断罪されるのはアナタです! ~もしも悪役令嬢を陥れるはずのヒロイン役がものすごくマトモだったら? ~
初めて断罪物を書いてみました。
タイトルの通りです。
自分としては、婚約者がいるくせに浮気しようとするヤツの方が許せないので、そちらをメインに断罪させて頂きました。
楽しんで頂けるとありがたいです!
「エレオノーレ=オーベルニュ! 本日この場で、お前との婚約破棄を宣言する! 」
王立学院創立記念日。
この日ばかりはみな指定の制服を脱ぎ、王族や貴族の令嬢や子息にふさわしい煌びやかな正装を身にまとっていた。
その晴れやかな会場で、金髪碧眼の見目麗しい青年が、高らかに婚約破棄を宣言していた。
彼の名はエドワード=フォン・ルーウェン=バーネリア。
この国の第一王子である。
王子の言葉を信じられない面もちで聞いているのは、王子の婚約者であり、この国でも屈指の公爵家の令嬢、エレオノーレ=オーベルニュだ。
プラチナブロンド美しい髪を一筋の乱れもなく結い上げられ、アメジストのように輝く紫色の瞳が、王子と、その傍らで仲むつまじく腰を抱かれている女性、アリーシャ=グレイに向けられた。
ピンクゴールドの美しい髪は緩やかに巻かれており、春の若葉を思わせる明るい翠色の瞳はしっかりとエレオノーレを捉えていた。
(さあ、エレオノーレ様……どうぞご覧ください)
だが、その若葉色の瞳には、蔑みでもなければ見下しでもないーーー強い決意が込められていた。
(これから、アナタ様のための断罪が始まります! )
***
バーネリア王国では、王族や貴族の子息や令嬢は15歳になると、王都にある由緒正しき王立学院に入学する習わしとなっていた。
それは、グレイ男爵家の令嬢である、アリーシャも例外ではなかった。
(ようやく、あの方にお会いできる……! この国で最も尊く、そして、高貴なあの方に! )
これから始まる学園生活と、何より心から憧れる人物との再会に、胸の高鳴りを抑えられないまま、アリーシャは入学式の会場へと向かった。
そこでアリーシャは、なんと、この国の第一王子であるエドワードに見初められたのであった。
『君を一目見た瞬間、私は真実の愛と言うものがこの世界にあることを知ったのだ!』
あろうことか、入学式に出席した全員の前で熱くそう語られたのだった。
爵位が下級である男爵令嬢の自分にとって、王族、それも第一王子という存在はまさに雲の上の存在であり、しかも、彼には既に婚約者がいたのだ。
グレイ男爵家よりもはるかに格上である、オーベルニュ公爵家の令嬢だった。
初めこそアリーシャも、戸惑いと公爵令嬢への申し訳なさから、王子の想いに応えることはなかった。
しかし、エドワードの猛アプローチに、学院の中でも2人で過ごす時間が増えていった。
入学式から半年が過ぎ、王立学院創立記念日の日が近づいていた時だった。
『ここで、君に対する僕の愛がそれほど真剣なものなのか、みなに知って欲しいんだ! 』
アリーシャの手をしっかり握りながら、第一王子は熱に浮かされたように語ったのだった。
***
そして、冒頭に戻る。
生徒の保護者である各貴族の当主だけでなく、国王と王妃も列席されているこの厳粛な祝賀会で、第一王子は高らかに公爵令嬢との婚約破棄を宣言した。
「お、お前はッ、自分が何を言っているのか分かっておるのか?! 」
「父上……いえ、国王陛下! 私は半年前、真実の愛というものを知ってしまったのです! その相手こそ、『花影の妖精』の名に相応しい、このアリーシャ=グレイなのです! 」
腰に当てていた手を剝き出しの細い肩に移し、王子は愛おしそうにアリーシャを見つめた。
確かに、麗らかな春を彷彿させる美しい女性だ。
