2 人は居ましたけどなんだか変です
さて、ギンちゃんの出現で色々ふっとびましたが、状況は何一つ変わっていません。
あの後、部屋を調べてみましたが見つかったのは壁に埋まったプレート1枚のみでした。半透明な板に地図が描いてあった感じですね。
期待、するでしょう?
描いてあったのは歪な縦長の長方形。それから、その一番上に印がついていて『ここ』、一番下に『でぐち』と書いてありました。
……とりあえず、下に向かえば良いことがわかっただけマシなんだと思います、思うことにします。
そうそう、ギンちゃんの居場所はスカートのポケットです。髪留めの位置も気に入っていたようでしたが、頭はよく動くので……ポニテですし。
「ドキドキしますね。」
そんなわけで、扉の前です。ノブに手を掛けます。
いきなり全部開けるなんて真似はしませんよ。
すこぉしだけ開けて、部屋の外を見ます。……屋内ですね。そして、人が居ます。人です、人間です。少なくとも人間に見える何かです。ギスギスした雰囲気はありますし、人種も服装もバラバラですけど……。
そこまで確認して、一度扉を閉めます。多分、気付かれてはいないでしょう。
「どうしましょうか。」
とは言っても実際の選択肢は『出る』一択です。こんなところに居続けるわけにはいきませんから。
問題なのは人がいることです。
ここに私を連れてきた人達だと騒ぎに……大変なことになりそうですけど、それはよりは同じ立場の人達って考える方が自然な気がします。直感ですけれど。そもそも、連れてきた人達なら、逃げればいいだけです。
でも、同じ立場の人だった場合ですが……言語が通じるならお話をしなくちゃいけないでしょう。シミュレーションしようと思いましたがさっぱりわかりません。
……なるようにしかなりませんね。ただギンちゃんの事だけは伏せておこうと思います。さっき見た限りだと、ギンちゃんみたいな子はいませんでしたしね。
「ではでは……白音、いっきまーす!」
バンッと自信満々に扉を開きます。こういうのは初印象が大事ですから。強気にいきましょう。
案の定、殆んどの人が呆然とこちらを見ています。口を開けたまま固まるなんてマンガみたいな表情はじめて見ました。
この隙に走……なんてしません。訳がわからないまま後ろから追われるのはゴメンです。
「言葉、通じる方いますか?」
みんな、困ったように顔を見合わせています。
うーん……ダメですかね?
「お嬢さん、言いずらいんだが……みんな言葉は通じるよ。」
おや、逆でしたか。見たところ日本人っぽくない方もいらっしゃいますが……も、もしかして国内のアトラクションかなんかだったりするんでしょうか、ココ。それで、今回はドッキリかなにかで……だ、だとしたら恥ずかしすぎます。ハッ、そういえば壁の簡易な地図は日本語でした。
「あー……百面相しているところ悪いんだが、そろそろ話をしても良いかい?」
「ふぇっ!?も、モチのロンでございます!」
そんなわけで、私と話しかけてくれたおじ……お兄さんと、性別年代不詳のおねにいさん、それから……宣教師さんみたいな格好をした方とで円陣を組んで床に座り込みます。
「あー……とりあえず先に言っておくが、俺達は各々いつの間にか個室みたいな所にいて、出てきた。着たときの事なんて誰も覚えちゃいねーし、ここについて知ってるやつもいない。」
「私と同じなんですね。」
「だろうな。」
と、最初に話しかけてくれた男性が大きく息を吐きます。すごい緊張しているみたいです。話すのが苦手なのかなとも一瞬思ったのですが、それは違う気がします。残りのお二人も、周囲で見守っている人たちも、緊張しているようです。少し不思議ですね。
「ん?あぁ、お嬢ちゃんは気にしないでくれ。お前さんは何も悪くないからよ。」
顔に出ていたのでしょうか、男の人がそんなことを言ってきます。うーん……気にはなりますが、まずは全部お話を聞いてからにしましょう。
「まずなんだけどな。俺は日本出身。1985年だった。」
「アタシは、インドネシア出身のアメリカ育ち。国籍もそう。で、2035年よ。」
「私は……北ドイツ同盟です。」
えっと?なんの年でしょう。
誕生年にしては変です。未来人もいます。そもそも今は2020年です。童顔とかそんなちゃち理由では説明がつきません。それだと未来人もいますし。そして北ドイツ……昔に東西に別れてたという事は知っていますが南北は知りません。見た目通りの喋り方です。そして、出身のわりにはみなさんとても日本語が流暢です。不思議なくらいぺらっぺらです。
「あー、まぁ固まるよな。つまりだ、ここに居るのは国籍も時代も異なる奴らってことだよ。んで、なぜか言葉は通じる。何故かなんて知らないけどな。」
「それこそ神の御技とするしかないのでしょう。」
「さっきまでは本物のサムライ!とかもいたのよ。ジャパニーズサムライ。格好良かったわぁ」
