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元暗殺者の俺だけが、クラスの地味系美少女が地下アイドルなことを知っている。  作者: 甘酢ニノ


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#14 妹は見た!“怪しい昼休み”の現場の件

 教室に入り、自分の席に腰を下ろす。


 まだ生徒がまばらな朝の教室は静かで、一日の中で最も落ち着ける時間だ。

 予習をしようと机にノートを広げ、ペンケースを開く。

 そして、違和感に気付いた。

 シャーペンが一本足りない。


(今朝、天音の宿題を解いていた時か?)


 歩きながら問題を解いていて、ノートに挟んだまま天音に返してしまったのかもしれない。

 まあ、他にペンはある。

 俺は気にせずに予習を始めた。


 五分後、ふらふらと周が前の席に座る。


「おはよー……」


 力のない声。目の下には隈。明らかに寝不足の顔だ。


「徹夜したのか?」


 俺が尋ねると、周は驚いたように目を見開いた。


「すっげぇ……何でわかんの?」


 この時間は、いつも遅刻ギリギリの周が登校してくるには早すぎる。

 夜更かしをして朝になり、このまま寝ると遅刻確定だから、徹夜で登校してきた。

 簡単に導き出される事実だ。


「ヤバい……居眠りしたらバレるよな」

「いつものことだろ」


 ペンを止めずに答える。

 授業中に安らかに眠る周の頭を、教師が叩く光景は日常茶飯事だ。


「周」


 俺はノートから目を離さずに言った。


「さっき、天音と話してただろ」

「……うぇっ?!え、見てた?!」


 周が飛び起きた。

 眠気が吹き飛んだらしく、目をまん丸にしてこちらを凝視している。


「見てはいない」


 俺は淡々と答えた。


「でも、二人で俺を見てるのは気付いた」

「うわぁ……気配で分かるタイプかよ。ただもんじゃないな」

「別に。普通だ」

「どこの世界の普通だよ……」


 周は苦笑し、すぐに机に突っ伏した。

 数秒で脱力モードに入るのは、ある意味才能だ。


「声までは聞こえなかった。何を話してたんだ」

「えー……ちょっとした世間話だよ」


 言いながら、周はごそごそと寝る体勢を整えている。


「うーん……言ってもいいのかな……黙ってろって言われてないし、いいような気も……」


 そこで周の声がぷつりと途切れた。

 数秒待つと、すやすやと寝息が聞こえてくる。


「……寝たのか」


 寝坊による遅刻を防いだところで、授業中に居眠りをすれば教師の心証が悪くなるのは同じのような気がする。


 俺は窓の外、中学校舎の方を眺めた。


 天音と周が話す内容なんて、俺の話題以外にない。

 学校でも家でも俺が「普通」でいなくてはならないのは、天音という監視の目があるからだ。


 天音に悪意はない。

 ただ、妹は俺の言動を母親に報告する役目を――おそらく無自覚に――担っている。

 そして最近、天音の勘が妙に鋭くなってきている気がする。


(まあ、放っておくか)


 天音は単なる中学生だ。

 できることは高が知れている。

 俺は何もなかったように背筋を伸ばし、ノートを閉じた。


 今日も一日、長くなりそうだ。


 -----


 昼休み。


 天音は高校校舎の廊下を歩いていた。

 手には兄のシャーペン。

 宿題用のノートを開いたら、転がり落ちてきたものだ。


(お兄ちゃん、困ってないかな……教室にいるといいんだけど)


 類の教室を覗くと、兄の姿はなかった。

 代わりに、見覚えのある眼鏡の女子生徒がひとりでノートを整理していた。


(この人……今朝、お兄ちゃんと一緒にいた)


 地味で大人しそうな雰囲気。

 けれど、どこか優しげな印象を受ける。


(強羅さん……っていうんだよね)


 女子生徒――強羅ひまり――は、ノートをカバンに入れると教室を出た。

 天音は少し迷った後、廊下の陰に隠れながらひまりの後を追う。


(お兄ちゃんと仲良くしてる女子……ちょっとだけ観察してみよう)


 高校校舎と中学校舎で共通の図書室は、生徒で賑わっていた。

 ひまりは人の少ない実用書の棚へ向かう。

 天音は足音を殺して後を付けた。


 生徒の声が聞こえない本棚の隙間で、ひまりは一冊取り出してページをめくる。


『身体表現の基礎理論』――天音にとって少し難しそうなタイトルだ。


(……真面目そうな人……でも、見た目に騙されちゃダメ。あのお兄ちゃんと親しくなるなんて、何か秘密があるはず)


 天音は本棚の隙間から姿を現し、ひまりに声をかけた。


「あの、こんにちは!」


 突然声をかけられて、ひまりは驚いて顔を上げた。


「えっ……こんにちは。えっと……?」

「兎山天音です。あの、お兄ちゃんと同じクラスですよね?」

「あ……もしかして、類くんの……」

「妹です!」


 天音はにっこり笑った。

 互いに初対面を演じていたが、ひまりは天音をよく知っていた。


(類くんの妹……というか、いつも来てくれてるあの子だ!お渡し会でわたしに並んでくれる子!)


