はじめまして
祝福の内容を一部修正しました。
入り口の目の前には4つの受付、その両端には短い階段が設けられており二階に続いている。大聖堂の外観から想像したものとは違い、石柱や像、長椅子などはなくファンタジーで言うギルドのような内装だ。
そこには武器や防具を装備した多くの綺麗好きな冒険者たちが魔石を売ったり、幻血種の描かれた羊皮紙を提出していた。他にも武器を手入れするもの、談笑するもの、分厚い本を開いてブツブツと独り言をつぶやくもの。その小綺麗な空間の二階部分には酒場が併設されており昼間から飲んでいる輩も見受けられた。
「ただいま帰りました〜!!」
そこに響くカテラの声。
一瞬の静寂の後、中にいた十人ほどが作業を辞め、わらわらとこちらに集まってくる。
「遅いですよ〜!ココロッココ、たくさん待ちました!!」
「おう、帰ってきたか!何より何より!!」
「バッドちゃん大丈夫だった!?怪我はなぁい??」
「バッドさんもカテラさんもおかえりですわ~!!」
声をかけてくる中で最も目立つのは四人。それぞれ、金髪をくるくると遊ばせ、淵のない丸眼鏡とダボダボの白衣を身に着けた科学者風の女。ドワーフというんだろうか筋骨隆々な見た目だが背が150センチメートルほどと小さく、無精ひげがライオンの鬣のように生えている男。ガラス細工のように繊細で美しい妖精の羽を背負ったオカマ風の男(?)。金髪縦ロールのお嬢様──の糸繰り人形を背後で器用に操る少女。足まで伸びた長い藤色の髪に先端がスペードの形をしている尻尾が白いワンピースから覗いている。
種族の違いもあるが、全員それとは別に独特の雰囲気を醸し出していた。
「あはは〜!みんなただいま〜!!今日はお客さんもいるよ〜!!」
カテラの一言でみんなの視線が俺に集中する。
丸投げかよ、とりあえず元気よくいくか!!
「俺の名前は仁!好きなものは酒とギャンブル、嫌いなものはそれ以外!!よろしく!!」
多少かまし過ぎた感は否めないが無事自己紹介を終え、グッと親指を立てる。すると先ほどまで警戒の色を孕んでいた視線が好奇や興味に変わるのが分かった。
「ほう!!見ない顔ですがココロッココの発明の手伝いに来たということでしょうか!!」
「酒とギャンブルが好きか!!!気が合いそうだな、ほれいっぱい飲め!!」
「え〜ん、バッドちゃんやアルシェたんの他にもキュートな男子が増えたのね!!」
「新入りですわね?この私、エリファとお友達になることを許可してあげますわ!!」
この四人の他にも多くの綺麗好きな冒険者たちがこちらに群がり野次馬のように辺りを囲んでいた。
「も〜、はいはいみんな一旦ストーップ!!」
再度、カテラが俺に群がった人を引き剥がすと子供が自らの所有物を主張するように腕に引っ付いてきた。
「なっ!」
いい匂い……てか、お嬢さん、たわわなアレが当たってますが!?
そんな俺の動揺などつゆ知らず、カテラは鼻をフンッと鳴らして得意げに言う。
「なんと!!ジンは異世界人なのです!!それも汚染区に転移しためずらしーい人なんだよ!!」
「なんならこいつは汚染区を祝福なしでほっつき歩いていやがった。異世界人はやべえと聞くがこいつは特にだ。」
バッドも補足して説明を終えるとみんなの瞳にさらに熱が入る。
「え!!え!!汚染区に転移したですかーーー!!!!体は?魔力回路は?術具の類を付けているのですか!?あとで、いや今調べさせてくださいです!!」
「んだぁ兄ちゃん、汚染区に祝福なしで入れんのかよ!!どれ、ちっと力比べを……!!」
「なんですって!!異世界!!異世界にはどんな素敵な男子がいるのかしら!!?」
「異世界!?あの!!機械人形たくさんあるってホントでして!!??」
「わ!!ちょ!!みんな落ち着いて!!」
「おい押すな!!ノーブテメェ!!どさくさに紛れてケツ触ってんじゃねえ!!」
そこに集まっていた奴ら全員が目を光らせて身を乗り出すせいで、軽くもみ合いになる。その時、二階の酒場から銅鑼を鳴らしたような、よく響く声がホーム中に轟いた。
「うるせえぞお前らぁ!!私ぁ二日酔いで碌に寝てねぇんだ!!静かにできないのか!!」
途端、一同が硬直し、その声の主を見やる。ぬぅっと背の高い影が二階の手すり部分から現れた。
「ったく、バッド、カテラよく帰った!!怪我は!!」
「ないよ~ボス!!」
「心配しねぇでも傷なんてつかねぇよ。」
「ならよし!!」
ボスと呼ばれたその女性は真紅の髪を高く結い、しなやかな褐色の肢体には多くの傷跡が刻まれている。そして最も目を引くのは額についた二本の角。艶やかに煌めくその真紅の角は宝石ように透き通るような美しさを持っていた。
「ん?」
やべ……見過ぎた。
自分を凝視する存在に気づいたのか、その角の生えた女は階段を無視して二階部分から飛び降り、俺を睨めつけた。
その眼光に俺は息を呑む。
とても整った顔をしてらっしゃる、とりあえず睨むのだけやめていただけませんかね……?
