時代に叩き込まれた習慣は、今もなお消えない。


「お兄ちゃん、わたし女限行くから!」

「……女限?」

「女性限定エリア! アイドルがもっと近くで見れるの!じゃあね!」


 天音は嬉しそうに手を振って、人混みの中へ消えていった。


(……置いていかれた)


 俺は会場の端、壁際に立つ。

 周囲を見渡すと、ほとんどが男性客だ。

 大柄な男性が密集していて、天音のような背が低い女性はほとんどステージが見えない。


(なるほど。だから”女性限定エリア”があるのか)


 納得しつつ、俺はスマホを取り出した。

 先ほど見ていたドラマの続きを見ようかと思ったが、ステージが暗転し、観客が一斉に息をのむ。

 次の瞬間、スポットライトが照らし出したのは、キラキラと輝く衣装に身を包んだ少女たちだった。


「Re⭐︎LuMiNaの登場ですーっ!!!」


 女の子の声が響き、会場が爆発するように沸いた。

 俺はその熱狂を、少し離れた場所で見つめていた。

 音楽が鳴り響く。

 ピンクとブルーの照明が交互に点滅し、ステージ全体が幻想的に彩られる。

 アイドルたちは笑顔を浮かべながら、完璧に揃ったダンスを披露していた。


(……Netflixのアイドルドキュメンタリーで見たやつに似てる)


 俺は無意識に、観察モードに入っていた。

 ――全員、視線が一点に集中している。

 ――歓声と振動が同期している。

 ――平均年齢は10代後半から4、50代まで。男性八割、女性二割。

 ――熱中症のリスクあり。換気不足。

 暗殺者時代に培った”群衆解析”が勝手に発動していた。

 職業病、恐るべし。

 だが――


「ターゲット、確認」


 無意識に、心の中で呟いていた。

 センターから少し外れた位置。

 ツインテールに結んだ髪。

 みどりが基調の衣装。ステージ用のメイクが施され、キラキラと輝いて見える。

 が、笑顔を浮かべながらも、どこかぎこちない。

 ダンスは完璧なのに、時折ふっと影を落とすような表情を見せる。

 呼吸のリズムが乱れている。

 肩に力が入りすぎている。

 目線が定まらない。


(……無理してる。あれは、限界のサインだ)


 なぜそんなことがわかるのか、自分でも不思議だ。

 たぶん、戦場で”折れかけた心の顔”を何度も見てきたからだろう。


(この前見たドラマにも、こういう子がいた。最後、死んでたな)


 ライブが終わり、観客たちが出口へと押し寄せる。

 天音が女限エリアから戻ってきた。満足そうに笑っている。


「お兄ちゃん、どうだった!?」

「……みんな、頑張ってたな」

「感想それだけ!? もっとこう、『最高だった!』とか『また行きたい!』とか!」

「……良かった、とは思う」

「素直じゃないなぁ。あ、わたしトイレ行ってくるから、ちょっと待ってて!」


 天音はそう言って、また人混みの中へ消えていった。


(……また放置か)


 俺はため息をつきながら、会場の出口付近へ向かった。

 その時だった。

 ふとステージ裏の方に、ひとつの小さな影が見えた。

 暗がりで、肩を震わせている。


(泣いてる?)


 気づけば、足が勝手に動いていた。


 ⸻


 そして、冒頭のシーンへと繋がる。

 少女――ひめさきひまりは、俺が差し出した『Starry@Prism』のタオルを胸に抱きしめたまま、もう一度だけ振り返った。


「……また、会えるよね」


 俺は答えなかった。

 ただ、静かに会場を後にした。

 彼女はまだ知らない。

 その”優しさ”を向けた相手が、かつて幾人もの命を奪ってきた人間だということを。

 そして俺も――この時はまだ気づいていなかった。

 彼女が誰なのか。

 どこで会うのか。

 それを知るのは、明日の朝、教室で眼鏡をかけた地味な少女を見た時だ。

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