だが、露出が抑えられながらもデザインと品質で淑女に相応しい青みがかったエレオノーレの白いドレスとは対照的に、彼女が纏うドレスは、肩や背中、胸まで大胆に露出されており、悪い意味で目立つ深紅のドレスだった。
ともすると『娼婦』と揶揄されるほど破廉恥なドレスを平気な顔で身に着ける彼女を、国王は信じられない表情で凝視した。
だが王子は父の様子には全く無頓着であり、
「例え神であっても互いを思う強い気持ちを引き裂けるものではない……! どうか私達の新たな門出を祝福していただきたいのです! 」
と、まるで愛を貫くために苦難に立ち向かう主人公のような熱弁ぶりだ。
―――最も、そんな下らない余興は次の瞬間には幕を閉じるのだが。
「彼女も私との婚約を心から望んで」
「おりません」
ここまで一言も言葉を発しなかったアリーシャが初めて口を開いた。
「え? 」
「ですから、私はエドワード殿下との婚約を望んではおりません。そう申し上げたのですわ」
にっこりと笑いながら、王子の愛の囁きを一刀両断する完璧な否定だった。
「な、何を言って……」
動揺する王子の隙をついて、アリーシャは咄嗟に王子の傍を離れた。
「よくやった。アリーシャ」
そこへ、彼女に近づく者が現れた。
短く整えられた黒髪と意志の強い金色の瞳を持つ凛々しい青年だ。
「ありがとうございます。ウィリアム様」
彼の手からストールを受け取り、彼女は急いでそれを肩に羽織った。
自分の痴態でこれ以上周囲の高貴な方々の目を汚さないようにするためだ。
「どういうことだッ、ウィリアム?!」
突如現れた長年の幼馴染である青年に、エドワードは喚き散らした。
「そのことについては、私から説明をお許しください」
彼らの背後からさらにもう1人の人物が現れ、アリーシャとウィリアムは礼を取りながら道を開けた。
碧い瞳は同じだが、エドワードの母親譲りの透き通った金髪とは違い、彼の炎のような赤い髪は父である国王譲りだ。
「……ラーハルト」
エドワードは忌々しそうに実の弟である第二王子、ラーハルト=フォン・ヴェルグ=バーネリアを睨みつけた。
***
「アリーシャ=グレイだな? この後少しよろしいか? 」
あの怒涛の入学式から3ヵ月。
授業が全て終わり、帰宅しようとしたアリーシャを呼び止める者がいた。
「ウィリアム様……」
どこかウンザリした心持ちで声をかけてきた青年に会釈した。
ウィリアム=メディチ。
アリーシャの2つ年上の先輩であり、何より代々王国直属の騎士団長を輩出する、武勇に優れたメディチ侯爵家の長子だ。
本来であれば、王族とも懇意である侯爵家の彼が、下級貴族である男爵家の出自である彼女にわざわざ声をかけることなど皆無と言っていい。
だが、心当たりがありすぎるアリーシャは、憂鬱な気持ちを抑えて、素直にウィリアムの後を連いて行った。
「話というのは他でもない。貴女と、エドワード殿下との関係についてだ」
人気の少ない学院の一室で向かい合って座った後、早速ウィリアムは彼女が予想した通りの本題に入った。
「単刀直入に言おう。これ以上、エドワード殿下に付きまとうのは止めてくれ」
「ッ! 」
ショックを受けた顔をする彼女に構うことなく、ウィリアムは淡々と続けた。
「殿下が入学式で貴女に告白したことで舞い上がっているのかもしれないが、それを真に受けて、殿下と親密になることがどれほど周囲を不快にさせているかお分かりだろうか? 何より、婚約者であらせられるオーベルニュ公爵令嬢にとってどれだけのご心痛となっているか……想像できないほど愚かではないだろう? 」
「それは……ッ! 」
言い募ろうとする彼女を制して、ウィリアムは冷たく見据えた。
「もし貴女にささやかでも分別がおありなのであれば、今後二度と殿下と」
バンッ―――!
