第7話 瞳子さん、阿見山町の陶芸教室に行く。
15分ほど車で走り、目的の場所に着いた。
海沿いの道だったので、つい運転席の窓を開けて走ってしまった。
海風は半端なく冷たくて、鼻水が垂れてきた。
でも、運転しながら見る景色はとても綺麗だった。
駐車して、ティッシュを取り出して鼻をかんだ。
助手席に置いていた手提げ袋を掴み車から出て、辺りを見回す。
車3台ほど停められそうな駐車場。
昨日は雨が降っていたから、下の土がぬかるんでいる。
日本海から吹く海風は強く、風が吹く度に髪の毛があっちこっちに躍る。
その割に波は穏やかだった。
海沿いの高台にある一軒家。
黒い瓦屋根の家は2階建てで、壁は白い。
玄関まで丸みを帯びた飛び石が埋め込まれている。
芝生で覆われた玄関前には、陶器で作られた茶色いカエルやネコ、フクロウが置かれていた。
『横峯陶芸教室』
ツヤツヤとした陶器でできた黄土色の看板は、芝生の上に生えているように刺さっていた。
飛び石の上を歩き、玄関へ向かう。
インターホンを押した。
すぐに「はーい」と女性の声が聞こえ、しばらくして扉を開けてくれた。
「あら、こんにちは」
おかっぱ頭の女性で、桃色のエプロンをしている。
べっ甲のフレーム眼鏡を掛けたその女性は、
オレンジの果実のような爽やかかつ明るい笑顔で迎えてくれた。
「こんにちは。14時から予約していた田中瞳子と申します。」
「トウコさんね。お待ちしてましたよ。じゃあ、早速工房にご案内しますね」
さぁ、入ってと女性は言い、右手で玄関に入るよう促した。
「お邪魔します」
グレーの石床の玄関は広く、左側に部屋が続いており、引き戸が開け放されている。
引き戸には「陶芸教室はこちら」というラミネートされた紙が下がっている。
女性は玄関に置いてあるスリッパを履き、そちらの部屋に案内してくれた。
工房は8畳ほどの広さ。
部屋に入ってすぐ、奥に食器や陶芸道具が木製の棚に並べ置かれているのが目に入った。
右手には大きな窓があり、窓の外には穏やかな日本海が一面に広がっていた。
その窓のおかげで工房内は電気をつけていなくても明るい。
窓の前には電動ろくろが3台等間隔に並んでいる。
部屋の真ん中には大きな木製テーブルが置かれている。
その上には、手びねりが2つ並べてあった。
女性はテーブルの前にある背もたれのない木製椅子を引き、
「どうぞ」と言った。
私は女性が引いてくれた椅子に座った。
女性も隣の椅子に座った。
エプロンで隠れていた、首から下げていた名札を取り出した。
「横峯多恵子と申します。よろしくね」
とにっこり笑った。
「トウコさんって、どんな字を書くの?」
「ひとみ、目の…に、子供の子、です。」
人差し指で空中に書きながら説明した。
「あらぁ~綺麗ないい名前ね」
多恵子さんは50~60代だと思うが、私の名前はそれぐらいの年代の方からのウケが良い。
「ありがとうございます」
「ご両親がつけてくれたの?」
「いえ、祖父がつけてくれたみたいです」
「あら、そうなの~」
多恵子さんは口元に左手をあて、にこにこしている。
「瞳子さん、今日は何を作りたい?」
「そうですね、マグカップを…」
父が毎朝使っているマグカップが頭に浮かんだ。
「いいわね!マグカップ」
手をパンッと合わせてそう言うと、多恵子さんは両手でマグカップを成型する動きをした。
「陶芸は、初めて?」
「いえ、実は陶芸の専門学校に行ってました。」
「あら!!どこの専門学校?」
「若草市内の…」
「えッ!!若草市内って言ったら、あそこしかないわよねぇ」
「はい…」
話を聞くと、多恵子さんの甥っ子が今高校3年生で、その専門学校に入学するつもりだとか。
「まぁ、ここから一番近い所ってなると、そこですもんね。」
「忍ちゃんが帰って来たら、ぜひ先輩に会わせてあげたいわ」
「はは…いや、私なんて何の賞も取った事ないし、大したアドバイスなんて言えないですよ」
本当に、そうだ。夢溢れる高校生の若者に、私の人生で参考にすべき所は何もない。
「関係ないわよ、そんなの。もう、じゃあデモンストレーションはいらないかな?あっ、電動ろくろ使う?」
多恵子さんは立ち上がり、後ろの電動ろくろを手の平で差した。
「いえ、陶芸するの久しぶりですし…多恵子さんがされている、いつもの体験会でお願いします。」
専門学校で卒業制作をして以来、粘土に触れていない。
多恵子さんは「そお?」と言って眉根を寄せた。
再び私の隣に腰掛け、目尻を下げてにっこり笑った。
「じゃあ、いつも通りいくわね。」
「お願いします」
ペコリと頭を下げた。
「じゃあ、まずは…エプロン持ってきてる?」
あ、忘れた。