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安堵と絶望

「はぁはぁ、カテラ交代。」

「うん……、ありがとメイゼ。」


 バッドが救援を呼びに行ってから数十分が経った。マップがあるとはいえ全員が疲労に合わせて霧幻世界(ネーベルデウス)に精神異常をかけられた状態にあり、まともに進むのは難しくもはや現在地が分からないところまで来てしまっていた。


 しかし当然そんな状況でも襲い来る幻血種(クリムゾア)の量が減ることはなくカテラとメイゼは少しでも体力を温存するため、前線を交代で回していた。


「はあっ、はあっ。」

「げほっ、はあ……。」


体はふらついて、傷から出血が止まっていない二人。たいして俺は綺麗なまま。

 俺はその二人を黙ってみていることしかできなかった。心配する権利もないように思えたからだ。


「くそ……。」


 思わず声が漏れる。それにメイゼは「大丈夫。出れるよ。」と優しく微笑んだ。母が子供に向けるようなそんな温かさだった。


「はは、違うよ。」


 ────そんなことを考えてたんじゃないさ。


 乾いた笑いがこぼれる。泣きそうになるほどの自己嫌悪が心を蝕む。今は彼女の優しさが針のように痛かった。


「何か言った?」

「……いや、なんもねぇ。」

「そう……。」


 俺のパッとしない返事に後味が悪そうにしながらも彼女は前に向き直った。


「なあ、メイゼ。」

「ん?」

「出ようなここから。」

「……うん、出よう。」


 彼女は意外そうに眼を大きく開けて俺を見た後、真剣な表情で頷いた。


「二人とも……、警戒して。たぶん……王の間に出る。」


 やりとりの後、前線を張っていたカテラが注意を促した。王の間というよく分からない名称に頭を悩ませたが、その疑問は立ち入った瞬間に納得に変わった。


「これは……。」


 エンタシスの柱と似た石柱が連なったそこは天井の高い体育館ほどの広さをした、宮殿の居間のような空間だった。


「これは……やっちゃったかな。これほど認識阻害が厄介だなんて思っていなかったよ。」


 たははと笑い、冷や汗を流すカテラ。その様子からここはあまり良くない場所だと暗に理解した。


「この場所はダンジョンの最深部。通称────王の間。」


 俺の様子察してか、メイゼは説明を加えた。


「最深部────!?まじか……?」

「まじ。」


 こくんと頷くメイゼだがその表情はどこか安堵しているようだった。


「ねぇカテラ────」

「うん、わかってる。どういう訳だかこの場所には幻血種(クリムゾア)はいないみたい。それどころか霧幻世界(ネーベルデウス)も消えかかってる。最深部に来てはいるけど、取り合えず……危機は脱した、かな?」

「ふぅ……。」


 緊張の糸がほぐれたのかその場にへたり込むメイゼ。


「なんで急に幻血種(クリムゾア)いなくなったんだ?前はあんなにいたのに。」

「もー異常(イレギュラー)が起きすぎてなにも分からないや、とりあえず救助が来るまではここで休んでいよう。これ以上下手に動くのは危険だからね。あーづがれだー!!」

「そうか、」


 傷だらけになった二人の体。一方の俺は傷一つない綺麗な体に少しの汗がにじんでいるだけ。その様子から胸の奥が熱くなり拳に力が入った。


「……二人とも、ごめん。正直俺……足手まといだ。戦闘にも参加できずに守られてばっかで、二人はボロボロになるまで戦ってくれてるってのにな……我ながら、情けねぇよ。」


 懺悔のように出し切った言葉。それを聞いた当の二人は目を丸くしてお互いを見合った。


「なーんかジンて思ったより繊細だよね~。」

「うん、どうでもいいこと気にしてそう。」


くだらないとばかりにそう一蹴する二人。


「なっ、どうでもいいってお前らな……!」

「だからー、そんなことはどうでもいいって!!メイゼ!!綺麗好きな冒険者(ラインリッヒ)の掟その一、はいっ!!」


右手を広げてメイゼに



「うん、『仲間(トモ)の渇きは仲間(トモ)が潤せ、仲間(トモ)の飢えは仲間(トモ)が満たせ。その輪が綺麗好きな冒険者(私たち)を形作る────』」

「てわけでっ、ジンがピンチなら私たちがそれを助けるのは当たり前!!だからもうウジウジ言わない!!」


 ビシッと指を立てて言い放つカテラに俺はたじろいだ。


「いやでも────」

「ジン……私たちはもう、仲間だよ。」

「そーそー。」


 メイゼの言葉に共感したようにうんうんと頷くカテラ。


 仲間────。それだけの理由でこいつらは俺を見捨てなかったのか?そんなにボロボロになってまで……?