 ひまりは「応援してくれてありがとう」と言いたくなるのを堪えた。

 学校ではアイドルであることを隠している。

 そして、天音の様子から、ひまりが「ひめさきひまり」だと気付いていないようだ。


「わたし、強羅ひまりって言います。類くんのクラスメイト」

「強羅さんですね!少しお話してもいいですか?」


 ひまりは少し戸惑いながらも頷いた。


「う、うん。いいよ」


 天音は彼女の隣に座った。

 突然話しかけられてひまりは驚いていたが、人懐こく寄ってくる天音には後輩らしい可愛げがある。


「強羅さんって、お兄ちゃんと仲良いんですか?」

「えっ、な、仲……?」


 ひまりは一瞬、言葉に詰まった。

 頬がほんのり赤くなる。


「あ、うーん……最近、ちょっと一緒にいることが多くて……」

「へぇ〜!どんなことしてるんですか?」


 天音が身を乗り出すと、ひまりは慌てたように視線を泳がせた。


「え、えっと……その……」


(しまった。何て答えよう……)


 ひまりの脳裏に、類との放課後の特訓風景が浮かぶ。

 二人きりで練習を重ねた日々。

 でも、それをそのまま言うわけにはいかない。


「練習のことで……ちょっと……」

「練習?」


 ひまりは焦った。


(ダンスって言っちゃダメ。でも、何の練習なら自然……?)


「えっと……体育の課題で、創作ダンスがあって……類くんが、その……教えてくれるの」


 言いながら、ひまりは内心で冷や汗をかいていた。

 嘘は得意じゃない。

 天音に見抜かれないだろうか。


「え……お兄ちゃんが?!」


 天音は驚いたように身を乗り出した。

 兄の無愛想な姿が頭に浮かび、どうにも想像がつかない。


「お兄ちゃん、人と一緒に何かやるとか、すっごい珍しいです!」

「そ、そうなんだ……」


 ひまりは焦りと照れで少し頬を赤くした。

 天音はひまりの表情をじっと観察する。


(この人……地味そうに見えて、意外とかわいい……)


 眼鏡をかけて大人しそうな見た目。

 しかし、よく見ると整った顔立ちをしている。


 ダンスを踊る姿は想像できないが、類がわざわざ教えるくらいだから、それなりの実力があるのだろう。


(……あれ?なんか見たことあるような……もしかして、芸能活動してる人……?うーん……気のせいかなぁ……)


 天音は一瞬、既視感を覚えたが、すぐに打ち消した。

 天音が好きなアイドルたちはキラキラした華やかな衣装を着ている。

 目の前の強羅さんは眼鏡にポニーテール、地味な制服姿。

 まさか、自分の最推しのアイドルだとは思いもしない。


(でも……このポニーテールの揺れ方、どこかで……)


「類くんって、本当に優しいよね」


 ひまりが小さく呟いた。


「厳しいけど、ちゃんと見てくれてる。わたしの悪いところも、良いところも、全部、教えてくれるの」

「え……」


 天音は一瞬、黙った。


(この人……お兄ちゃんのこと、ちゃんとわかってる)


 嬉しい、と思うと同時に、微妙な感情が天音の胸に湧き上がる。

 類のことを一番わかっているのは、同じ家で家族として暮らしている妹の自分だと思っているのに。


 でも、強羅さんの表情は嘘をついていない。

 心から類を信頼している顔だ。


(……それに、やっぱりなんか引っかかる。この人、本当にただのクラスメイト?)


 天音の脳裏に、とあるアイドルのステージ姿が一瞬よぎる。

 緑担当。人気はグループで最下位。だけど誰よりも頑張る姿が目を離せないあの子。


 しかし、目の前の地味な眼鏡少女とは、あまりにもかけ離れている。


(うそー……まさかねー……)


「強羅さん、良い人ですね……」

「え?」

「お兄ちゃんのこと、理解してあげてるみたいで」


 天音の声にやや棘があったのに気付いて、ひまりは少し首を傾げた。

 しかし、照れくさそうに笑った。


「そんなことないよ。類くんに教えてもらって、見捨てられないように必死だもん」


 ひまりはそう言って、自分のカバンの中から図書室の本を取り出した。


「この本も、類くんが似たようなこと言ってたなぁって思って借りてて……身体の使い方とか、表現の仕方とか……」


 その時――ひまりのカバンから、何かが転がり出た。


 コトン、と音を立てて床に落ちたそれを見て、天音は目を瞬かせる。


「……人参?」

「あ!」


 ひまりが慌てて拾い上げたのは、小さな人参。

 どうして、カバンの中に丸ごと人参を入れているのか。

 天音は一瞬、目を凝らした。


「そうだ!放課後に行けないから、今のうちに寄らないと!」

「え?」


 ひまりが小さく呟きながら時計を見た。

 慌てて立ち上がり、カバンを肩にかける。


「ごめんね、天音ちゃん!わたし、ちょっと中等部の方に行かなきゃ!」

「中等部?」


 天音が「どうして」と尋ねる前に、ひまりは手を振って早足で図書室を出ていった。


 天音はぽかんとその背中を見送り、それから立ち上がる。


(なんか、怪しい……!優しくていい人そうなのに、一人で昼休みにこんな本読んでるのが、もう強烈に怪しいもん!)


 それに、お兄ちゃんからダンスを教わって、妙に親しそう。

 人参をカバンに入れている。

 役満だった。


(それに……なーんか、見ていたくなる感じがあるんだよねぇ……)


 天音はひまりを追って、図書室を飛び出した。

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