特異点
デネブ国第一都市クレイア、そのホームの大会議室では月に一度の定例会議が行われていた。 円卓に腰かけるは各十二名の全権大使。そこにはバッドの姿もあった。
「どうやらフーリにおかしな奴が来たらしいな。バーゼリア。」
低く落ち着いた声で問うのは、第一都市クレイアの全権大使ヴァンクリー・ホルドバッハ。黒く大きなマントを押し上げるクマのように大きい体躯、白い髭を蓄え、眼鏡越しでも揺らぐことない鋭い眼光。その姿から察するは、老骨ながらも未だ現役────。
「私もさっきそいつを知ったところなんだがなぁ……。ヴァンクリーお前、一体どこから知ったんだ?」
頬杖を突きヴァンクリーを睨むバーゼリア。その瞳が訴えるのは一つ────私の街を嗅ぎ回ってんじゃねぇ。と
「ヴァンクリーの耳が異常に早いのはいつものことでしょ。で、どんな奴なのよ。」
銀色のツインテールを揺らし態度悪く足を組むのは第六都市オーリエの全権大使リリエッタ・リリエル。フリルのついたヘッドドレスに広めのスカート。ゴスロリな黒い衣装に身を包んだ彼女の傍らには碧い真珠のついた杖が立てかけられている。
「……あいつは汚染区に転移してきた異世界人だ。」
少し間を置いた後バーゼリア答える。それにその場にいた全権大使たちは動揺を露わにした。
「なんですって!!汚染区に転移!?そんな例今までないわ!!」
バンッと机をたたき前のめりになるリリエッタ。
「いや仮にもう転移した者がいたとしても5秒と持たず灰と化してしまうはずじゃ!?」
「そうだ祝福はどうした?銀幕の祝福がなければ紅き月の放射能は避けて通れないだろう。」
それら全権大使の疑問に答えるのはバーゼリア。
「そいつは祝福を必要としない。これは生身で汚染区に立ち入れた初めての例だ。」
「もう……意味が分からない。」
頭を抱え崩れ落ちるリリエッタ。他の全権大使たちも一同絶句して体を背もたれに預けている。
「そこで、だ。私はそいつ────ジンをフーリに迎え入れようと思う。」
いたずらな笑顔でそう言い放ったバーゼリア。それに全員の目の色が変わる。それは苛立ち、焦燥あるいは喜色。
デネブ国の方針は合議制で決まるものの、その発言力には法で規定されない静かなる序列が存在した。それはその地を守護する神の誕生した順番。そしてホームを構成するメンバーの強さ。これを総合して序列が決まるのだが、現在デネブ王国に降臨している十二柱の神がそろって1600年、その序列が動いたことは一度もなく未だに一から十二までの都の順に序列が形成されている。
しかしそれを揺るがしかねない存在が現れた。そう、乙倉仁だ。汚染区に異世界転移し、神の祝福を必要としない肉体を持つ特異点中の特異点。汚染区の開拓を失意の森まで押し広げた、かの英雄───ゼンゼ・バルデンシアをしのぐほどの異能。そんな彼の存在によって自分たちの序列が揺らぐことなどあってはならない。それが全権大使たちの見解で。当然─────、
「そんなの許可できない!!僕がもらう!!」
「いやそいつは私に渡しなさい!傀儡化して飼っていた方が安全でしょ!?」
「神の祝福を必要としないだと?上等だ!!俺が鍛え上げて最強にする!!」
「そんなおもろい奴欲しいにきまっとる!!うちのにする!!決定!!!」
「その青年は私の軍隊の一員にするとしましょう。」
喧々囂々。各都の全権大使たちはジンというこの世界における特異点を巡って喧嘩を始めた。
「私は反対です!!」
しかしそこに割って入るのはエルフの青年。そうバーゼリアからバッドを連れてくるよう頼まれたあのエルフだ。
「バーゼさん。なんですかそれ……聞いてませんよ!!フーリに入れるですって?ダメに決まってるでしょ……妄言も大概にしてくださいよ!!」
そのエルフは怒りを露わにし、隣に腕を組んで座るバーゼリアを睨んだ。
「アルシェ、お前が私に反対するとは珍しいな。なぜだ?」
「分からないんですか!?祝福を持たずしてあの紅き月の放射能に耐えれる存在。その答えを持つ生物は一つでしょう!!」
「……幻血種、ですね。」
そう静かに呟くのは第四都市ブルーメンの全権大使アルトスク・アネモネ。その姿は異形そのもので胴は白衣に身を包んだ長身、しかし首から上には真紅の花が咲いている。花弁種という全体で200しか数のいない希少な種族の男だ。
「そうです!!そもそも異世界転移したという話自体本当かどうか分からないじゃないですか!!誰も転移した瞬間は見ていないんですよね!!全て彼の、いやあの化け物の虚言かもしれないでしょう!!!」
アルシェの怒声が残響となって部屋全体に鳴く。
「しかしなぁ、幻血種は汚染区を出ることはない。それが通説だ。事実、今まで汚染区を出た個体は存在しないわけだが……そこはどう説明するんだい?えーと、アルシェくんだっけ?」
第十都市キウレアの全権大使イルオフが口を開いた。青い髪を中分けにし、縁の太い眼鏡をかけた理知的で冷然な印象を受ける男だ。
「幻血種が生物であるなら進化もするはずです。魔女の呪いによって大陸の4分の1が汚染されて2000年。その通説を覆す個体が生まれていてもおかしくはありません。」
アルシェは深呼吸で上がった熱を冷ましそれに答えた。
「進化……。幻血種がいつどこから生まれているのか未だに分かっていないが、その話を本当だとするならそのジンとやらは人を騙すほどに高い知性を持ち、汚染区から出れる幻血種ということになるな。」
メガネをクイと中指で上げるイルオフ。冷静を装っているがその指は震えていた。
「はい。非情な童子、影の鋭爪をはじめ、その他多くの人型の幻血種が確認されています。あれもその類のものだと私は考えます。」
主張を終え、静かに座るアルシェ。一方、ここに来てから黙りっぱなしのバッドは気が気でない様子で貧乏ゆすりを続けていた。
なんかやべぇことに巻き込まれてんなあいつ……!いやまあ俺としては知ったこっちゃねぇが……。アルシェの野郎余計なこと言ってんじゃねえよ!!くそっ!仕方ねぇ。
「お、おい──」
「その男はいまどこにいる?」
バッドの勇気虚しくヴァンクリーに言葉をかぶせられる。
「さあな、うちの神様とでも話してんじゃねぇの?」
「なっ……!まずいわ!!祝福を授けられたりなんかしたら完全にフーリの一員じゃない!!ヴァンクリー、こんな勝手を許していいの!?」
「そうだよ!!これは議会法に抵触する行為だ!!」
その訴えにヴァンクリーはゆっくりと、冷酷さすら感じる低い声で──、
「決を採る。その男、ジンをフーリで飼うことに賛成するものは挙手を。」
議席は十二。そのうち手を挙げたのは第十二都市フーリ代表バーゼリア、第九都市クーパス代表、第十一都市フツヌシ代表────の三名。他九名は上げずリリエッタに至っては上げてたまるかといった具合に鼻を鳴らし腕を組んでいる。
「決まりだな。その後の処遇だが、処分して解剖にまわすいいな?」
「ええ、まあそれでいいわ。あーあ、おもちゃにしたかったなー。」
「仕方ないな!デネブの未来のために死んでもらおう!!」
「ちぇー、同じ人類種同士仲良くできると思ったのになー、まあいっか!!不安要素は排除するのみだね!!」