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第45話 瞳子さん、バタバタする


忍君のお母さんが亡くなってから2週間経った後、父親が熱を出した。

父は足が悪く、1人で病院まで行けないので仕事を休み、付き添って行った。


父は流行り病に感染している事が分かり、私も3日後に感染した。


しぶといウイルスで、ちょっと身体が楽になったかな?と思い布団から出るとまたぶり返した。

買い物にも行けない状態で、栄養もきちんと摂れないような状況だった。


仕事がないと、食べていけない。

私が働かないと、誰かが稼いできてくれるわけではない。

こんな病気にかかっている場合じゃないのに…


スマホを見ようと思っても、それもしんどくてひたすら布団に潜って目を閉じる。

ほとんど1日中横になって寝ているので、寝れるか分からないけど何にもできないし寝るしかない。


多恵子さんや生徒様に、仕事を休む連絡をするのが本当に心苦しい。

もう生徒様に来てもらえないんじゃないか?

いつまでこうしていないといけないんだろう?


もう嫌だ。私が何をしたって言うんだ。


そんな中、母が、生徒様が、多恵子さんが食料や飲み物を持ってきてくれた。

しんどくて、寝ている事しかできないもどかしさの中で、皆の優しさが骨身に染みた。


父親は熱が中々下がらず、とても心配したが、

2週間後には順調に回復して行った。


私もようやく仕事に復帰できる…!

それからは、遅れた分の仕事や家の用事をこなすために、スケジュールを詰め気味に必死で日々を過ごした。


ところが、また体調がガタガタと崩れてきた。

やっぱり、30歳を超えると体力が20代の頃とは違うんだと思い知らされた。

無理しないように調整しようとしても、溜まった仕事や用事は待ってくれない。


それでも、しっかり自分のやりたい事は時間を見つけてやった。

温泉に行ったり、ドライブして行ったことのない場所へ行ったり…


そうして、あっという間に2ヶ月が経った。






「あの高校生、最近見かけませんけど…?」


まだまだ暖房器具が仕舞えない気温の3月の中旬。

工房で壺を作っていた忍君は電動ろくろを止め、唐突に私に聞いた。


「うん?」


渉君のことかしら?

私は、焼きあがった生徒様の作品をテーブルに並べる手を止めた。


「あの崎峯高校生、辞めたんですか?」


同世代はふつう意識してしまうものだけど、忍君は渉君をあまり意識していないように見えた。

意外と、崎峯高校生だと覚えているくらいには、認識していたんだな…。


「…まぁ、いつの間にか、自然と。」


「…そうですか」


忍君は再び電動ろくろを動かし始めた。


その瞬間、あの日の事がフラッシュバックした。


ここで、渉君に無理矢理…



「大丈夫ですか?」


忍君の声で、はっと気が付いた。


「うん…大丈夫だよ」


忍君はいぶかし気に私の顔を凝視している。

すぐに目をそらして、作業に戻ろうとした。


「何か、あの高校生とあったんですか?」




「…何もないよ?」


声が僅かに上ずる。

あの事件の後に体調を崩して、渉君からの連絡も返せないままだった。


憐憫は、渉君と自分に対して。

静かな熱をもって、まだ未消化のまま心の奥に沈んでいる。


これまでの私自身の、小ざかしい癖に不器用にいろんなものを引っ掛けようとする、見えないフックに引っ掛かっている。


木板を棚から取ろうと、振り返った。

忍君がまだこっちを凝視していて、目が合った。


「おばさんが、あの高校生は瞳子さんの事好きだって言ってた」


多恵子さん…!?忍君に言わなくても…!!


「さぁ…?冗談では言ってたけどね~!」


「先生、あの高校生と付き合ってない…ですよね?」


はい?


「いやいや、そんなわけないでしょう!」


びっくりした。


「本当ですか?」


首を傾げて、膝の上で指を合わせ、せわしなく動かしている。


「本当!」


なんでこんな質問が忍君から…?

まぁ言いふらしたりする子じゃないから、ただの興味本位だろうけど。


「…そうですか」


そうですかって何だよ!?

忍君は何事もなかったかのように、また電動ろくろを動かし始めた。


その後、何となく気まずい空気が流れた。




忍君は、時々分からない。


それからしばらくして、彼は若草市内へと引っ越して行った。



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