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お前と対等でいたいから

 あまりにも後味の悪い、吐き気すら覚える物語。所々文字が塗りつぶされ読むことができないのもまたその絵本の不気味さを引き立たせていた。


「何と言うか、聞いてて気分が悪くなってきた。」

「私もだよ、一度読んだとはいえまだ来るものがあるな。」


 互いに頭を抱えた後、バーゼリアは本をパタンと閉じ「しかし────」と続ける。


「これでも貴重な汚染遺物の一つだ。『箱庭の少女』、この絵本はこちらで預からせてもらうが、いいな?」

「おう、そんなの持ってても気味悪くて仕方ねーからな。」


 俺は遠慮なく持って行ってくれ、と後味を誤魔化すように果物を一つ口に運んだ。


「そういえば、あいつらは今どこに?」

「カテラは隣の病室だ。まだ意識が戻っていないが傷は完治させてあるから心配いらん。そんでメイゼは傷が治った途端汚染区に飛び出していったよ。ったく、少しは療養すればいいものを。」


 そう悪態をつくバーゼリアはしかし、どこか安堵するような表情で口の()を少し持ち上げていた。


「バッドはどうしたんだ?」

「ん?あいつなら自室で魔術でも研究してんだろ。まあしかし、お前の容体を一番気にしていたのはあいつだったな。」


 バーゼリアはこのリンカの実もあいつの差し入れだ。と口に放り込んだ。


「そうか、なら行かなきゃな。」

「ああ、行ってこい。」

「おう!」


 神の権能によって亜空間に作られた廊下を駆ける。その洋館のような雰囲気のある廊下にはいくつも部屋が連なっており、綺麗好きな冒険者(ラインリッヒ)たちに個室があてがわれていた。

 表札の文字こそ読む事はできないが、以前バッドの部屋に立ち寄ったことがあるからその場所は覚えている。


「バッド!!」

「あん?」


 蹴破るような勢いでそのドアを開け放つ。陽光が窓から差し込む部屋には態度悪く机に脚を乗せたまま椅子に腰かけ、魔法陣の描かれた羊皮紙とにらめっこをするバッドの姿があった。こちらに気づいたバッドは頭をそのまま後ろに倒す。


「なんか用かよ。」

「俺のことが心配かと思って顔見せに来たんだよ。」

「っち……悪かったな、情けないとこ見せちまってよ。」


 態勢を戻したバッドは羊皮紙に視線を落としたまま、小さく息を吐いて静かに口を開いた。


 その似合わない様子にプッと吹き出す。


「たしかに情けなかったな。」

「喧嘩売りに来たなら帰らせんぞ。」

「はは、ちげぇよ。」


 俺は扉を閉めてバッドの座る椅子の隣のベッドに腰かけた。


「肩の傷、大丈夫か。」

「こんなんどうってこたぁねぇ。だからお前も変に気ぃ使うんじゃねぇぞ、きめぇからな。」


 オエーっと舌を出して吐くような素振りをしたバッドに俺はニヤッと笑みを作る。


「お前って案外優しいとこあるよな。きめぇけど。」

「やっぱ喧嘩売りに来たみてぇだな、でてけ。」

「冗談だよ、半分はな。」

「どっちの半分かによってお前の処遇が決まんぞ。」

「そりゃもちろん優しい方が冗談だろ、あほか。」


 なにを勘違いしているのだと、俺は目を丸くして当然のごとくバッドに言い放った。


「処遇決定、てめぇは死刑だっ……!」


 バッドは詠唱なしで手元に火球をつくり、ガタンと椅子から立ち上がる。それに俺はビビるでもなく微笑を浮かべた。


「あ?何笑ってんだ?」


 それにバッドが不思議そうに睨む。


「いや、俺たち最初からこんな風に喧嘩してたなと思ってさ。」


 転移したばかりのころも────、フーリへ向かっている時も────、ダンジョンの前でカテラたちに叱られたときも────。大概の場所で俺たちは喧嘩していた。


「てめぇとは根底から馬が合わねぇんだ。」

「俺もそう思う。」


 苦笑交じりにそう返す。


 ふとバッドの机に広がった魔法陣の描かれた羊皮紙の数々に目を向けた。


「それは?」

「ん?ああ、新しい魔術を構築してる真っ最中だ。」


 壁に打たれた巨大な魔法陣、黒く削れた羽の万年筆、そしてそのおびただしい数の魔法陣に俺は感嘆する。


 そうだよな、こいつは努力してんだ。綺麗好きな冒険者(ラインリッヒ)の中でも一握りしかいない九芒星という魔術等級に満足せず、あんな怪我を負った後でも絶え間なく────。


 ふと、自分の生い立ちを振り返る。


 俺は努力が嫌いだった。できるだけ頑張らず、甘い汁をすって生きたい。そんな風に思っていた。そんな、人生なるようになるだろう精神で生きてきたせいで大学を中退してフリーター生活。けど、その自分の現状に満足さえしていた。

 しかしどうだ、バッドはこれほど努力していて俺はこの体たらく……。


 握った拳に力が入る。


 俺は今、生まれて初めて努力をしたいと思ってる。強くなるために────。


「バッド、俺は強くなりたい。だから……俺に魔術を教えてくれ……!」


 腹をくくった。その表現が一番近いだろう。俺はもう逃げないと、強くなると再度その拳に誓い、バッドに向かって静かに……だが瞳を熱く燃やして頼んだ。しかし────


「……やなこった。」


 バッドは一瞬目を丸くしたものの、そう一蹴すると再度めんどくさそうに魔法陣とにらめっこを始める。


「おい、少しは真面目に────」

「魔術が使いたきゃ自分で教わりに行け。」

「は?」


 俺の言葉を遮る形で少し強めにそう告げたバッドは続けて、


「お前に覚悟があんなら隣国≪メーティア≫に行ってこい。そんで俺の師匠────エレグ・オルタに魔術を教わってきたらいい。」


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