第48話 〇△▢
お墓参りから帰ると、瞳子さんの車がまだ駐車場に停まっていた。
おばさんと一緒に、工房に顔を出した。
「あっ、お帰りなさい!」
顔一杯の笑顔で迎えてくれた。
「ただいま、瞳子ちゃん」
「ただいま…」
綺麗な黒髪が頬にかかり、笑った目が俺の目と合う。
キラキラした焦げ茶色の瞳が、本当に美しい。
「じゃあ、そろそろ私帰りますね」
瞳子さんはエプロンを脱いで畳んだ。
「瞳子ちゃん、良かったら今夜一緒に晩御飯食べに行かない?」
「「えっ?」」
俺も、瞳子さんも同時に声を出して驚いた。
聞いてない…。
「ほら、せっかくだし!もし瞳子ちゃんが良かったら!」
瞳子さんは少し困ったような表情をした。
「おばさん、いきなりは迷惑…」
おばさんを止めようとしたけど、
「いいんですか?」
そう言うと同時に、瞳子さんはすぐに朗らかな表情になった。
「家族水入らずのお邪魔でなければ…」
「いいわよねぇ、忍ちゃん?」
おばさんがこっちを振り向いて、瞳子さんも窺がう様に俺を見た。
「…ぜひ。」
胸が少し高鳴る。
瞳子さんと話せる。
「ありがとう。でも、本当にいいの?」
瞳子さんが一歩近付いて来て、首を傾げる。
「はい。俺も、瞳子さんと話せるの、嬉しいです」
「うん、卒業制作もあるもんね!」
無邪気に笑っている。
違う。俺は。
「良かったわぁ~!!」
おばさんが大きな声で言って、手をパンと合わせる。
「じゃあ、場所は須賀町のミニトンでいいかしら?」
「…俺、"まるさんかくしかく"に行ってみたい」
ミニトンは地元のファミレスみたいな所で、子供の時はよく行った。
せっかく瞳子さんと行けるなら、もう少し雰囲気の違う所へ行ってみたい。
「まぁ、そこ私も行った事ないの!」
おばさんはうふふと笑った。
「へぇ~、どこにあるの?」
「本宮町だったと思います。前魚グラウンドの通りにある…」
ネットで見かけた、お洒落な感じの居酒屋?だったと思う。
「じゃあ、そこ予約するわね。瞳子ちゃん、7時に集合でもいい?」
「はい、分かりました。」
瞳子さんは目をつむったように細め、笑顔で応えた。
「じゃあ、また連絡するわね!」
おばさんも嬉しそうな声でそう言って手を振り、瞳子さんは一旦家に帰った。
日が沈み始める頃に、おばさんと工房を出た。
初めての場所だから、俺が助手席でナビをしながら行く。
段々、上空の方が薄い青から群青色へと変化していく。
お店の近くまで来ると、町全体に真っ黒な帳がおりていた。
向かい側にある駐車場に近づくと、白い軽自動車が見えた。
「あらっ、瞳子ちゃんの車があるわね!早い!」
「…本当だ」
運転席に人影はないから、お店の中で待っているんだろう。
道路を渡り、"〇△☐"と書かれた、年季の入った木製看板を確認した。
暖色の灯りが日本家屋風の窓から漏れ、雰囲気が良い。
「いらっしゃいませ!」
店員さんが迎えてくれた。
「予約していた横峯です」
お店の奥へ行くと、瞳子さんがちょこんと座っているのが見えた。
「あっ、瞳子ちゃ~ん!」
おばさんが手を振る。
「お先です」
瞳子さんは遠慮がちに少しだけ手を上げ、会釈して微笑んだ。
「さぁ、何頼もうかしらね!」
「…俺、焼き鳥」
メニューを見てると、結構高いなと思った。
…ミニトンの方が良かったかな?
