バッドの奮闘
ジンの処遇────、処分したのち解剖。その結末に待ったをかけるのは、やはりバーゼリア。
「まて。」
続けて、
「私からの話はまだ終わっていない。ジンと交友関係を持つ者を連れてきた。結論付けるのはそいつの話を聞いてからにしてもらおう。」
「はぁ!?まだ続けるの?あんたさっきので懲りたでしょ!反対派の方が多いのよ!!」
「私はぁ、聞いてからでもいいと思いますよぉ。少なくとも私はまだどちらに着くか決めていませんしぃ。」
リリエッタに反論する形でゆっくりと言葉を紡ぐ第二都市ゲリエの全権大使、ナーベル・トルシュタニア。その背には純白の羽が折りたたまれ頭上には茨を模した天使の輪、柔和な笑みを浮かべた糸目の彼女は天使種というこれまた希少種。その種族は神に最も近い種とされ、彼女たちを信仰の対象にする者もいるという。
「うちもさんせーー!!そのジン君について詳しく聞きたいしね!!」
ぴょんと跳ねて手を挙げるのは第五都市クーパスの全権大使、ムルニエ・ファントム。関西弁と似たイントネーションを操るその少女は、頭に猫耳が生え、首から顎にかけて蛇の入れ墨が彫られている。
「どうだ?話してからでも遅くないと思うが?」
「……聞こう。」
静かに目を開くヴァンクリー。
「ほら、お前だバッド。いいか、事実だけを話せよ。」
「あ!?俺!?いや話すことなんてなんも───、」
バッドがバーゼリアを見やると、彼女は強く意志のこもった瞳で何かを訴えているようで────。
「くそっ、わーったよ。」
その瞳が訴えるは察するに────このままだとジンが死ぬぞ。だ。
それにしても何から話せばいいっつーんだ。俺だって知り合って三時間くれぇしか経ってねえんだよ。
「どうした?話すことがないのなら終わりにするが。」
「ま、まちやが……!いや、待ってください。あいつは……あいつはとても嘘をついているようには見えませんでした。」
「というと?」
「あいつ、ジンは出会ったとき『俺は葬儀場にいた』と言っていました。嘘をつくにしても、もう少しあるはずです。それにこの世界のことを何も知らず、ホームや汚染区、魔術や魔法の存在も知りませんでした。」
「それだけ聞くとぉ、たしかに異世界人に思えますねぇ。」
にこやかに答えるは第二都市代表ナーベル。しかしそれに疑問を持つ者も当然────。
「まちなよナーベル!こいつはフーリの人間だ、すべて信用するのは危険だよ!」
第三都市ロットの全権大使、ウエート・ホライゾン。人類種でありながら十二歳にして第三都市の全権大使を任されるその少年は純悪魔の二つ名を持ち、童顔で愛らしい顔の裏にはどす黒い欲望が渦巻いていると言われている。ゆえに純悪魔、と。
「分かってますよぉウエートぉ、まだ私はぁ、あくまで公平な立場で聞いてあげているんですよぉ。」
「ならいいけどっ!それで君、他はないの?」
「他……。」
「そうそう!今のだけじゃあちょっと弱いかな!!」
バッドの脳内にジンの姿が思い出される。
黒い髪に黒い瞳。特に何も考えていなさそうな間の抜けた顔に見たことのない黒い服。その服にはワームの唾液。────────唾液??
「思い出したぞ!!!────あ、えーっと、思い出しました。あいつは一度ワームに喰われています。」
「なるほどぉそうきましたかぁ。」
「フーン。」
「なるほどっ☆ジン君がワームに食べられていたとなると『幻血種は同種には手を出さない』その習性に反するねっ☆」
ウインクで答えるは第三都市ハ二―トーンの全権大使、モロロ・シトロン。幼女のような見た目でライトグリーンの丈の短いドレスを身に着けた彼女は妖精種。背にはガラス細工のように繊細に輝く蝶に似た羽が装飾されている。
「────っはい!!」
やっとみえた突破口、しかし易々と通してはくれないのもまた────。
「けどさー、やっぱりフーリのやつから何を聞いても信用できないんだよなー。第三者とかが居たら別だけどさー。」
よほど気に喰わないのかウレ―トは手を頭の上で組み、つまらなさそうにあしらった。
「がはは!やはり殺して解剖した方が我らのためだ!!」
「そ、そうよ!!殺しなさいそんなやつ!!」
それに同調する第八都市ドドゼラ全権大使ボーリエと第六都市全権大使リリエッタ。
「くだらないですね、そんなに未知の力が怖いんですか?」
「あ?」
「なんだと?」
「はい?」
「もうわかっているんでしょ?そこの彼が嘘をついていないということも、おそらくジン君とやらが異世界人だということも。それともあなた方は嘘かどうかの判別がつかないほど落ちぶれたんですか?」
そう嘲笑してみせるのは第十一都市フツヌシの全権大使、オボロ・キヌハラ。ジンと同じ黒髪黒目の青年で死に装束を思わせる全身白の着物を着ている。
「君さぁ、調子乗ってるのか知らないけど立場をわきまえなよ。同じ人類種でも容赦しねぇぞ。なあ?」
「完全無欠の儂にその口の利き方、少し直してやらなければな。」
「よっぽど傀儡にして欲しいみたいね。」
オボロの挑発に乗り、席を立つ三人の全権大使。それに対し未だ余裕を保ったままのオボロはさらに口を開く。
「キレるってことは割と図星なんですね笑。」
「てめぇ……。」
オボロのさらなる煽りに額に血管を浮かべ、右手に力を入れるウレート。その手には獣の爪の形を模した影が蜃気楼のように揺らめいていた。
「ウレート座れ。」
「はあ!?今いいとこなんだけど!!」
「聞こえなかったか?座れ。」
ヴァンクリーの地響きのように重苦しい威圧にウレートは委縮し、おとなしく元の席に着いた。
それを見届けて、ヴァンクリーの底冷えするような冷たい瞳はバッドに向けられた。
「君の主張は分かった。しかしここは絶対多数の支持により方針が決まる場。今から再度決をとり、挙手が過半数以上ならジンはフーリにいることを許される。いいな?」
それにバッドは覚悟が決めたように、真っすぐな目で頷いた。
「では、始める。ジンをフーリで飼うことに賛成する者は挙手を。」
バッドが緊張の面持ちで見回す。先陣を切り挙手をするのはバーゼリア。そこに二人目の手が上がったナーベル・トルシュタニアだ。
その瞬間バッドは震えた。
────心づえぇ!!
