第40話 闇の中の光
母が不治の病に罹っていると判明してから、俺は母の言葉をブログに綴って行く事にした。
病院へお見舞いに行く度、瘦せていく母の姿を見ては帰ってから泣いていた。
小学生の頃から、教室で同級生が家族の話をしてそれを聞く度に、自分が惨めで本当に哀れだと思った。
そんな思いをする度に、父親への恨みが募って行っている。
「母さんがこうなったのは、絶対に、絶対に父親のせいだ。
あいつが父親じゃなかったら良かったんだ。」
つい、病室の母親にいつも思っている事を言ってしまった。
「…あのね、あの人が父親じゃなかったら忍は産まれてないんだよ?」
「いい。俺が生まれなくても。あいつと出会ってなかったら、母さんは病気にならなかった」
「…そんなの、分からないでしょう?」
「…いや、絶対にあいつの借金と、ストレスが原因だよ」
平気で嘘をついて、女と遊ぶためのお金を借金して、母に肩代わりさせていた男だ。
母は離婚前から、仕事を3つ掛け持ちして必死で働いていた。
「分からないよ」
急な真剣なトーンに、はっと顔を上げると母は真顔になっていた。
「事故にあって、もっと早く死んでたかも知れない」
「…そんな事は」
「そう、分からないんだよ」
納得いかない。そう思って母を見ていたら、ふっと笑った。
「私は、何もかも完璧に生きてきたんだから。そんな風に言わないでよ」
「…かんぺき?」
「そうよ。かんぺき」
何が完璧なんだろう。あんな男と結婚して、俺を産んで。
親子行事で、街中で、お父さんから大事にされている他のお母さんを見て…。
俺や母がどんなに惨めな思いをしてきたのか。
必死で働いて、自分の楽しみなんてなくて…
たまに家に来るクズ男は、泣き落としで金の催促をしに来るだけ。
やっと俺から手が離れると思ったら、最後はすい臓がん。
「あんたが、今日まで健康に、真っ直ぐ育ってくれた」
「…」
全然真っ直ぐじゃない。
「それだけで、私はもう良いんだよ」
「良くないよ」
「良いの!お母さんにしたら、上出来!!」
母は満面の笑みで言う。
「…あんたにお母さんの人生を"不幸だ"って決めつけられるのが、一番こたえるよ。」
「…でも」
「何?」
「…お、俺は、もっと恩返ししたかった。親孝行したかった」
震え声で、必死に涙をこらえた。
「…うん、ありがとう。」
膝の上で握っている拳が、腕が、ブルブル震える。
「ごめんね」
母の顏は見れなかった。
そのまま病室を後にした。
おばさんが待合室で待ってくれていた。
「帰ろうか」
「うん」
外はすっかり暗くなっていた。
夜空に星が瞬いて、あとちょっとで満月になりそうな月も明るく輝いていた。
「じゃあね、忍ちゃん」
「おばさん、ありがとう」
おばさんは俺を家の前におろして、真っ直ぐ工房の自宅へ帰った。
頼りない外灯が続く、夜の田舎道。
暗闇の中、海に月の光が反射して明るい。
闇の中の光。
ふと、瞳子先生の顔が浮かんだ。
あぁ、あの笑顔が。
月光みたいに、俺の闇を照らしている。




