フーリの都
多種族共生国家──、デネブ国。
そこは、クレイア、ゲリエ、ハ二―トーン、ブルーメン、ロット、オーリエ、ネフォルテ、ドドゼラ、クーパス、キウレア、フツヌシ、フーリの十二の都から成る国で、汚染区を囲むようにそれぞれが等しい大きさで分割されている。今挙げた十二の都の名前はその場所に祝福を与えている神の名。この国には王がおらず、十二の都の代表者たちが合議制によって同時に収めている。そして魔女の呪いによる汚染区浄化の糸口は未だつかめていない────と、ここまでが横を歩くカテラから聞いた内容だ。
灰の砂漠から降り立った俺ら三人は壁下の門を通り、十二番目の都フーリに繰り出した。ちなみにフーリは汚染区を囲むデネブ国の北北西に位置しているらしい。
橙色の瓦屋根と白塗りのレンガで形作られた街並み、10メートルほどの道幅に舗装された路肩には、露店がいくつも連なっている。そこに並んでいるのは果実や宝石、トカゲのような動物の干し肉など千差万別だ。
「しかし、色んな奴がいるな。」
エルフやドワーフ。他にもファンタジーで見たままの姿の奴らが通行人としてすれ違っていく。
「多種族共生国家なんてついてるくらいだからね!!そりゃもう色んな種族がいるわけですよ!!」
ふふんと得意げなカテラ。
多種族ね……。サキュバスとかいるんだろうか。いるならぜひ我が手中に収め手籠めにしてくれようぞ。ガハハ!!
「なーんか変なこと考えてって……ありり……。」
魔王口調で妄想を膨らませているとカテラは何かに躓いたのかよろけてポスっと俺の胸に収まった。
「大丈夫か?」
「ごめんね~ちょっと体の感覚戻らなくて、よいしょ。」
俺の胸を押して態勢を直すカテラ。
「加護の連続使用が響いたな。ホームに戻ったら休め。」
「うん、そーするー。」
バッドとカテラはそう掛け合い歩を進め始めた。小走りでそれに追いつく。
「そういえば神から与えられる祝福ってのはさっき使ってた加護ってやつか?」
「そうだよ~!神様から頂ける祝福は3つ!!銀膜の祝福、空握の祝福、そして神様に気に入られた人だけがもらえる固有の加護!!」
聞いた手前、それぞれがどんなものか分からなかった俺は首を傾げた。
それを見たカテラはニカっと太陽のように笑い説明を続けた。
「銀膜の祝福っていうのは、紅き月だったり、霧幻世界から身を守るためのものだよ。ジンも見たんじゃない?あの紅い月。あれも幻血種なんだよ~。」
「は!?あんなでかいまで幻血種なのか??」
幻血種──。その言葉で思い出されるのは、あのワームや瞳に蟲を飼う狼。カテラの説明によると幻血種は魔女の汚染区域に生息する魔物で、他の魔物とは一線を画す存在らしい。
そこで初めて、俺たちを照らしていたあの紅い月がフーリの都に入るとただの白い陽光を放つ太陽に戻っているのに気が付いた。
「そうそう。あの場所にたくさんあった灰は紅き月のせいって言われてるんだ。なんだか特殊な放射能で生物も物質も全部灰にしちゃうみたい。だから銀膜の祝福で体を守ってもらわなきゃいけないんだけど~……。」
そう言って足を止めたカテラは長いウサ耳をぴょこぴょこと躍らせ、俺をのぞき込む。
「な、なんだよ。」
「今言ったでしょ。銀膜の祝福がないジンがあそこで活動できてたのは明らかにおかしいことなんだよ!」
カテラは言いながら指をどすどすと胸に突き刺してくる。地味に痛い。
「まあ異世界転移者なんておかしな奴ばっかみてーだし、こいつもその部類なんだろうよ。」
「でも明らかにこれは異常だよバッド!!まったくいっつも適当言うんだから!!まったく!まったく!」
今度は俺と反対側に立つバッドに向かって指を突き始める。
「なんかカテラのテンションおかしくねーか?」
「こいつは神様大好きだからな。祝福のいらねぇお前を見て、神様を否定された気分にでもなってんじゃねーの。」
興味なさげに耳を小指でほじるバッド。
「違うから!もういい次の祝福の話するよ!!」
