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お嬢様が降ってきた

 荷台に乗り込んだフンダートの男。煙を上気させ、焦げた体からパキッパキッと気泡の弾ける音を立てるその姿に思わず後ずさりしてしまう。


「じじじ、ジンさん!!上がってきちゃいましたよ、何とかしてください!!」

「なんとかってお前な!!」


 声を震わせ無茶な要求をするルートに言い返そうと振り向いた。その直後、男が刺突したナイフが風を切って俺の頬のすぐ横を通った。

 パクっと浅く割れた頬、太陽を反射して鋭利に光るナイフ。俺は目を見開いた。


 多分……振り向かなければ死んでいた。


「っち、運がいいなお前はぁっ!!」


 しかし当然、息を呑んで立ちすくむ俺を待ってくれる相手ではない。男は刺突したナイフを素早く戻し、一呼吸も置かぬ間に続く一撃を放った。


「くっ…!っそが!!」


 間一髪。その刺突をまたもやギリギリでかわした俺はチャンスとばかりに右腕を大きく振りかぶって男の右頬にヒットさせた。


「ぐふっ……!」


 思いがけない一撃を受け、よろけた男。


 その様子に俺は腕を構えて呼吸を整える。


 危なかった……、こいつに火傷を負わせていたのが功を奏したな。おかげで動きが鈍い。これなら何とか……。


 反撃が成功し、俺に少しばかりの余裕が生まれる。一方よろけて顔を俯かせていた男は前髪に落ちた影の中でぼそぼそと何かをつぶやいていた。


「────たぜ……。」

「……?」


 俺が眉をひそめて警戒すると同時、男はだらりと脱力していた体をバッと持ち上げ、天に向かって大音量で叫んだ。


「俺は!!もうブチギレたんだぜーーーーー!!!!!!!!!!」


 ビリビリと耳をつんざく怒声。続けて男は胸をフグのように膨らませた。


 あ、それはやばい────


 膨らんだ胸に黒いイナズマが走り、男は口をガパッと開く。


 この距離での魔術は────


轟く万雷(アグニハウンド)ぉ!!!!!」


 叫ぶような詠唱と共に口から紫電を吐き出す。放たれた紫電は枝木のように四散しながらこちらを捉えていた。


 避けらんねぇ────


「くっ!!」


 回避不能。そう判断した俺は咄嗟に腕をクロスさせて受けの態勢をとる。

 目の前まで迫りくる光速の紫電、直撃による激痛が俺の身体を襲う────はずだった。


「おうんっ!」


 頭に加わった思いがけない重みにおかしな声が漏れる。痛みに身構えていた目を開くと頭上には一人の少女。その少女は海を編んだような深い蒼のローブを翻しフンダートの放った紫電を霧散させる。そしてその体勢から曲芸師のように体をひねり男の顔面に強烈な回し蹴りをお見舞いした。



「ぐふっ!!」


 バキッと骨の砕ける音と共に、その蹴りをもろに受けた男は荷馬車から吹き飛ばされて地面に転がっていった。


「わわっとと……。」


 振動に馬が怯えたのを見てルートが慌てて荷馬車を止める。

 止まった馬車、その荷台で尻もちをついた俺は破れた天蓋の間から降る太陽に照らされ、悠然と立つ少女を見上げていた。


 朝空のように明るい水色の髪をお団子に結い、ローブの下はお上品なリボンブラウスに短めのジャンパースカートを身に着けたその姿は、まるで英国のお嬢様のよう。すらりと高い165センチメートルほどの背丈にピンと伸びた背筋。どこかの令嬢なのかと見紛うほどのその気品に俺は言葉を失っていた。


「大丈夫でしたかっ!?すみません頭痛かったですよね!」


 その少女は意外にも動揺した様子でこちらを向くと、尻もちをついた俺に目線を合わせるようにかがんで俺の頭を撫でだした。


「おわぁ!」


 俺は思いがけず頭に触れられたその手に動揺して立ち上がる。そして呆然とこちらを見る少女に目一杯の引きつった笑顔で親指を立てた。


「ええっと……だ、大丈夫だよこの通り元気ぴんぴんだから!それよりお嬢ちゃん助けてくれてさんきゅな!!」


 ああ、そうだよ……照れ隠しだよ!わりぃか!!こちとら彼女なんて縁のない人生を歩んできてんだ!!


