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絶体絶命へ

 そこは岩肌が剝き出しの影を落としたように暗い洞窟。冷ややかな空気と濃い霧が支配したその空間で頼れる唯一の光源は、手元の蝋燭のみ。そんな最悪の環境の中、その最悪に拍車をかけているのはこのダンジョンの地形にあった。

 ダンジョンの中は迷路のように入り組み、上り坂になったかと思えば唐突に下り坂が姿を現す。そんな死角の多い地形でさらには霧で視界も悪い、そんな場所で気など抜こうものなら幻血種(クリムゾア)に不意打ちをしてくださいと言っているようなものだ。


 警戒を怠れば死ぬ。先ほど経験しただけに俺は自らの心臓の鼓動しか聞こえないほどに緊張していた。


「おい、今日のポイントヌル……おかしくねぇか……?」

「うん、たしかにおかしい。」


 額に冷や汗を浮かべ緊張の面持ちでバッドが切り出すと続いてメイゼもそれを肯定する。二人からはもはや出発前の余裕は感じられなくなっていた。


「今日はっ!!ちょっと敵が多いかもね……!!」


 カテラが背後の敵を斬る。いつも軽快に大剣を振る彼女もやはり余裕がない様子のか動きが鈍い。


「ちょっとどころじゃねぇ……!この量は明かに異常値だ!!フルムーンでもねぇのに……っよ!!」


 バッドが火炎で幻血種(クリムゾア)を燃やす。詠唱がないということはおそらく使っているのは魔法だ。不意打ちに対応する速射性が求められる現状を鑑みて詠唱を省ける魔法を採用しているのだろう。


 前からも後ろからも断続的に襲い来る脅威。それに全員が神経をすり減らしていた。


「後ろ!!」

「まかせ……てっ!」


 カテラがウサミミがピョコピョコと揺らし、後方を守るメイゼに敵の位置を知らせた。返事とともにメイゼは手に持ったレイピアで狼の幻血種(クリムゾア)を貫く。


「まだいる!」


 どうやらカテラの耳は索敵ができるらしい。後方を守るメイゼの危機を察知したのか加勢に飛び出て行った。しかしその索敵をもってしても俺たちが窮地に立たされているのは間違いなかった。


