第43話 瞳子さん、引っ越しの手伝いをする
「瞳子さんは、ずっと杉山町に居るんですか?」
黙々と2人で引っ越しと家の整理をしていたら、忍君は唐突に聞いてきた。
忍君がK市内に住む間、この家は2年間無人になる。
多恵子さんがたまに換気に来るとの事だったけど、ある程度家の整理をしないといけないと思い、忍君は引っ越し作業と家の整理を始めた。
大変そうだから、人手がいるか聞いたら「ぜひ」との事で、たまに手伝いに入っている。
「う~ん、今はなるべく居たいと思うけど、先の事は分からないね」
「…まぁ、そうですよね」
忍君は興味津々顔から、ふっと真顔になって作業を続けた。
「父が居るから…。あと、工房のお仕事があるから」
私の根っこ。大事なものが、存る限り。
「…もし、都会に彼氏ができたら、出て行っちゃうんですか?」
都会に?
「どうだろう?」
彼氏ができるという発想がなかった。
「瞳子さんの大事なものが、ほかの町にできたら…」
「どうかな?」
分からない。
「でもさ、都会に彼氏を作るのってどうやるの?」
「え…」
忍君は膝をついた格好のまま、両膝小僧を両手で包み込み、腕を突っ張り棒みたいしている。
「マッチングアプリ…とか?」
首を傾げて、考え込んでいる。
「しないよ」
「都会に遊びに行った時に、できるとか…」
「都会に行かないし、行くとしたら母の家だからなぁ」
全然イメージできない。
「…どうだろうね」
「…」
真剣な顔で、じっと目を見てくる。
視線に耐えきれず、目を逸らした。
「まぁ、想像できないね…」
「そうですか」
また、お互いに引っ越し作業を再開し始めた。
「忍君こそ、専門学校で彼女が…」
そこまで言いかけて、やめた。
忍君こそ、お母さんの居ない阿見山町に帰って来るんだろうか?
彼女ができたら、市内から帰ってこなくなるかも知れない。
「彼女がきっと、できるよ。」
「…できません」
忍君の人生だから、帰ってきて欲しいなんて言えない。
多恵子さんも、きっと寂しがるだろうけど。
「俺は…帰ってきて」
お、食器を包む新聞紙がなくなりそう。
玄関に取りに行こうと立ち上がった。
「瞳子さんと、陶芸教室がしたいです」
後ろを振り返ると、忍君は食器を包む手元を見ていた。
顔を上げて、目が合った。
「…もちろん、瞳子さんが、嫌でなければですが…」
「それって、帰ってから多恵子さんの教室を手伝ってくれるって事!?」
固まる忍君。なんか、まずい事言った?
「いや、手伝うというより…」
「今の教室を、瞳子さんと2人でやっていけたらなぁって思うんです」
多恵子さんが聞いたら、どれだけ嬉しいだろう。
現実的には、今の生徒様の人数だと私1人のお給料と工房の維持費でギリギリだから、無理だろう。
けど、言えないなぁ…。
「もちろん、嫌じゃないよ」
本当にそうなった時には、私は忍君に工房を譲って、他のお仕事を探そうか。
色々と頭の中で思考しながら、新聞紙を持って帰ってきた。
忍君は右手で自分の頭をかきむしっていた。
フワフワの髪の毛がほわほわ動き、ワンコみたいだと思った。
「ん」
新聞紙をテーブルの上に置いた。
「ありがとうございます」
忍君の顔を見ると、頬が真っ赤になっていた。
「え、大丈夫!?」
「…何がですか?」
「頬赤いよ!熱い?」
すぐに、コタツの温度を下げた。
「いや、大丈夫です。」
「風邪?しんどい?」
顔を覗き込むと、忍君は斜め下に目を逸らした。
「…大丈夫です。」
忍君は新聞紙を取り、食器を包む作業を再開した。
連日の引っ越し・家の整理作業が身体にこたえたのだろうか?
雪も降る頃で、寒いのもあるだろう。
「…俺は、帰ってくるんで」
作業する手を止めずに、独り言のように呟いた。
「待っててもらわないと」
独り言なのかと思って、黙って作業を続けていた。
忍君の方から、作業をする音が聞こえないから目をやった。
暖かい毛布みたいな、忍君のほっこりした表情。
もしかして、独り言じゃなかった?
「うん…?多恵子さんも、私も、いつでも待ってるからね」
忍君はワンコみたいに、顔をクシャっとさせて笑った。