「そんなこと! 私だってウンザリするほど分かっておりますッ! 」
机を思い切り叩き、アリーシャはその場で勢いよく立ち上がった。
「なッ?! 」
「私だって、婚約者がいらっしゃる身でありながら、あんな公の場でいきなり口説こうとするなんて……不敬を承知で申し上げれば、殿下には心底幻滅しているのですッ! 」
虚を突かれたウィリアムに今度はアリーシャが構わず声を荒げた。
「殿下にキッパリお断りできればどんなに清々しいでしょうね! ですが、私のような下級貴族が第一王子のご好意をすげなく断れば、どんな反感を買ってしまうことか! それこそグレイ家に多大な迷惑をかけるかもしれない! そう思うと、殿下のお誘いを断ろうにも断れないのです! 」
「そ、そうなのか……? 」
「しかも、入学から1ヵ月後の懇親会でもエレオノーレ様ではなく、私をエスコートしようとされ! しかも、あのドレス! 私だって、あのような破廉恥な衣装、着たくありませんでした! 」
アリーシャがいう『あのドレス』とは、新入生のために催される懇親会の際に、アリーシャが身につけた物だ。
ほとんどの令嬢が、華美を抑えた清楚なドレスを身にまとう中、アリーシャのそれは……胸元が大胆に開き、宝石がふんだんに施された、華美を通り越してケバケバしい、実に下品なドレスだった。
「だが、あれを選んだのは……」
「あのドレスは、殿下から下賜されたものなのですッ! 」
「なッ?! 」
「殿下からわざわざ懇親会のためと頂いたドレスを、着ないわけにはいかないではないですか! 胸元を隠すためストールを巻いて出席しようとしたら、会場に入る前に殿下にストールを取り上げられてしまうし! あの日は本当に、消えてしまいたいくらい恥ずかしかったのです! 」
「では……ではなぜ、君は上級生の教室の近くを訪れたりしたのだ? それこそ、殿下に会おうと」
「私が真にお会いしたいのは、エレオノーレ様なのですッ! 」
アリーシャはもう一度、机をバンッと叩いた。
「私はずっと……ずっと、エレオノーレ様にお会いしたいと思っていたのです。だから、この学院に入学することを本当に心待ちにしておりました! エレオノーレ様には大恩があり、一言でいいから感謝をお伝えしたいと、ずっと思っていたのです。なのに……なのに、あの殿下がッ! 」
テーブルの上で拳をワナワナ震わせながら恨みがましく続けた。
「エレオノーレ様は私のことをさぞかし憎く思っていらっしゃるでしょう。婚約者のいる殿方に色目を使うふしだらな女だと、思われていてもおかしくありません。入学式でのあの愚行といい、本当にッ、本当に殿下は私のことを思ってくださっているのですか?! いっそ、嫌がらせされていると思えた方が、余程マシなのですがッ! 」
ウィリアムは唖然とした様子で、荒々しく肩で息をする『妖精』と謳われる令嬢を見つめた。
「……つまり、君はエドワード殿下のことを慕っているわけではない、と? 」
「当たり前ではないですか! すでに、エレオノーレ様という素晴らしい婚約者がおいでなのに! 」
「君が付き纏っているのではなく、むしろ、エドワード殿下が君に付き纏っている、ということか? 」
「私は殿下とどうすれば距離をとることができるのか、日々心を砕いております」
成功したことは一度もありませんが、と憮然とした態度でアリーシャは付け加えた。
「……なんということだ」
ウィリアムは頭を抱えた。
(要は王子が勝手に暴走して彼女に付き纏い、彼女はその被害者だということか……! )
彼女の鬱憤にも近い悲痛な訴えを聞き、ウィリアムは彼女に対する考えを改め、同時に反省した。
(どうやらこの令嬢は、現状自分が周囲からどう見られているのか冷静に分かっているようだ。そして、分別と良識があるがために、オーベルニュ公爵令嬢に不誠実を働いていると見做されることに強い憤りを感じている)
ウィリアムはそこでふと疑問を持った。
「君はオーベルニュ公爵令嬢に大恩があると言っていたな。もしよければ、教えてくれないだろうか」
すると、今までの勢いはあっさりと消え、アリーシャは懐かしむように話し出した。
「私は、路地裏に捨てられていた孤児だったのです」
「ッ?! 」
「偶然通りかかったエレオノーレ様が飢え死にしそうな私を助けてくださって、その上、子供に恵まれなかったグレイ男爵家に養子として引き取ってもらえるよう取り計らってくださったのです」
「では、君とグレイ男爵は……」
「血が繋がっておりません。ですが、そんなことなどどうでもいいくらい、両親は私を大切に育ててくれました」
一転、彼女の瞳が悲哀に染まった。
「エレオノーレ様にはあのときの感謝を改めてお伝えしたいとずっと思っておりました。なのに、今の私は、エレオノーレ様をいたずらに苦しめる悪女です。こんなことになるなら、学院に入学しようなどとは、決して思いませんでしたのに……」
