第4話 曽根崎くんの回想。
"さっきは曽根崎くんのせいでえらい目にあったわ!"
さっきのスーパーから自転車で5分もかからない場所に家がある俺は、
横山よりも先に帰宅していた。
部屋に入って、横山からのRainに気付いたが、既読無視した。
"既読無視すんなや!ええもん、今から部活終わった葉子ちゃんとデートしてくるもん!"
"うざ"
それだけ返信してベッドにダイブした。
「いいなぁ、横山は…」
呟いて、うつ伏せのまま顔を枕に埋めた。
さっき見た彼女の姿を、初めて彼女を見た場面を、
何度も何度も回想する。
きっかけは、俺の妹だった。
2か月前。
その日母は夜勤で、夕方8時半頃に家を出ていなかった。
妹は部活をしているのだが、いつもの帰宅時間より3時間ほど遅かった。
風呂から上がったら妹に連絡してみよう、そう思っていた。
風呂から上がり、洗面所で身体を拭いていたら玄関の扉が開く音がした。
"おっ、やっと帰って来たか"と思い服を着て洗面所から出ようとした。
が、俺はすぐに洗面所に引っ込んだ。
「ありがとうございました」
これは妹の声だ。
「いいえ。」
知らない女の人の声。
洗面所を出た瞬間、玄関前で妹ともう1人、知らない女の人の姿を見た。
その人の声だ。
こっそりもう一度覗いてみた。
紺色のタートルネックを着て、暗い茶色のチェック柄のスカートを履いた女性。
妹よりも少しだけ背が高い。
「あの、よかったら…」
妹が手をリビングに促している。
「いえ、私はここで…じゃあね」
束ねられた胸あたりの長さの綺麗な黒髪。
色白でほのかに赤みの掛かった頬。
大きな瞳。
彼女は、上品で幼い笑みを妹に向けている。
細くて長い指先を顔の横までスと上げ、軽く左右に振り、
「ばいばい」と言った。
「ありがとうございました!」
妹はそう言って礼をした。
玄関の扉が音を立てて閉まり、我に返った。
振り返った妹がこちらに気付いた。
「お兄ちゃん、ただいま!」
「お、おう。」
顔だけ出していたから、妹は不審な目を兄に向けた。
慌てて身体も洗面所から出した。
「やだー、怪しい。変態みたい!」
「違うって。知らない人居たから」
妹がリビングに入る後から、続いて入る。
冷蔵庫を開けながら、さっきの人の姿が頭から離れない。
麦茶を出して、食器棚から出していたコップに注ぐ。
「さっきの女の人に送ってもらったんだ。」
「先生か何かか?」
麦茶をゴクゴク飲む。
「いや、知らない人」
麦茶が変な所に入った。
「うわっ、大丈夫?お兄ちゃん?」
しばらくせき込んだ後、ようやく喋れた。
「お前、知らない人の車に乗ったのか?」
わが妹ながら本当に心配になる。
さちは昔からよく素っ頓狂な事をしでかす。
「部活終わった後にリエコと話してたら遅くなっちゃって、2人で道歩いてたら
さっきの女の人が声かけて来たの」
「お前、知らない人について行ったら駄目だろ」
つい声がでかくなる。
「だって、悪い人じゃなさそうじゃん?車で1回通り過ぎた後、わざわざ引き返して声かけてくれて」
いや、めちゃくちゃ怪しいじゃん。
「それで、"怪しいと思うだろうけど、心配だから良かったら家まで送って行こうか?"って。」
妹は悪びれる様子もなく話を続ける。
「私もリエコも迷ったんだけど、女の人、華奢だったし。何かあっても2人で力合わせたらやっつけられそうだったし!」
グーパンチの仕草をする。そんなパンチでやっつけられるか。
「お前なぁ…車だと知らない所に連れて行けるんだぞ。そこに仲間のゴツイ男とか居たらどうすんだよ」
妹が唇を突き出して不満げな顔をする。
「でも、本当に良い人だったんだもん」
そう言って2階へあがって行った。
愚かな妹に憤りを感じながらコップを洗い、水切りラックに置く。
「もし悪い奴だったらどうしてたんだよ…」
その瞬間、さっきの女の人の帰り際の笑顔が頭の中で広がった。
華やかで、水が水面を弾いていくような感覚。
身体がしびれ、心臓がドクドク、うるさくなった。
ベッドに入って目をつむっても、瞼の裏にずっと、妹を送ってくれた
女の人の笑顔が浮かんでくる。
落ち着きなく寝返りを繰り返した後、俺はオナ禁を解禁した。