第46話 お墓参りに
母のお墓は、阿見山町にある大きな湖が見える、小さなお寺にある。
車に揺られて10分程すると、右手に湖が見えた。
湖面は僅かに波立ち、海とはまた違う雰囲気で佇んでいる。
雨が降る程ではなさそうだけど、少し曇ってきた。
灰色の雲間から、光の柱が湖面に降り注ぐ。
お昼前の段々と強まってくる日差しで、湖面が輝き出した。
お寺の駐車場に駐車し、俺とおばさんは墓所へ向かった。
「水汲んでくる」
「はい。お願いね」
寺務所の横にある水桶を借りて、水道の水を汲む。
お墓の前に来ると、おばさんは手提げかばんから線香を取り出していた。
その間に、お花を入れる筒を洗いに行って、水を入れてきた。
おばさんはしゃがんで、チャッカマンで線香に火をつけようとしていた。
風が吹いてて中々つかないみたいだ。
「う~ん、もっと火力の強いの買わないとね」
おばさんの前にしゃがんで、風よけに両手で火を守る。
「おっ、いい感じだわ忍ちゃん!ほら、ついた!」
お線香立てに順番にさして、お花とお供え物を墓前に供える。
母が好きだったダイコクビールと、Mermaidのモンブランケーキを。
順番に母の前で手を合わせた。
俺は何とか自炊しながら生活できてるのと、専門学校では楽しくやってると伝えた。
そして、お供え物食べてねって伝え、母の冥福を祈った。
しばらく墓石を布で拭いたり、雑草を取ったりして黙々と墓掃除をした。
動いていると汗が出てきて、着ていた上着を脱いだ。
母はもう居ない。
あれから、2年も経ったのか。
やっぱりまだまだ、俺の中であの男への憎しみは消えない。
でも、あの男の事を考える時間は2年前よりも減ったと思う。
「ふぅ」
おばさんが首にかけたタオルで額の汗を拭いている。
「忍ちゃん、大丈夫?喉渇いてない?」
「うん、大丈夫。」
「そう。飲み物、車の中にあるからね」
「ありがとう。おばさんは?」
「んふふ、ちょっと渇いちゃった。飲んでくるね」
そう言っておばさんは車の方へと歩いて行った。
おばさんの後ろ姿。
少し見ない間に、小さくなったように見える。
寂しい気持ちがどっと心臓に押し寄せて来た。
俺もだけど、おばさんも段々と歳を取っていっている。
どうか、健康で、長生きして。
墓所の入り口を曲がって背中が見えなくなるまで、そう願った。
そうじゃないと、俺は本当に独りぼっちになってしまう。
そう言えば、おばさんはどう思っているんだろう?
自分の妹がこんな目に遭って。
自分の事ばかりで。
今までおばさんの本当の気持ちというのを考えた事がなかった。
やっぱり、憎んでいるんだろうか?
俺と一緒で…。
いや、もしかしたら俺以上に。
こんな事になっていなかったら、昔から俺の面倒を見なくても済んだ。
その時間を、もっとおばさんの仕事や子供に注げれた筈だ。
聞きたいけど、聞けないな。
聞くのが怖い。でも、知りたい。
そんな風に思っていたら、おばさんが戻って来た。
「はい、お茶。忍ちゃんの分。」
「ありがとう」
受け取って、すぐに蓋を開けてお茶を飲み込んだ。
「忍ちゃん」
「ん?」
ペットボトルの蓋を閉めながらおばさんの顔を見る。
「忍ちゃんの顔を見るのが私の生き甲斐なの。だから、これからもっと甘えてちょうだいね」
太陽みたいな、昔から変わらないおばさんの笑顔。
「…ありがとう。」
胸からジワリ、ジワリと暖かいものが這い上がって来る。
それが急速に喉の辺りまで迫って来て、危うく目から沁み出す所だった。
もう雑草もそんなになかったけど、しゃがんで草取りを再開した。
「忍ちゃん、そろそろいいんじゃない?」
「うん」
立ち上がり、お供え物を引いた。
墓前に手を合わし、駐車場へ向かった。
墓所から駐車場まで、少し下り坂になっている。
その間に、白い蝶々がヒラヒラと飛んで付いて来た。
歩きながら目で追っていると、
「あら可愛い蝶々ね。」
と後ろからおばさんが言った。
立ち止まるとしばらく蝶々もふわふわ飛んでいたが、
どこかへ飛んで行った。
「うふふ、お墓参りで出会う生き物ってね。亡くなった家族が姿を変えて、会いに来てるんだって。」
「え!?」
嘘。
「お母さん、蝶々になって忍ちゃんに会いに来たのね」
おばさんの方を見ようと思ったけど、振り返れなかった。
おばさん、涙声になっていたから。