「アリーシャ嬢……」
「……実は、退学した方がよいのではとも思い始めているのです」
「ッ?! 」
驚くウィリアムに、アリーシャは痛々しく微笑んだ。
「入学してからこの3ヶ月、殿下との噂で、私とまともに付き合おうとする生徒はおりません。それにこのままですと、オーベルニュ公爵家から生家に制裁が下されるかもしれません。公爵令嬢の婚約者を誑かした娘の家など、きっと野放しにはできないでしょうから。何より、私のせいで、大恩ある御方をこれ以上苦しませるかと思うと申し訳なくて……」
アリーシャはそれ以上話すことが出来なかった。
彼女の頬を流れる雫を見て、ウィリアムは彼女がここまで追いつめられていることを思い知った。
(このままでは、彼女があまりにも不憫だ。だが……)
少しの間考えを巡らせ、
「アリーシャ嬢。君を信頼して、1つ頼みがあるんだ」
先程までの軽蔑するような視線から一変、信頼を交えた真剣な眼差しを彼女に向けた。
目を潤ませながら金色の双眸を見返すと、ウィリアムはとんでもないことをアリーシャに頼んだ。
「エドワード殿下とオーベルニュ公爵令嬢の婚約破棄を、手伝っては頂けないだろうか?」
***
ラーハルトは胸元から何かを取り出した。
「なッ、なぜお前がそれを持っているのですッ?! 」
取り出した書簡に、思いがけない所から声が上がった。
「不注意にもほどがあるというものですよ、王妃殿下。私の書類に貴女様の秘密の書簡を見つけてしまうとは」
あからさまに顔色を変える王妃と息子を交互に見つめながら、
「いったい、どういうことだ? ラーハルト」
国王は息子に尋ねた。
「この書簡は、我が母である王妃殿下の生家であるカーミリア公爵家からのものです。内容を要約すると、『公爵家の財政状況が非常に危ういため王家からの援助を求める』というものです」
「そのような話は全く聞いていないのだが? 」
国王は顔色の悪い王妃を見据えた。
「さらにここには驚愕の事実が書かれておりました。それは、『国費から捻出できるのであれば、オーベルニュ公爵家が横領したことにすればよい』と」
「な、なんだとッ?! 」
周囲のざわつきの中から一際大きな声が上がった。
エレオノーレの父親である、オーベルニュ公爵家当主の声である。
「オーベルニュ公爵は財務にも携わっておられますからね。帳簿を改竄すれば、その疑いはオーベルニュ公爵家に向けられるということなのでしょう」
ラーハルトは公爵に冷静に答えた。
「この書簡を発見した時、まず第一に考えたのが、エレオノーレ公爵令嬢のお立場でした」
「……え? 」
エレオノーレ令嬢が戸惑いの声を上げた。
「公爵令嬢は我が兄である第一王子の婚約者でもあります。下手に公表すると、令嬢が生家を裏切って横領に加担したと、そう勘ぐる者が出るかもしれない。ですから、ウィリアムに協力を仰ぎながら、証拠集めと並行して―――我が兄との婚約破棄、すなわち、令嬢が王族とは無関係の立場であることを確立できないか、模索しておりました」
そこで、ラーハルトはアリーシャの方を向いた。
「ここにいる、グレイ男爵令嬢は『第一王子を誑かし婚約破棄に持ち込ませる悪女』の役割を見事全うしてくれました。彼女は容姿だけでなく、その性根も実に美しく、正義感に強い女性です。今回の話を相談した時、『公爵令嬢のためなら悪女を演じることも厭わない』と、二つ返事で了承してくれました」
「身に余るお言葉ですわ、ラーハルト殿下」
アリーシャは恭しく頭を下げた。
「そ、そんな……嘘だろ、アリーシャ……? 」
エドワードは信じられない面持ちでアリーシャを見つめた。
そんな第一王子を、アリーシャは冷めた目で見つめ返した。
「殿下。物事には順序というものがございます」
アリーシャは淡々と話し始めた。
「エレオノーレ様と話し合い、正式に婚約破棄をされ、初めて私に想いを告げていただければ、私も殿下の思いを光栄に思ったかもしれません。ですが、あろうことか、婚約者もいる、しかも入学式という公の場で、私に愛を告げられた。第一王子という御方が取る、分別のある行いとはとても思えません。その時点で、私が殿下をお慕い申し上げることなどありえなかったのです」
「なっ?! だ、だがッ! お前も、私と一緒にいたとき嬉しそうにしてくれていたではないか?! 」
「恐れながら、この国に第一王子からのご好意を無碍にできる令嬢など、おりません。もちろん私もその1人です。それに、私は殿下に何度もお伝え申し上げました。『エレオノーレ様に申し訳ない』、『殿下を誘惑したと周囲に白い目で見られるのが辛い』と。その時に殿下は何と仰ったか覚えておられますか? 」
その時の腹立たしさを思い出したのか、アリーシャは柳眉をひそめた。