「あ……!!ボス!!この人はね…えっと──。」
「邪魔をするなカテラ。ひっこんでろ。」
「ご、ごめんなさい……。」
そのひどく威圧的な瞳で一瞬カテラを見た後、視線をこちらに戻す。
「お前は何者だ?」
何者、この世界でそう問われて答えられるセリフは一つしかない。
「俺は……乙倉仁。異世界人だ。」
「転移か召喚かどっちだ?」
もう少し動揺を見せるかと思ったがその女は眉を少し動かしたのみで表情を崩すことなく淡々と質問を続けた。
「転移────、だと思う。ここに来た時、周りにはだれもいなかった。」
「どこに転移した?」
「汚染区……。」
「ほう……。祝福なしでなぜ汚染区に存在できた?」
「それは……、分からない。」
いつ終わるんだこの質問攻め。この女、目が笑ってなくて正直怖い。おしっこちびりそう。
「なぜここに、フーリに来た?」
「体に異常はないか検査するため。」
「そうか、では最後に好きな女のタイプは?」
「ガングロギャ────、は?」
え?こいつ今なんて言った?
「ふ~ん、なるほどな~。」
ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべたその女は未だ固まったままの俺に傷の刻まれた手を差し出した。
「見たところ敵意はないようだな。私はバーゼリア・エンリ。フーリホームのボスにして、この都の全権大使だ。よろしくな。」
ここのボスで全権大使!?つまり、この都の──長!!
「よ、よろしく。」
恐る恐るその手を取る。
「おいお前ら!!こいつの検査の前に飯だ!!振舞ってやれ!!」
柔和な笑顔を見せた後バーゼリアは酒場の女将に向かって叫んだ。
「わーいごは〜ん!!」
「ウレーユ!!ボアの肉3つくれ!!」
はしゃぐカテラとバッド。酒場に皆がゾロゾロと集まっていく。「昼間から酒かよ~。」などと愚痴を吐く者もいるがそいつらを含め全員口元がニヤついていた。
「それじゃあ私は用事があるから。後のことはココロッココに聞いてくれ。またな、ジン。」
「────ッ!ああ!!ありがとう!!」
バーゼリアに礼を言うと、彼女は手をヒラヒラと振って去っていった。
「おう!!こっち来いジン!!飲み比べだ!!!」
「オゴー、これから検査なんだからお酒はダメですよ〜。」
「けちくさいこと言うなよココロッココ!!さあ飲むぞお前ら、今日はボスの奢りだ!!!」
「「「「「おお~~~!!!」」」」」
金髪の科学者風の女、ココロッココにオゴーと呼ばれるドワーフがビール瓶を掲げるとそれに続いて全員が一斉に歓声を上げる。
「あ、それとボスからの伝言で『私とみんなの飲み代はオゴーにつける。』らしいです。」
ココロッココの一言でその場の空気が凍る。
「……ちなみにいくらだ?」
「まあみんな合わせて金貨二枚くらいっすね。」
オゴーは顔面蒼白で財布を開くとがっくりと項垂れ、みるみるうちに萎れていく。
「悪いなジン。飲みはまた今度だ……。」
「え?ああ、それは別にいいけど……大丈夫か?」
「しばらく禁酒しなきゃいけねぇ。」
ほろりと涙を一筋流すオゴーに俺は同情の念を抱いた。
お前も色々大変なんだな……。
「ジン~こっちこっち~!!」
カテラが骨付き肉を持った手をブンブンと振っている。
お行儀悪いからやめなさいまったく。
「今行くよ!」
そうして歩を進めた瞬間、背筋の凍るような気配が俺を襲った。
汚染区でワームに喰われた瞬間に感じた、死がヒタリと足音を立てて向かってきたような──、そんな感覚……。
なんだ、今のは……?誰が────。
しかし、辺りを見回すがそれらしい人も気配もない。
気のせい、か……?
「どうしたの?ジンちゃんそんなとこで突っ立って。」
「いや、なんでもない……。」
「そっ、あとで異世界のお話たっぷり聞かせてねん♡」
「ああ、じゃあな……!」
ウインクするオカマの妖精。それに未だ怯える心を誤魔化すようにぎこちない笑顔で返し、カテラとバッドの待つ席へついた。
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<幻血種個体識別ファイル>
【No.031 ワーム】等級C
悲壮の砂漠に生息。体長は20m。体はミミズのように長細く、口の大きさは3mと大概の生物を丸のみにできる。しかし排泄等は見られず捕食した獲物は数時間後に胃液で包まれた状態で吐き出される。捕食というより幻血種特有の殺戮衝動からくる行動であると予想される。
戦闘に関しては紅き月の生息地域であるため、例によって魔術や加護による戦闘での対処を推奨する。