 仲間を見捨てない。簡単なように聞こえるその言葉はここまで俺を守ってくれた二人を思うととても重いことのように思えた。


 憑き物が落ちたような感覚に思わず笑みがこぼれる。今度はちゃんと心からの笑みだ。


「そっか、仲間か。」

「そうだよ、だからなにも気にすることはないの!!てゆうか!!それもこれも全部、ジンを魔術も魔法も加護もない状態で汚染区に送り込むボスが悪いんだから!!」

「カテラ達の時は違ったのか??」

「大違いだよ!!私の時は嫌というほど戦闘訓練を受けてからやっと汚染区に立ち入れたんだから!!」


 相当嫌な記憶なのかカテラは苦虫を嚙み潰したような顔になる。


「私もそんな感じだったかな。」


 メイゼも戦闘の基礎をたたき込まれてから汚染区に入った……?とするとバーゼリアが俺の汚染区進出を急いだ理由はなんだ?まさか……嫌がらせっ!?


「え……?俺って嫌われてる???」

「逆だと思うよ、ボスはジンのことすごく気にかけてるし!!」

「もしかしたら何か考えがあるのかもね。」


 メイゼはふふっと軽く笑みを浮かべた。


「どうせ悪だくみだろ。ご勘弁願いたいな。」

「あはは……っとと。」


 いつかと同じ、またカテラがふらっと足をもつらせ俺の胸に収まる。


「また加護の連続使用の影響か?」

「ううん、まだ霧幻世界(ネーベルデウス)の影響で平衡感覚のズレが残ってるんだと思う。そういえばジンは平気そうだね。」


 姿勢を戻したカテラは機械の故障を直すように自らの頭をコンコンと叩きながらそう言った。


「ん?そういえばこれと言って何も感じないな。」


 思えば、平衡感覚も認識機能もすべて正常だ。紅き月(デ・アーラ)といい霧幻世界(ネーベルデウス)といい等級(クラス)Sも案外大したことないんじゃなかろうか。


「もしかして……。」

「ん?」

「ジンは霧幻世界(ネーベルデウス)の効果も受けないんじゃ……。」

「なっ、!」


 口の端をぴくぴくと動かすカテラ。その言葉にメイゼはぎょっとした顔でこちらを見た。


「な……なんだよ。」


 その異様な反応に居心地が悪さを感じる。


「なんでもっと早く言わないのさ—!!」


 そう叫んだカテラは俺にガバッと抱き着いた。未だに何が起こっているか把握しきれていない俺は何もしていませんよと両手を上げるのみだ。


「え?え?」

「最初からジンにマップを渡しておけば迷うことなかったのに。」


 ────ああ、そういうこと。


「自覚なかったんだよ!!てか離れろ!!」

「ん゛ーーー!!!ふん、まあいいけどっ!!あーあもう!!」


 腹を立てながら俺の胸を押して体をもとの姿勢に戻したカテラ。それを見たメイゼがはじけるように笑い出した。


「なんだか今日のカテラ子供みたい、あはははははっ!」


 それにつられて俺も笑みがこぼれた。


「っぷ、たしかにっ!ははっ!!」


「もー二人して私を馬鹿にしてー!!私だって怒るんだか────」


 なぜかカテラの声が途切れた。代わりに部屋に響くのは体の芯から揺れるような衝突音。

 目の前にいたはずのカテラは消えて、人の頭部の骨ついた5メートルほどの大きさの杖が眼前に現れた。


「は……?」


 脳の理解が遅延し、ゆっくりとその杖の持ち主を見上げる。それは下品な笑みを浮かべたオークのようなモンスターだった。

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