「『私達の真実の愛を妬む者など放っておけばいい』と。そのお言葉を聞いて、貴方様は私の気持ちに寄り添うつもりが全くないことが、良く分かったのです」
そして今度はにっこり笑った。
「ですから、ラーハルト殿下から婚約破棄を協力してほしいというお話を受けてから、とても気が楽になりましたの。お陰様で、『王子に見初められたことにすっかり舞い上がった愚かな女』を心置きなく演じることができましたから」
彼女の変わりようを受け入れられないのか、頭をゆるゆる振るだけでエドワードは絶句していた。
「国王陛下」
ここでラーハルトは父に頭を下げた。
「この記念すべき日を台無しにしてしまい、心からお詫び申し上げます。ですがグレイ男爵令嬢から、兄上が本日オーベルニュ公爵令嬢との婚約破棄を宣言するかもしれないと教えてもらっていたため、このような形となってしまいました」
頭を上げたラーハルトは自分の額に手を当て、
「婚約破棄を宣言するにしても、まずは関係者だけを集めて話し合いの場を設けるものだとばかり思っておりました。まさか、このように衆人環視の面前でオーベルニュ公爵令嬢を辱めるような行為をされるとは思ってもおりませんでしたので、王妃殿下の書簡についても併せてお話させて頂いた次第です」
と半ば呆れたように言葉を漏らした。
「おのれッ……ラーハルト! 私をこの場で陥れるような真似をするなど、今までそなたを育てた恩を仇で返すおつもりですかッ?! 」
声を荒げラーハルトを詰る王妃を、ラーハルトは軽蔑した目で見つめた。
「恐れながら、私は貴女から母親らしいことをして頂いたことは一度もありません」
「なッ……?! 」
「貴女にとっての息子とは、ご自分と同じ金の髪を持つ兄上だけでしょう。特に幼少時は、病弱だった兄上だけを常に優先されておりましたよね? 」
「そ、そんな、昔のことを持ち出すなどッ! 」
「ええ。別にそのことはどうでもよいのです。兄上はいずれこの国を導く御方であり、私は弟として、兄上を支えていくことが何よりの務めだと自負しております。そして、オーベルニュ公爵令嬢も同じ決意を持って下さいました」
ラーハルトはエレオノーレの方を向いた。
優しさと―――特別な親愛を交えた眼差しを向けながら。
「病弱だった兄上を王妃として支えるため、オーベルニュ公爵令嬢はそれこそ誰よりも優秀で勤勉で、完璧な令嬢として振舞っておいででした。まさしく、将来の国母としてふさわしい方です。ですが……」
エドワードは肩を震わせた。
ラーハルトの碧い瞳に軽蔑と、静かな怒りが込められていたからだ。
「兄上は令嬢の優秀さを妬み、あろうことか彼女を蔑ろにし、名誉を汚すような真似ばかりされた。さらに王妃は、この国のため尽力してくださった、彼女の生家であるオーベルニュ公爵家を陥れる企てを図った。断じて……見過ごすことなどできません」
王妃は恥辱と怒りに肩を震わせた。
「……第二王子の分際で、偉そうな戯言をッ」
「それ以上、口を開くなッ!! 」
叱責が会場の空気を震わせ、ざわめきが水を打ったように静まり返った。
「へ、陛下ッ……! 」
「王妃ともあろう者が、これ以上王家の恥を晒すつもりかッ!! 」
青ざめた顔の王妃を黙らせ、そしてエドワードも鋭く一瞥した。
「どうやらお前の横暴を野放しにし過ぎたようだな。あろうことか、オーベルニュ公爵とその令嬢をここまで侮辱するとは!」
「ち、父上ッ……! 」
「追って沙汰を申し渡すが、それまで貴様には謹慎処分を下す! また、これ以上学院に在籍することを許さん! 本日を持って、貴様は退学だッ! 」
「そ、そんな……」
へなへなとその場に崩れ落ちるエドワードを無視して、今度は自分の妻を睨みつけた。
「ラーハルトの書簡について詳細に調査する必要があるようだ。それまで、そなたには生家でゆっくり過ごして頂こうか」
「か……かしこまり、ました」
蚊の鳴くような声で、王妃は何とか王命を承諾した。
こうして、王立学院創立記念日の断罪は幕を閉じたのだった。
***
「アリーシャ 」
振り向くと、憧れの白銀の女神に呼び止められた。
「エレオノーレ様! ご機嫌麗しく! 」
アリーシャは頬を染めながら嬉しそうにエレオノーレに駆け寄った。
「もしこれからお昼なら、ご一緒にいかがかしら? 」
「よろしいんですか?! 」
「ええ、もちろんよ」
仲睦まじく学院の廊下を歩く2人を少し離れた所から見守る2つの影があった。
「いいのか、ウィリアム? 『花影の妖精』は君よりもエレオノーレ嬢に御執心のようだが? 」
「殿下の方こそ。長年の物思いを叶える好機を、アリーシャ嬢に明け渡してもよろしいのですか? 」
そこでお互いの顔を合わせ、
「どうやらまた、君と手を組む必要があるな」
「ええ。そのようですね」
―――それぞれの想い人に振り向いてもらえるよう共闘する2人に、果たして祝福が訪れるのか。
―――それはまた、別のお話。