またな
「バッドの師匠?」
てっきりバーゼリアに魔術を教わっていたと思っていたが師匠がいたのか。
「ああ、メーティア王国のヘルセンタって町に着いたらギルドに行って俺の名前を出してエレグに会いたいって言え。そーすりゃ”連れて行ってくれる”。」
「いやでも綺麗好きな冒険者の任務もあるから隣国なんていけねぇし、そもそも俺は監視対象なんじゃ……?」
国を渡るならかなりの日数がかかるはず、それに泊まり込みの修行ともなると許可が出るかどうか……。
「その辺はバーゼリアが上手くやんだろ。」
「んな適当な……。」
「うむ、すべて私に任せて修行に専念してきたまえ。」
半眼で呆れ気味にこぼすと扉の方から聞きなじみのある、低くてよく通る声が聞こえた。
「バーゼリア!いつの間に!?」
「盗み聞きしやがって趣味わりぃな。」
「男の決意とはいいものだなぁ。うむうむ。」
ドアに肩を預けていたバーゼリアが感慨深そうに腕組みしながらこちらに歩み寄る。そしてベッドに座る俺の前で立ち止まると凛とした態度で向き会った。
「ジン、お前は強くなると言ったな。」
「おう。」
「簡単じゃないぞ?」
「分かってる……でもやるんだ。」
「ではその決意、決して曲げるな!言ったからには強くなって帰ってこい!中途半端は許されないと思えよ!!」
厳しさか、それとも彼女なりの優しさか。その喝は俺を奮い立たせた。
「ああ……!もちろんだ!!」
俺は叫んだ。この熱が冷めることなど考えられないほどに心が熱い。初めて味わうこの戦慄は────武者震いだ。
返答に満足したのかバーゼリアはふっと柔和な笑みを作る。そしてまた凛とした表情に戻す。
「当面の間、お前は療養中ということにしておく。半刻立つまでにあいさつを済ませておけよ、ヴァンクリーの手下に気づかれる前に発つからな。」
告げられたタイムリミットはやけに早いがそれにももう慣れた。
「分かったよ、さんきゅーな。」
「これもお前に期待しているからだ。ぜひそれに応えてくれたまえ。」
バーゼリアはそれだけ言い残すと高笑いして去っていった。
「面倒なのに気にいられたな。」
「まったくだ、でも悪い気はしない。」
過ぎ去った特大台風に対して苦笑いでこぼすバッドに俺は半笑いでそう答えた。
ふと、バッドが天を仰ぐ。
「……なんつーかよ、お前がいるときはフーリのやつらも、カテラやメイゼもいつもより賑やかで、笑ってた。そんでまあ俺も……少しは楽しかったんだ。だから、”また”な。」
そうたどたどしく言葉を紡ぐバッドは初めて見せる優しい笑みを浮かべていた。
その様子に俺はおもわず揶揄い気味に笑う。
「やっぱバッドはきめぇな。」
「殺す。」
「こわこわ、にーげよ」
バッドは笑みを消し、再度炎を手に灯す。それに俺は揶揄うような態度を崩さないままドアへと向かった。
「っち。」
「バッド。」
「あ?」
お前とは喧嘩ばかりだったけどそれも含めてすべてが────
「楽しかったよ俺も。じゃ、またな。」
「……おう。」
しばしの別れ、振り返れば一瞬だった気がするしそうでない気もする。けどなんだか、晴れやかな気分だ。
その後、寝ているカテラに「行ってくるよ」と言い残した俺は、酒場で飲んでる連中に「帰ったらまた酒を飲もう」とだけ約束を交わし、ココロッココにもフーリを離れることを伝えた。「寂しくなりますね」と切なげに笑い送り出されたときは少し離れるだけだというのに込み上げてくるものがあった。唯一心残りなのがメイゼに挨拶をできなかったことだが、まあ淡白な返事が返ってくるだけだから言わなくてもいいだろう。
そうして一通りの挨拶を済ませた俺は馬車に乗り、夜の帳が下りたフーリの都から隣国メーティアへとひとりで旅立った。