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第十一話:眠れる王たちの谷

旅は、過酷を極めた。

『裏切り者の王女』一行として、昼は身を隠し、夜の闇に紛れて南へ進む。

いくつもの関所を、セラが用意してくれた偽の身分証と、アランの機転、レオンハルトのハッタリで切り抜けてきた。

そして私たちはついに、目的地である『忘れられた王たちの谷』にたどり着いた。


そこは、人の気配が一切しない、静寂に支配された場所だった。

風に削られた巨大な岩山に、歴代の王たちの巨大な石像が彫られているが、その顔は長い年月でのっぺりとしてしまっている。

谷の空気は、ひんやりとして、濃密な魔力の匂いがした。


「ここか…」

レオンハルトが、警戒を解かずに呟く。

ゼノンから送られた地図と、70回目のループで歴史調査のために一度だけ訪れた私の記憶を頼りに、私たちは谷の奥深くへと進んだ。


「あったわ…初代国王の墓所よ」

苔むした巨大な扉が、私たちの前に立ちはだかる。

扉には、古代文字で何かの文章が刻まれていた。


「…『王家の血を引く者よ、汝の責務を問う。力か、知恵か、慈悲か。国を導く王の徳を示せ』…謎かけか」

レオンハルトが眉をひそめる。

アランが扉を押してみるが、びくともしない。


私は、刻まれた文字をじっと見つめた。

王の徳。99回のループで、私は何度も父王にそれを問うた。

そして、その答えが一つではないことも知っている。

力だけでも、慈悲だけでも、国は守れない。


「…答えは、一つじゃない」

私は呟くと、扉にそっと手を触れた。

そして、三つの徳に対応する紋様に、順番に魔力を注ぎ込んでいく。

慈悲、知恵、そして最後に、力。

国を治めるために必要な徳の、その優先順位。それが、この謎かけの答えだった。


ゴゴゴゴ…と重い音を立てて、数百年ぶりに、王家の墓所の扉が開かれた。

中は、ひやりとした空気が漂う、長い下り階段になっていた。


「行くわよ」

覚悟を決め、私たちは暗闇の中へと足を踏み入れた。

墓所の内部は、迷路のようになっており、様々な罠が仕掛けられていた。

毒矢の罠をアランが盾で防ぎ、古代の魔法陣の罠を私の知識で解き、進路を塞ぐ巨大なゴーレムを、レオンハ-ルトの圧倒的な武力と私たちの連携で打ち破る。

まるで、私たちの絆を試しているかのようだった。


そして、私たちはついに、最深部の広間へとたどり着いた。

石造りのだだっ広い空間。その中央にある祭壇の上に、淡い光を放つ物体があった。

二つ目のキーストーンだ。


「…ようやく、見つけ…」

アランの言葉は、最後まで続かなかった。

キーストーンを守るように、一体の巨大な影が立ち塞がったのだ。

全身を漆黒の鎧で覆われた、魔法仕掛けの守護者。その手には、おぞましいほど巨大な戦斧が握られていた。


「来るぞ!」

レオンハ-ルトの警告と同時に、鎧の守護者が襲いかかってきた。

その動きは、機械的でありながら、恐ろしく洗練されている。

アランとレオンハルト、二人がかりでも、攻めあぐねるほどの強さ。


激しい剣戟の中、私はあることに気づいて、息を呑んだ。

守護者の胸当てに刻まれた紋章。

それは、初代国王のものではない。

バーンズ公爵家の紋章…!


まさか。なぜ、こんな場所に彼の家の紋章が?

混乱する私の耳に、広間全体に響き渡る、増幅された声が聞こえてきた。


『…ようやくたどり着いたか、哀れなネズミよ』


その声は、忘れもしない。

バーンズ公爵の声だ!


『驚いたか? 王家の秘密を知る者が、貴様だけだと思うてか。我がバーンズ家は、王家の分家として、このペンダントの力を代々監視し、研究してきたのだよ!』

「なんですって…!?」

衝撃の事実に、動きが止まる。


『ループを生み出したのは私ではない。だが、その存在を知り、少しずつ干渉する方法を見つけ出した。貴様の99回の失敗は、全て私の実験材料よ。戦争を確実に起こし、私が権力を握るための、完璧な筋書きを練るためのな!』

守護者の動きが、公爵の言葉に呼応するように激しさを増す。

なんてこと。私の絶望は、全てこの男の掌の上で踊らされていただけだったというの?

私の孤独な戦いを、この男はずっと、嘲笑いながら見ていたというの?


許さない。

絶対に、許さない…!

怒りで、全身の血が沸騰する。


「アラン! レオンハルト! あの守護者の動力源は、胸の紋章よ! そこを破壊すれば…!」

「「御意!」」

私の叫びに、二人が応える。

三人の心が、完全に一つになった。

レオンハルトが正面から猛攻を仕掛けて守護者の体勢を崩し、アランがその隙に盾で斧の攻撃を受け止める。

そして、がら空きになった胸元に、私は隠し持っていた最後の短剣を、渾身の力で突き立てた!


ギャリィィン!という甲高い音と共に、紋章が砕け散る。

バーンズ公爵の呪詛のような叫びが遠のき、鎧の守護者はがらんがらんと音を立てて崩れ落ちた。


静寂が戻った広間で、祭壇の上のキーストーンが、ひときわ強い光を放った。

私が、恐る恐るそれに触れた瞬間。

膨大な情報と、鮮明な映像が、私の頭の中に流れ込んできた。


それは、ビジョン。

クロノスのペンダントの、真の在処。

王宮の…玉座の間。

代々の王が座ってきた、あの玉座そのものに、ペンダントは埋め込まれていたのだ。


そして、私は見た。

誰もいない玉座の間で、バーンズ公爵が、その玉座に手を置いている姿を。

ペンダントの魔力が、彼に流れ込んでいく。

彼は、ただ戦争に勝とうとしているだけじゃない。

このループの力、時間そのものを、我が物にしようとしている…!


「…っ!」

ビジョンが終わり、私は膝から崩れ落ちた。

「アリシア様!」

アランが、慌てて私を支える。


「…見つけたわ」

私は、震える声で言った。

「最後の在処が…。でも、もう手遅れかもしれない…」

「どういうことだ?」

レオンハルトが、いぶかしむ。


私は、顔を上げた。

その瞳には、怒りと、絶望と、そして、最後の覚悟の光が宿っていた。


「バーンズ公爵が、ペンダントを手に入れた。王宮で…玉座の間で、時間そのものを掌握しようとしている…!」


私たちの旅は、終わった。

そして、残された道も、一つだけ。

敵の本拠地と化した王宮へ戻り、神になろうとしている男を、止める。

それが、私たちの最後の戦いになる。

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