そう言ってカテラはぷいと前に向き直り、大股で歩き出す。
前を行くカテラから視線を戻すと自然とバッドと目が合った。肩をすくめて見せるとバッドも片眉を上げ、少し呆れるように笑みをこぼした。
「次は空握の祝福ね!!これは一度訪れた地点に瞬間移動できる祝福だよ!!」
歩きながらカテラは最初の調子で説明を始める。
「お!それは便利そうだな!!」
「それがなぁ、使えるのは一週間に一回だから、行きは空握の祝福で行けても帰りはほとんど自力になっちまう。」
バッドから祝福の性能の現実を教えられ少なからず気持ちが冷める。
「へー、案外神様の力もしょっぱいんだな……。」
そう漏らすと横から刺すような殺気が伝わってきた。思わず言葉を切り、恐る恐る右を見る。そこには涙目になり、頬をフグのように膨らませたカテラ。 そのうさ耳の少女は背中にしまっていたはずの大剣を構えて、今にも振り下ろさんとしていた。
「落ち着け落ち着け!!!悪かった!!神様バンザイ!!祝福スゴイ!!」
「う”ーーー!!……はあもう、次失礼なこと言ったら許さないからね!!」
逡巡を含んだ威嚇の後、カテラは諦めたように大剣を下ろしビシッと人差し指を立てた。
慈悲を得た俺は返答代わりに、必死に作ったぎこちない笑顔で首を何度も縦に振った。
「最後は神様に気に入られた者だけがもらえる加護だけど──。まあジンには関係ない話かな!!」
「え、なん───。」
「だって、ジンは神様馬鹿にしたじゃない。そんな人が気に入ってもらえるわけないでしょ。逆に聞くけど何で気に入ってもらえると思ったの?ジンは自分を馬鹿にする人のことを好きになるの?ドMなの?へぇ~、ドMなんだね~。」
そう早口で静かにまくし立てる彼女は、顔だけは愛想よく笑っているが恐ろしく威圧的だった。
俺は背筋が凍るのを感じ、青ざめる。
許してもらえてなかったんすね。
「おい、お前ら着いたぞ。」
バッドが足を止める。それに気づいて周りを見ると、ここら一帯だけ大きな広場になっていた。
そこはだだっ広い円型の空間で、いくつもの道がこの広場に集約しているように見える。その広場の中心には、大聖堂のような建物が行き交う人々を静かに見守るように佇んでいた。
その建造物を一言で表すなら────荘厳。
純白に光る二柱の鐘楼、クジャクの構造色のように輝くステンドグラス、黄金の装飾がなされた大扉。それらはまるで神を祀る神殿のように見えた。
「そういえば、どこに向かってたのか聞いてなかったけど……もしかしてここ?」
「ああ。汚染区の浄化を目指す、俺ら綺麗好きな冒険者の本拠地。通称────ホームだ。」
俺の問いに応じると、バッドは正門と思われる大扉に向かって歩き出した。俺とカテラもそれに続く。
「汚染区に異世界転移した人をほっとくわけにもいかないからね~、ちょっと色々調べることになるよ。」
「痛いのは勘弁してくれ……俺、注射とか嫌いなんだ。」
「おめえはほんとビビりだな。ギャハハ。」
「うっせぇな……。」
そうして俺は太陽光を吸収し天使の羽のように白く輝く大堂に足を踏みいれた。
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<幻血種個体識別ファイル>
【No.001 紅き月】等級S
多量の放射能を放つ暗赤色の月型の幻血種。その放射能は生物の細胞や物体の原子を破壊し灰に変える力を持つ。そのため汚染区への立ち入りは祝福を受けた綺麗好きな冒険者のみに制限される。自我は現在まで確認できず、ただ無差別にその月光から放射能を放っていると思われる。また、放射能の中では精霊は存在できず、精霊術式の編纂は不可能。このことから汚染区内では魔力を媒介にした魔術および魔法の行使、または加護による戦闘をお勧めする。
物体、生物の存在を許さない強力無比な放射能。そしてその地域一帯に影響を与える存在であることから、この個体を等級Sとし、今後の等級を示す上での指標とする。