 これで難易度が低いだって……?大量の敵に加えてこの霧。とてもじゃないが難易度イージーとは思えない。


 俺は息を呑んだ────とその瞬間、


「ギギィッ!!」


 サルの鳴き声に似た甲高い鳴き声と同時、右方(うほう)の岩肌から角の生えたウサギが俺めがけて飛び掛かってきた。


「うわっ!!」


 しかし気づいた時にはもう遅い、その角が眼前に迫り俺は死を悟った。


 完全に反応が遅れた。やばい、これは……死────────


「あぶねぇっ!!」


 ウサギの角が間近に迫り、棒立ちだった俺の体が押された。驚いて目を見開くと体を押していたのは前線を張っていたバッドだった。


 ザクッと嫌な音がバッドから鳴る。


 ミサイルのように飛び出したウサギ。その鋭利な角がバッドの肩を貫いていたのだ。


「バッド!!」

「うるせぇよ。大丈夫だ、こんくれぇ。」


 そう静かに答えたバッド表情は痛みに歪んでいた。


 バッドは肩から角を抜き、ウサギごと地面に投げた。そして地面に転がったウサギに向かって詠唱のない火の魔法を一発。


 一瞬にして炎に包まれたウサギ。その幻血種(クリムゾア)は小さくうめき声を上げシュウゥゥと煙のように消えていった。


「バッド!!」

「バッド大丈夫?」


 俺が一連の出来事に言葉を失っていると後ろの幻血種(クリムゾア)を倒し終わった二人がバッドの傷を見て駆けつけてきた。


「っち、心配すんな。行くぞ。」

「まって。」


 右肩から血を流し、なおも立ち上がり前線を引こうとするバッドにメイゼがストップをかける。


「この霧に大量の幻血種(クリムゾア)。この状況が続くと多分……みんな死ぬ。カテラ、もう帰還すべきだよ。」


 たしかに装備もボロボロで武器の刃こぼれも酷い、どう考えてももうみんな満身創痍だ。メイゼの言う通り、このまま奥に進んでも無事に帰れるとも思えない。


 一同がカテラの指示を待つ。すると、カテラは顎まで伝った汗を拭って失笑をこぼした。


「そうしたいのは山々なんだけどね……。みんな気づいてる??この霧、たぶん霧幻世界(ネーベルデウス)だよ。」


 途端、バッドとメイゼの顔が鬼気迫るものに変わる。


「なっ!!」

「────っ!!」

「この霧、入ったときはいなかったはずなのに気づいたらそこに”いた”。そして受けた精神異常は多分、平衡感覚障害と認識阻害だね……。」

「この道、この刃跡……。一度通った場所かっ……!!」


 壁につけられた切り傷をみてバッドがしてやられたという様子でギリっと歯噛みする。


「でもまって、霧幻世界(ネーベルデウス)の生息域は失意の巨森のはず。なんで悲観の砂漠、それも前半層にいるの??」

「今はまだ分からない……!!でも、幸い凶悪な精神異常はまだ確認できない。まずは落ち着いて現在地を確認、それから来た道を辿って脱出しよう!!」

「「……了解。」」


 カテラが指示をだした後、どこか覚悟を決めたような顔でマップを開く三人。一方状況の把握に苦しむ俺は思わずメイゼに問いかけた。


「なあ、霧幻世界(ネーベルデウス)ってなんだっけ……?」


 たしか一度カテラから聞いた気がしないでもないが……。


霧幻世界(ネーベルデウス)は失意の巨森の支配者で、その脅威は紅き月(デ・アーラ)と同じ────等級クラスS。」

等級(クラス)S!?やべぇじゃねぇか!!」

「うん……。だから、今は霧に注意して。霧幻世界(ネーベルデウス)の霧を吸い込むと精神に異常をきたしてしまう。今は易しい症状で済んでいるけど、次は何が起こるか分からないから。」

「そ、その霧の効果って神様の祝福でどうにかなんないもんなのか?」

「銀膜の祝福は体の外側を覆うように張られてる。でも、内部まではどうしようもないから……。」


 絶体絶命、そんな言葉が脳裏をよぎる。等級(クラス)Sの霧幻世界(ネーベルデウス)に加え、絶えず襲い掛かる幻血種(クリムゾア)。さらには平衡感覚障害と認識阻害を付与された状態で迷宮を彷徨い続けている。その状況に削られる精神と体力、みな口には出さないがたしかに限界が近づいていた。


「この…刃跡……かなり刃こぼれの酷い状態で切り付けてる……!!」

「てこたぁ、かなり深部の方だな。通路の長さと分かれ道からして現在地は────、ここだな。」


 カテラが道中壁に着けた傷跡の状態を推理して、バッドが瞬時に現在地を割り出す。この辺の連携はさすがというほかない。この状況でも冷静な二人からは多くの窮地を経験してきた猛者の雰囲気が漂っていた。


「現在地が分かったならあとはマップを辿るだけだな!!」

「まって、これでまた迷ったりしたら取り返しがつかない。幸い、まだ私たちには空握の祝福が残ってる。誰かが戻って救援を呼んだほうがいいと思う。」


 俺が意気揚々と立ち上がるがメイゼによって止められてしまった。


 空握の祝福────、たしか一度訪れた場所にワープできる能力か。


「だね!!私はまだ戦えるよ!!」

「私も、まだ大丈夫。」

「……わりぃ、俺はもう魔力切れだ。お荷物になっちまう前に救援を呼んでくらァ。」


 前線を張っていたのが相当堪えたのだろう。大量の汗を流し、息も絶え絶えなバッド。思えば前からくる敵はバッドがすべて片付けていた。魔力の燃費の悪い魔法を使って、だ。さらには俺のせいでできた先ほどの傷、ここまでこれたのが奇跡だろう。


「分かった。頼んだよバッド!!」

「ああ、任せろすぐに助ける。」


 バッドはそう言い残しその場から消えた。エフェクトも何もないただ元からそこにいなかったかのように跡形もなく。


「さて、じゃあここにいるのも危険だしマップを辿っていこう!!」


 バッドの見送りもそこそこにカテラはくるりと方向を変え、マップ片手にこの場を離れるよう促した。


「分かった。」

「お、おう!」


 ===================================

<幻血種クリムゾア個体識別ファイル>

【No.30 霧幻世界(ネーベルデウス)等級(クラス)S


 吸い込むと精神異常を引き起こす霧状の幻血種(クリムゾア)。失意の巨森に生息し、森全体を覆うほどの巨体。その霧を吸い込んだ者は様々な精神異常の発現がみられる。例として意識混濁およびパニックによる自傷、失神、動悸、強い不安感、認識阻害、方向感覚の欠如およびそれに付随する平衡感覚障害、幻覚作用、強い恐怖感情などが挙げられる。なお、この幻血種(クリムゾア)に対して空握の祝福は意味を為さないため失意の巨森侵入の際はガスマスクの着用は必須とする。


 水蒸気一粒一粒が幻血種(クリムゾア)だとする説と失意の巨森を包むすべての霧が一個体だとする説で別れていたが、近年ではこの幻血種(クリムゾア)はすべて合わせて一個体であり、紅き月(デ・アーラ)と同じ固有個体(ユニーク)だとする説が有力となっている。

 討伐に関しても弱点であるコアが水蒸気に扮しているためその判別は不可能に近い。


 以上の調査結果から、環境および生物に多大な影響を与えるこの幻血種(クリムゾア)を汚染区で二体目となる等級(クラス)Sに配置する。

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