あの時と同じ
目の前のこいつはなんだ……?
装飾がこれでもかと施された真紅のマントに魔石のネックレスを首から下げ、紫色の肌から汗のようなものが絶えず染み出しているそのモンスターに対する恐怖で思考が停止する。
「カテラ!!」
呆然とそのスイングされた杖を眺めていることしかできない俺を動かしたのはメイゼの叫び声。
そうだカテラは……!?
破壊音のした方を目を向けると頭から血を流し、瓦礫の下敷きになるカテラが見えた。
「カテラ!!」
「まだ死んでない!!ジンはカテラを助けて!!私はこいつをやる!!」
「わ、分かった!!」
メイゼに背中を押される形でカテラのもとへ走った。
「カテラ大丈夫か!!」
「げほっ……!ヒューッヒューッ……。」
うつ伏せの状態で瓦礫に挟まるカテラは呼吸するのがやっとの様子……。彼女はこちらに気づいていないのか、はたまたもう意識が無いのか虚ろになった瞳は地面を見ていた。
「まってろ!!今瓦礫を!!」
ベンチプレスの要領で瓦礫を上げようと試みるもびくともしない。
「もっかい!!がっあああああああ!!」
再度持ち上げるが、やはり軽い破片が転がるだけで本命の大きな瓦礫は動いてくれない。
その時バガンっと奥の壁になにかが衝突した。その音に全身から血の気が引いていく。
「メイゼ!!」
「だい……じょうぶっ!!」
土埃から勢いよく飛び出すメイゼ。彼女は高く飛び上がり空中で叫ぶ。
「百廻────エアリアルモリエ!!」
メイゼが抜いたレイピアの剣先に白い光が集まり、その光は長い鞭へと形作られた。詠唱が終わり、眼下の豚へとレイピアを振り下ろす。その光の鞭はビュゴっと風を切りモンスターへと直撃した。が、そのモンスターに当たった光はなぜかパキンと音を立てて霧散する。
「っぐ、やっぱり……!」
その様子に歯を食いしばったメイゼは、瞬きする間もなく氷の膜を足元に張ってそれを蹴る。流星のごとく一直線にモンスターへと刺突する。しかしその豚は身をひょいと翻して軽々とそれを避けた。
あいつ……!見た目以上に素早いぞ!!
負けじとレイピアの手数と精霊術の火力を生かした隙を見せない猛攻でその豚のモンスターに攻め入るが、レイピアの手数をものともしない素早さと、杖による対応で軽くいなされ、精霊術に至ってはそもそもが意味を為していないかのようにそのモンスターに術が触れた瞬間に霧散するか、屈折してあらぬ方向へ飛んで行ってしまう。
このままだとメイゼが……。いやダメだ!今はメイゼを信じて、任された任務を果たす!
「カテラ!!もう少しの辛抱だ、耐えろよ!!ふんっがー!!!くそっ!!まだだ!!ふんっ!!もういっかい!!ふん!!あ、あれ────?」
力を入れてなんども引っ張っていると、突然俺の持ち上げていた瓦礫から重さが消えた。
まさかメイゼが勝ったのか!!
「ありがとうメイ、ゼ────。」
眼前に迫った下品な笑み。だらしない腹に大きな豚の鼻。紫色の体色がさらに醜さをそそる。目の前にいたのはメイゼなどではなくその豚だった。
「なっ、は???メイ、ゼ……?」
急いで辺りを見回す。王の間の中央。ちょうど先ほどまで戦闘が起こっていた場所でメイゼは倒れていた。腕がひしゃげて額からは血が滝のように流れている。
「メイゼーーーーーー!!!!」
喉が痛くなるほど叫ぶがメイゼからの反応はない。残ったのは────俺だけになった。
「っくそ!!まずカテラを!!」
しかし目と鼻の先にいたはずのカテラがいない。
「ぶぎゃぎゃぎゃぎゃ!!!」
その笑い声にはっと気づく。
お前か!!豚!!
見るとカテラは逆さの状態で持ち上げられ、巨大な豚の口に運ばれている途中だった。
「まて!!やめろ!!」
俺は豚に向かって叫ぶ。その刹那、俺の声に呼応したように豚の頭がバカンっと揺れた。その巨体がズシンと音を立てて崩れ落ちる。
なにが起きたのか分からずにいると。土埃から腕を押さえ、千鳥足で歩くメイゼが現れた。
「メイゼ……!大丈夫だったのか!!」
「ジンの声のおかげ。あれで意識が戻った。」
「そ、そうかよかった!」
「うん、でも悠長にしてる時間はな、っぐ……。」
言葉を切ったメイゼは苦悶の表情で崩れ落ちた。いたるところで骨が折れ、出血も止まらず立っているのも奇跡という状態だった。
「おい……、あんま無理すんな……。」
「今無理しないとみんな死ぬ……!」
その言葉に俺は目を見開いて歯を食いしばった。
「カテラだけでも送りとどけたいけど、祝福は他人に使うことはできない……!だからジン……カテラを連れて逃げて!私が、あいつを引き付ける……!」
「……ダメだ、できねぇ。」
「なんで……!時間がない!!」
そう訴えるメイゼの背後であの豚が起きあがるのが見えた。
「俺が……!!俺があいつを引き付ける……!!」
「なっ!!そんなのダメ!!死んじゃう!!」
「メイゼも死ぬつもりだったろ……。それによ、仲間は助け合い。だろ?」
目の前のモンスターに抱いた恐怖を噛み殺し、今できる全力の笑顔をメイゼに向けた。その様子にメイゼは目を見開く。
「だから、メイゼはカテラ連れてホームに戻れ。俺は……この豚と鬼ごっこしてくっからよっ!!」
メイゼの返答を聞かず俺は走り出した。そうでないと足がすくんで二度と踏み出せない気がしたんだ。
ヤツの装飾品が床に転がっている。俺は迷わずそれを拾って叫んだ。
「おいブタ!!お前の落としもん俺がもらっていくぞー!!」
「ぶぎっ、ギャアアアアアアアアアア!!!」
カテラを探していた豚は俺に気づくと憤慨し構わずこちらへ向かってくる。
しめた、あいつ膝をケガしてやがる!!メイゼのおかげだ!!
「ギャアブギャアーーー!!」
ドスドスと地響きを起こす豚との追いかけっこが始まる。
ワームと初めて対峙した時以来だな……!さあ、来いよ!!お前が鬼で俺が逃げの鬼ごっこ開始だ!!
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<幻血種クリムゾア個体識別ファイル>
【No.42 悪肥豚】等級A
固有個体である巨大な豚型の幻血種。
その姿はオークと酷似するが、魔法、魔術、精霊術などの術をすべて無効化する粘膜が体を覆っており、近接戦闘が唯一の対抗手段となる。しかし、圧倒的な怪力とその巨体に見合わない速度を持っており近接戦闘にも隙が無い。習性として女と子供のみを襲い、その皮や所持品の貴金属を剥いで自らの装飾品としている。