瞳子さんとおばさんは色々とメニューを見ながら選び、店員さんを呼んで注文を終えた。
「ここ、すごくお洒落なお店ですね。」
瞳子さんは店内を見渡す。
日本家屋を改築した様な店内の照明はやや暗い。
大小様々な大きさの真ん丸い提灯が、点々と天井から吊り下がっている。
カウンターにカップルが一組と、瞳子さんの背後奥のテーブル席に女性グループが居た。
「ほんとに、田舎にこんなお店があったなんてねぇ〜」
「忍君チョイス、さすがお洒落だね」
「いや…たまたま、ネットで見て」
こんな所に、瞳子さんと行ってみたいと思っていた。
まさか本当に行ける事になるなんて…。
でも、高くて申し訳ない。
「あらっ、早速きたわよ!飲み物!」
俺だけアルコール入りのビール。
みんなでグラスを合わせて飲んだ。
「忍君、20歳になったばかりだもんね?」
「はい。」
「ビールはよく飲むの?」
「いえ。一杯だけしか飲めません」
「一回バイト先で飲んだけど、ダメだったって言ってたわよね?」
「…うん。居酒屋のバイトしてるけど、3杯飲んだら二日酔いがやばかった」
それからは余り飲まないようにしている。
「そうなんだ…バイトは楽しい?」
「まぁ、まぁかな…?先輩が皆優しいので」
ミスっても怒られないし。
フォローもしてくれる。
「そっか、良かったね」
焼き鳥やら創作料理のようなものが色々と運ばれてきた。
どれも美味しそうだ。
皿も高級感のある見た目をしている。
「高そう…。」
「おばさんに任せなさい!!」
「そうそう、私と多恵子さんに任せて」
「いや、バイト代で稼いでいるので…」
「気にせずに、食べたいもの頼んでね。」
「そうよ~!若いんだから、いっぱい食べなきゃ!!」
「…はい。ありがとうございます」
それから、運ばれてくる料理を食べながら近況報告した。
「忍君は、自炊してるの?」
「いや、全然…。味噌汁は作ってるかな?」
「忍ちゃん、納豆好きだもんね」
「うん」
「へぇ~。たんぱく質摂っててえらい!味噌汁も、腸に良いんだよ!えらい!」
「はぁ…。まぁバイト先でまかないがあるんで、栄養は補給できてます」
バイトを始めてからは、体重も少し増えたと思う。
「少しふっくらしてきたもんね~。それでも細いけどね~」
おばさんが羨ましそうにこちらを見てため息をつく。
「やっぱり、店のまかないが美味しいので」
「良かったね」
瞳子さんは自分の事のように、嬉しそうに言った。
「…はい」
「最近、工房に瞳子ちゃん目当ての生徒様が増えててね~」
「はは…ありがたい事です」
「おっちゃんが多いわよね」
「気をつけてください」
「ん?」
「瞳子先生、不快な事があったらすぐにご自身の身を守ってください」
「やだぁ~忍ちゃんったら、瞳子先生のナイト!?」
おばさんが笑いながら俺の肩をバンバン叩く。
「いたっ…痛い、おばさん痛いって」
「あはは、ありがとう忍君。大丈夫だよ。生徒様たちにそんな人居ないから」
「なら良いんですが…」
陶芸する時、どうしても距離が近くて手が触れるから心配になる。
…俺がそんな心配して、どうにかなる理由じゃないけど。
瞳子さんの良さを、可愛さを、大勢の人に知られてしまうとどうなるんだろう?
そう考えると、胸から喉のあたりが熱くなる。
早く、卒業したい。
早く大人になりたい。
働いて、経済的に自立して…
そこでやっと俺は。
「今日はありがとうね、瞳子ちゃん」
「こちらこそ、お誘いいただいてありがとうございました。多恵子さん、ご馳走様でした。」
「ありがとうございました。ご馳走になりました」
結局、おばさんに奢ってもらった。
瞳子さんはおばさんにお金を出したけど、頑なに受け取らなかった。
「忍君、ありがとう。元気でね」
そうして、俺は次の日には若草市内へ戻った。




