繰り出すは汚染区
頬にひたっと冷たい何かが触れる感触があった。それが肌だと分かったのは俺の目が薄く開いてからだった。
「はっ!!」
「きゃっ!!!」
それに驚いた俺は上体を跳ね上げる。勢いよく起き上がったせいでシーツが床に落ちた。しかしそれに気が付かないほどに俺は冷や汗を浮かべ、動揺していた。
なにかとんでもない悪夢を見ていた気が……。
「ん……?」
夢のことに気を取られていて気が付かなかったが、ベッドの傍らで頬を赤く染めた少女が顔を引きつらせて立ってた。小ぶりな顔に短い目尻、編み込んだ真珠色のボブヘア。透き通るような白い肌がより頬の赤を強調させている。俺はその少女の人形のような顔に一瞬言葉を失った。
「えーっと……?」
「な……な……、」
「な?」
「────ッ!!!」
しかしその美しい少女は動揺したのか口をパクパクと動かし、顔を茹蛸のように赤くしながら、恥ずかしそうに走って医務室から出て行ってしまった。
なんだ……今の?
「ジン起きたのー?まったくー丸二日も寝ちゃってー!」
謎の美少女が出て行った矢先。交代するようにドアからひょこっと顔をのぞかせるカテラとココロッココ。
「二日……そんなに寝てたのか。どうりで体が重いわけだ。」
「今メイゼが顔真っ赤で走っていきましたがなんかありましたです?」
メイゼ……あの台風みたいに去っていった子か。
「起きたら顔真っ赤にして出て行っちゃってさ。誰なんだあの子?」
「普段はそっけないけどいい子だよ!」
「そっけないねぇ……。なんか嫌われるようなことしたかな?」
「どうせまたセクハラしたんでしょう。まったく。」
「おいまて俺は本当に何も────」
「おー起きたか!!災難だったな!!」
深いため息をつくココロッココに慌てて無実を訴えるが、取り巻きを連れて医務室に入ってきたバーゼリアに妨害されてしまう。
「おせーよ、何日寝てんだぼけ。」
バーゼリアの後ろで控えていたバッドの悪態にカテラが首をかしげる。
「え?でもバッドも昔同じように気絶してなかったっけ?」
それにバッドはバツが悪そうに舌打ちをして黙った。
気絶……。はっ、思い出した!!あのオカマ……!
あまりに不愉快な記憶。俺の体に再度悪寒が走った。
なんて威力だ……。
「ノーブに抱き着かれて気絶するのは皆通る道だ!!気にするな!!」
「あれが登竜門なのイカれてるだろ。」
愉快そうに笑うバーゼリアに俺は頭を抱えた。
「ボス、そろそろ。」
「ん?ああ、そうだったな。よし、ジンもう十分寝たろ行くぞ。」
取り巻きの一人に促される形でバーゼリアは俺の腕を引く。
「行くってどこに?」
「決まってるだろ?汚染区だ。」
「は?」
あまりの急展開に間抜けな声が漏れた。
「汚染区って……ええ!?いきなり過ぎないか?」
「何言ってる?もうお前は綺麗好きな冒険者になったんだ。そして同時に私の部下でもある。部下をどう使おうが私の勝手だろ?」
「パワハラだ……。」
丸二日寝込んでいた人間に対してなんて対応だ。いつか然るべきところに訴えてやる……!
「でもいいのボス?ジンてばなんの魔法も魔術も使えないんだよ?危険すぎない?」
良いぞカテラ!そうだこの世界俺は右も左も分からない非力な赤ちゃん!!外なんて出たら危ないでちょ!!
「そんなものは後からいくらでも覚えられるさ、まずは我々の仕事を覚えさせなきゃならない。それに積もる話もあるしな。」
「ん?積もる話?」
「後で話す。ほら立て。」
もはや俺に拒否権はないらしい。
諦めて素直にバーゼリアに従い立ち上がった。
「バッド!カテラ!お前らもついてこい!!」
「っち、しゃーねーな。」
「わーい!にぎやかー!!」
「あーそれとあいつも連れていくか。」
あいつ……?
あいつってのが誰のことを指しているのかは分からなかったが俺たち四人はそのまま医務室を後にした。