「は、はぁ…………」
わかりません。わかりませんけど……良いにします。ここで突っかかっていたら話、絶対に進みませんもん。
「皆さんがそろって騙しているっていうのを疑わない訳じゃないです。でも、そこは良いので、次いってください。」
「巻くなぁ。未来の女ってのはそんな強いんかね。だとしたら、結婚は早まっ……と、これはどうでもいいな。」
男性の言ってることが本当なら、まだ辛うじてバブル時代でしたよね。そうすると晩婚化は進んでいない頃でしょうか。うーん……親の年代くらいとは思うのですが、スマホもガラケーもない時代のことなんて詳しくは知りません。それこそ、どうでもいいことですけど。といいますか、この人、既婚者ですか……。
「んで、俺達も多くは知らん。ただ……全員、起きたら別々の個室っぽいとこにいて、板があって簡易地図があったって感じだな。」
話によると、地図は私が見たものと同じみたいです。ギンちゃんみたいな生き物の話はないですね。疑問はわきますが、とりあえずスルーです。
あと、私がいたところも含め、部屋には戻れないみたいです。扉、なくなっちゃったので……。人が出てくる時になると扉が壁に浮かんでくるそうです。
「つまり私が出る前に覗き見してたのはバレバレですか!」
私の叫びは生暖かい瞳でスルーされました。時代や国が違ってもこの辺りの反応は同じなんですね……。
ちなみに壁や床は何をやっても傷一つ入らないらしいです。未知の技術……SFなんでしょうか。SFはからっきしなんですよね。
「それで……だ。」
みなさんの視線が真後ろ……ちょうど私の真正面に向きます。えぇずっと気になってました。
そこは壁がなくて、また一つの部屋……のようになっていました。ようなというのは、部屋ではないからです。あるのは、階段です。登りも下りもあるように見えます。
地図でみた限りは最上階に思えましたけど……屋上でもあるのでしょうか。
「あっちのな、階段。あそこから向かっていったヤツはかなりの数がいるが……戻ってきたヤツはいない。」
出ていった人が戻ってこない理由は、わからないそうです。
ここから見ると普通に見える階段ですが、この部屋の範囲の外……敷居を過ぎると、こっちからはいきなり姿が見えなくなるので、何があったかはわからないらしいです。うーん……ファンタジーですね。
ただ、出たらすぐ戻るって言ってた人も戻ってこないので、戻ってこれないような仕掛けがあるのは確実らしいです。
「水も食料もないから、いつまでもここにいるわけにゃあいかないんだが……踏ん切りが、な」
ふむふむ……そうなると、このままここにいても大した情報はないままお腹が空いてしまうと言うことですね。それなら、早く行った方が良さそうです。
「わかりました。色々ありがとうございます。私、階段に行ってみようと思います。」
善は急げです。
すくっと立ち上がって、ポケットにそっと触れます。ちゃんといますよ、ギンちゃん。早く出してあげたいですね。
そうやって私が見下ろすような状態になると、すごく慌てた様子で……いえ、怯えた様子で、みなさんが立ち上がります。さっき緊張していたのと同じ雰囲気です。……聞いておいたほうが良いですよね。
「あの……」
「聞きたいことはわかる。……なんて説明すりゃあいいかな。」
ぼりぼりと頭を掻きものすごい複雑そうな表情で、天井を見つめています。他の人たちは……急にというか更に距離をとっていますね。近くに来ていた人達も遠くです。
「簡単に言うとだ。ここで喧嘩とか破廉恥な事をしようとするとだな。雷が落ちて消し炭になる。」
「へ?あ、いえその……どういう?」
いえ、言っていること自体は理解できます。ファンタジーなので雷が室内に突然発生するのも、当たったというのもわかります。
でも、雷は軽い火傷こそ発生させますが丸焦げにはならなかった……と思います。感電による心肺停止の方が多く、生き残る人も多い……だったと思いましたけど……。
「ここでなぁ、女にいらんこと働こうとした奴等がいたんだよ。あと、奴隷だ異教徒だって騒いだやつも。アイツらの時代じゃあ合法だったんだろうけどな。」
私の混乱は、別の混乱だと取られたようです。訂正する必要は……ないですね。
でも色々納得がいきました。みなさん、私に近づいて『そういうこと』だと捉えられたら黒焦げになっちゃうので避けられてたのですね。今のだって、ほらスカートを覗いてると思われたらいけませんし。
気になるのは誰が捉えているのかですけど……私をここに連れてきた『何か』ですよね。これだけ人数がいるんですもん。うっかり偶然の異世界転移なんて思えません。でも、考えてもわからないので、行動しましょう。このままここに居ても腫れ物に触られるような扱いのままっぽいですし。
よし、ではでは行きましょう。
ブクマや星5、はげみになります!