そう、ナーベルの都ゲリエは第二都市、この場所での実質のナンバーツーなわけで。言うまでもなくその序列二位であるナーベルの挙手により状況は加速する。
第三、第九、第十一と続く挙手。しかしそれに反応するは────、
「皆さん!!ダメです考え直しましょう!!まだ幻血種の疑いが消えたわけではないんですよ!?」
フーリのエルフ、アルシェだ。
咎めるようにアルシェを睨むバーゼリア。だが、それに構うことなくアルシェは続ける。
「これまで何人の仲間が犠牲になったか忘れたのですか!!この決断一つでこれまでの努力を!!仲間の死を無駄にしようというのです────」
「アルシェぇ!!!」
腕を組み響く怒声でそれを制止するバーゼリア。もうその瞳はアルシェを見ていなかった。
「な、なんです──」
「まだ採決の途中だ座れ。」
「ですが!」
「バーゼリアの言うとおりだ。君、少し無礼が過ぎる。出ていきたまえ。」
「ぐっ…………。はい、申し訳ありませんでした。」
まだ80歳というエルフの中でもまだ成人のうちに入らない子供ゆえの無知、無謀、無配慮。しかしそれを許すほど寛大な場であるはずもなくヴァンクリーの叱責で部屋を追い出されるアルシェ。その表情は歯を食いしばり悔しさに滲んでいるようだった。
「失礼、少々邪魔が入った。続けよう、ジンをフーリで飼うことに賛成の者は挙手を。」
上げるのはやはりナーベル、モロロ、ムルニエ、オボロ、そしてバーゼリア。だがこの場で最低七名の手が上がらなければジンの処分は曲がらない。現在の挙手は五名、過半数まではあと二名────。
「勝ったわ。」
「当り前さ。」
リリエルとウエートが余裕の面持ちで掛け合う。
「くそっ……。」
「そう項垂れるな顔を上げなさい。」
埋まらない差への焦燥、それを煽る周囲に何も言い返すことのできない無力さ。それらの感情に苛まれ、拳を血が滲むほどに強く握っていたバッドに何者かが優しく告げた。
「あんた……。」
それはこの場で最も影響力のある人物。多くの綺麗好きな冒険者を束ね、デネブ国内でも絶大な信頼を置かれる、白轟の二つ名を持つ男。
顔を上げたバッドの目に飛び込んできたのはその伝説とも呼べる存在が意見を変えた瞬間だった。
「これは転機だ。英雄ゼンゼ・バルデンシアによって開拓域が広がってから約600年。我々は絶墜の大穴によって未だ失意の巨森を超えた開拓が進まず低迷期に入っている。神を不要と片付けるその青年が汚染区の開拓を後押しし、我々に黎明の光を見せてくれるのか、私は賭けてみたい。」
手を下ろし温かく告げたヴァンクリーに一同が息を呑んだ。
────まじ…か………、これで……これで半数!!
「では、私もその賭けに一口乗らせてもらいましょう。」
血液のように赤い花弁を揺らし挙手をするのは第四都市の全権大使、アルトスク・アネモネ。
この瞬間────過半数の七名。クリア。
「ちょっと!?あんたたちなんで!?」
まさか!と動揺するリリエッタに淡々とアルトスクは答える。
「ヴァンクリーはこの中で最も実力があり、勘の鋭い男です。そんな方が青年に賭けると言っているのですから、その賭けに乗るべきでしょう。」
「で、でも……。」
「結果は出た。我々、多種族国家デネブは異世界人ジンのフーリ所属を認める!!」
言い淀むリリエッタを遮る形でヴァンクリーは全体に告げた。
力が抜けてへたり込むバッド。しかし頭を抱えた手の陰にはたしかに笑みを浮かべていた。
────たくっ、なんであいつのためにこんな疲れなきゃいけねーんだ。
「おうし、よくやったなバッド。大手柄だ!!」
「次丸投げしたら殺す。」
「おーこわ、気を付けよーっと。」
へらへらと席を立つバーゼリアにバッドはずっと気になっていたことを問う。
「てか、いつジンを口説いた?あんときは特にそれっぽいことも言わず去っていったよな。」
バッドの頭に浮かぶのはジン、バッド、カテラの三人がフーリホームに帰った時のこと。
「ん?どういうことだ?」
「いやボスがさっきジンをフーリに入れるって言ったんだろ?当然ジンにはもうその話したんだよな?」
────たしかボスはジンを質問攻めした後、自己紹介だけ済ませてこっちに向かってたよな。いや、さすがに気のせいか。まさかまだ入るかもわからない段階でとりあえず言ってみたなんて真似してねぇ……よな???
バッドが困惑した表情で問うとバーゼリア「あ~…………。」と目を泳がせる。
「おい……まさかテメェ……。」
震える声のバッドにテヘッっと舌を出してとぼけてみせるバーゼリア。
(あの時かっこよく去りたくて言うの忘れてた☆)
「今ぶっ殺す!!!!!!!!!!!!!!」