「そ、そうですか。それならよかったです!私はシーナ、この先にあるヘルセンタって町で冒険者をやってるものです。あなたもヘルセンタに行く途中なんですよね、ルートくんもいますし。」


 俺の返答にほっとっ胸をなでおろした少女は立ち上がって礼儀正しく挨拶をした。彼女はルートのことも知っているようで、ひょこっと覗くようにルートを見て笑う。それにルートもびくっと体を跳ねさせ、気まずそうにあははと頭を抱えて笑っていた。


「俺はジン。お察しの通りヘルセンタに用があってきたんだけど……、」


 俺は振り向いて、目を逸らすルートを睨んで続ける。


「あいつがこっちは近道で安全な場所だとか適当こきやがってな。」


 やれやれと俺はお手上げのポーズをとって見せる


「ほ、本当にいつもは安全な道なんですよ信じてくださいーー!!!」

「ルートく~ん?いくらモンスターがめったに出ない道だからってここは人の目がない森の中なんだよ?冒険者を乗せてるならまだしもそうじゃない人を乗せて通る場所じゃないよねぇ?」


 涙目で運転席から身を乗り出すルートにシーナは怪訝な顔で詰め寄る。


 まじでいったいどういう関係なんだこいつら……。


「お、いたいた。シーナ!」

「ん?あ!みんな!!」


 森の中から聞こえる声にシーナは手を振り馬車を降りる。

 俺も続いて降りてそちらの方を見ると、シーナと同じローブを羽織った三人組が同じく手を振ってこちらに歩いてきていた。


「炎が見えたからっていきなり飛び出していくなよな~まったく。」


 頭の上で腕を組み、呆れた顔で漏らす赤髪の少年。見た限りでは120センチメートルほどと三人の中でとりわけ身長が低く、そのツンツンとトゲのある赤髪はまるでウニのよう。


「まあそれはいつものことだろう。それでシーナ、そちらの方は?」


 三人の中で一番ガタイがいい野人のような見た目をしたスキンヘッドの男が俺を見て言った。


「この方、ジンさんは道中でフンダートに襲われていたんです。危ないところでしたね、間に合ってよかったです!!」


 太陽のように眩しい笑顔を向けたシーナ、それに照れながらも微笑み返すと甲高い怒鳴り声が聞こえてきた。


「ちょっとルート!!あんたねぇ!この道は人気がないからやめとけっていつも言ってるでしょ!!馬鹿なの!?」

「ご、ごめんよぉエレナぁ……。」


 見ると大きな杖と魔女風の大きな帽子をかぶった少女がルートを叱りつけていた。


「私とあの二人は幼馴染なんです。仲がいいでしょう?」


 こそっと耳打ちするシーナ。目の前の光景を見て俺は苦笑する。


「仲がいいって言うか……。」


 出来の悪い子供とそれを叱る母ちゃんみたいだな。


 そんなことを考えていると、突然ぬっと大きな影が太陽を隠した。不思議に思い見上げるとさきほどの野人のような男が立っていた。


「ほわぁお!?」


 びっくりした。そのナリでいきなり前に立つのはやめろ!!


 驚いて後退した俺にその男はスッと腕を差し出す。


「初めまして、リットと申します。一応この四人のパーティリーダーを務めています。」


 俺はその、見た目と言葉遣いのギャップに一時呆然とする。しかしすぐに笑顔を作りその手を取った。


「おお、こ、これはご丁寧に。初めましてジンです。いや~先ほどは助かりました。」

「いえ、私の指示ではなくシーナがやったことですのでどうか礼は彼女に。」


 リットと名乗った大男は似合わない優しい笑顔で答えた。

 その笑顔に俺は内心、大粒の涙を流しながら地面に頭がめり込むほどの土下座を彼に向けていた。


 野人みたいって言ってごめん!!!この人めっちゃいい人……!!


「はい……、そうしますすんませんした……。」


 心でとどめていたつもりの涙がホロリと頬を伝った。


「なんで泣いてらっしゃるので……?」


 リット少し困ったように笑った。


「それよりそろそろ戻んね?疲れたよ俺。」


 赤い少年が切り出す。それにシーナも「そうですね」と同調した。


「よし!そこで伸びてるフンダートを憲兵所にも持って行かないといけないし、いったん帰るとするか。ジンさんもヘルセンタに向かう途中ですよね、ご迷惑でなければご一緒させていただいても?」

「もちろんかまいませんよ!」


 賑やかな方がいいからな!何はともあれ再出発と行こうじゃないか!!


 新たな気持ちでヘルセンタの方を見る。が目に入ったのは未だ喧嘩(一方的)の終わらないルートと魔女っ子。


 いつまでやってんすか君ら……。


「ほら!ルート!エレナ!出発するよ!!」

「ふんっ!まあ今日のところは許してあげるわ!!」

「わ~ん!エレナが雑魚敵みたいなこと言ってますぅ!!」


 腕を組んで身を翻した魔女っ子にルートは天然で悪口を放つ。それが余計に刺激したのだろう、魔女っ子は顔を真っ赤にして「なんですって!!」と叫んだ。


 ひ~と身をかがめて怯えるルート。まるで夫婦漫才のような一連の流れにたちはこらえきれず吹き出した。

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