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元暗殺者の俺だけが、クラスの地味系美少女が地下アイドルなことを知っている。  作者: 甘酢ニノ


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#12 伝説の暗殺者の引退理由が思ってたのと違う件

 半年前――

 俺は、鴉の前に立っていた。


 半年間だけ鴉と住んでいたアパート。

 詩子と天音はいない。

 二人きりの空間。


「類」


 鴉が口を開いた。


「俺は、暗殺者を引退する」


 その言葉を聞いて、俺は確実に動揺していた。


「……どうして」


 鴉は無表情のまま、答えた。


「確定申告が面倒だからだ」

「……確定、申告?」

「年に一度、税金を納めるのに収入を申告するやつだ」

「税金を、納めてるのか……」

「ああ、国民の義務だ」


 鴉は淡々と続けた。


「だから、引退する」

「それは……税理士とかに、頼めないのか?」

「専門の奴はいる。が、こちらが後ろ暗い仕事をしていることを知って高額な依頼料をふっかけてくる」


 サラリーの方がマシだ、と鴉は吐き捨てるように言う。


 俺を組織から買い取って、半年間訓練してきた鴉。

 短くない時間を使って、暗殺者として俺を育てた。

 俺はこのまま、鴉と仕事をするのだと思っていた。

 組織にいるよりも窮屈ではないし、それも悪くないと考えていたところだ。


 だが――

 それが、突然終わった。

 理由:確定申告が面倒だから。


「……」

「……」


 俺の返事を待っている鴉に、それ以上、何も言えなかった。

 自分で勉強して確定申告をできるようになれと言う気力も湧かない。


「……わかった。俺は組織に戻されるのか?」


 鴉はゆるりと首を横に振る。


「馬鹿言え。お前は俺の息子だ。一緒に暮らすに決まっている」


 その声には、少しだけ照れ臭さのようなものが含まれていた。


「これから普通の高校生として生きろ」

「……普通?」

「ああ。学校に行って、友達作って、恋愛して、卒業して、大学行って……そういう、普通の人生だ」


 俺は、鴉の言葉が全く理解できなかった。


「……今更、普通の人生なんて歩めない」

「歩けるさ。お前はまだ若い。俺も、結婚するんだ。お前には妹もできる」


 鴉はスマホの画面を俺に見せた。

 優しく微笑む女性とランドセルを背負った女の子。詩子と天音だ。

 待ち受けに、しているのか。


「俺のことも、と、父さんと。そう呼んでくれて構わない」


 そう言った鴉の口調は、明らかに照れていた。


(お前とそこまで関係性は、まだ築けてないだろ)


 内心でそう突っ込んだのを口に出さなかったのは、俺が聡明だったからだ。


 ⸻


「最悪だ……」


 飛び起きて、またあの時を夢に見たのだと気付く。

 頭を抱えると嫌な汗をかいていた。


 半年前の、あの日。

 鴉が突然、引退を告げた日。


(……あの日から、半年か)


「お兄ちゃんー?起きてるー?」


 部屋のドアがこんこんとノックされる。


「起きてる」


 俺が返事をすると、ドアを開けて天音が飛び込んできた。


「寝坊?!珍しいねー?」

「寝坊はしてない」

「でも、いつもより遅いって。朝ご飯できてるよ!」


 天音が俺の腕を掴んで、引っ張る。

 俺は仕方なく、ベッドから起き上がった。

 リビングに着くと母・詩子が朝食を並べている。


「類、おはよう。珍しいわね、こんなに遅いなんて」

「少し、考え事をしていた」

「考え事?」


 母親が不思議そうに俺を見る。


「……なんでもない」


 俺は席に着いた。

 この母親、詩子は、俺の過去を知っている。

 当然、鴉が何の仕事をしていたのかも。

 だが、詩子も天音も、暗殺者とは縁のない生活をしている。


「ねぇお兄ちゃん、今日はRe⭐︎LuMiNaのインスタライブがあるから、7時までには帰ってきてね」


 天音はトーストの端までジャムを塗りながら言った。

 Re⭐︎LuMiNaの仕事がある、ということは、今日の放課後の練習はなしだ。


「考えとく」

「え〜、一緒に観ようよ!!ひまりちゃん、最近めっちゃ調子いいんだよ!」


 天音が興奮気味に言う。


「SNSでも『ひめさきひまり、最近良くなってきた』って話題になってるの!」

「そうか」


 ひまりが成長している。

 俺との練習が、ひまり役に立っている。

 おそらく、俺は喜んでいるのだと思う。


(……これが、普通の人生、なのか)


 多分違う、と俺は自分の考えを否定した。

 鴉が言う普通の人生に、男子高校生がアイドルを育成することなど含まれていなかったはずだ。


 だが、この半年間「普通の家族」と暮らして、少しずつ理解できるようになってきた。

 鴉が言っていた「確定申告が面倒」というのは、本当の理由ではない。

 いや、それがとどめだったのかもしれないが。

 本当は、暗殺者として生きることに、限界が来ていたんだ。

 人を殺し続ける人生に、疲れていた。

 いつ殺されるかわからない日々が、耐えられなくなっていた。

 鴉は彼なりに悩んだ上で、あの結論を出した。


(……だとしても、俺を買い取る前に気付いてほしかったな)


 俺はまだ、完全に鴉を許したわけではない。

 俺は鴉に巻き込まれただけだ。

 半年間、訓練してきた技術。

 磨き上げてきた観察眼。

 習得してきた殺人術。

 すべてが、今は――使い道のないものになっている。


(……もったいない)


 そう思ってしまう自分がいる。

 暗殺者として生きることに、まだ未練がある。


「お兄ちゃん!早く準備してよー」


 天音の声で今朝の夢の続きから現実に戻った。

 いつもは俺よりも遅く、遅刻ギリギリに家を出ている天音が、既に家を出る準備を終えている。


「天音、今日は早いのね」

「日直なの!お兄ちゃん、一緒に学校行こう。宿題やりながら行くから手伝って」

「あらあら、ぶつからないように前を見て歩きないよ」


 滅多に叱らない詩子はのんびりと言う。

 いつも家を出る時間よりまだ早い。

 しかし、兄妹で一緒に登校するのは、普通のことだ。

 鴉に従って普通を追求してみるのも悪くない。

 そう考えて、俺は立ち上がった。

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