第38話 いつわる
「センパイって、K市内出身なんですね~」
「…何で知ってんだよ」
瑞季には知られたくなかった。
「連休は、カノジョと帰るんですか?」
「…さぁね」
結局、あれから瑞季とは何度も俺の部屋で会っていた。
恭子がバイトで会えない日は、俺から瑞季に連絡した。
瑞季に背を向けるように寝返りをうった。
後ろから腕をまわして抱きついて来て、裸の胸を押し付けてきた。
正直、恭子と別れて瑞季と付き合う気は1ミリもない。
ただの遊びだ。
それは、瑞希も最初から了解していたはずだ。
でも最近は、わざと恭子と会っている日にRainをしてきたりする。
昨日は電話をかけて来た。
丁度テーブルの上にスマホを置いていた時だった。
恭子に着信画面を見られヒヤヒヤしたが、バイト先の後輩だと説明したら納得していた。
大丈夫。
バレていない。
今度の連休は、恭子と俺の実家に帰る予定にしている。
恭子を、家族に紹介するために。
「渉くん、どうしたの?」
バスで地元に帰って、スーパーで恭子と買い物をしていた時だった。
「…え?いや、なんでも…」
ヨーグルトコーナーで地元のヨーグルトを見ていたら、
向こうからやって来た人に目が釘付けになった。
「…もしかして、渉くん?」
しまった。
俺も、もしかしたらそうかと思った。
でも、今は声をかけられたくなかった。
「誰?」
恭子がいぶかしげに眉を寄せて聞いて来る。
「俺が、陶芸教室に通ってた時の先生」
恭子の方を横目でチラリと見て言った。
「え?渉君が陶芸?」
さらに怪しんで俺を睨みつけるように見る恭子。
「久しぶり。元気にしてた?」
瞳子先生は恭子と俺を交互に見た。
先生は、あの頃から見た目はあまり変わっていない。
「あ、はい…」
「初めまして」
恭子が会話を遮るように挨拶をする。
「私、渉君とお付き合いさせてもらってる瀬和恭子です」
瞳子先生は耳に髪をかけながら、軽く会釈をした。
「初めまして、田中瞳子です。可愛い彼女さんだね」
瞳子先生はにこやかな顔で俺の方を見た。
「じゃあ、元気でね」
そう言って通り過ぎて行った。
「…渉君、あの先生の事好きだったの?」
「いや、友達が先生の事好きで、無理矢理誘われたんだよ」
とっさに嘘をつく。
本当は俺がどうしようもなく好きだったのに。
「ふぅん…」
恭子は俺の嘘を見透かすように目を細めてそっぽを向いた。
「本当だって」
「いいよ、嘘つかなくても。」
声が怒っている。
「あの人、バツイチで30歳だったんだぞ。そんな人、高校生の頃の俺が好きになるわけないだろ」
自分で発した言葉が、自分の心臓に刺さる。
「え?バツイチなの?」
目を見開いて振り返る。
その恭子の態度に、俺の心臓の辺りにある、見えない大事な何かが歪む。
「そうだよ。俺、同級生か年下が好きだし」
「ふーん、そうだったんだ」
どうやら機嫌を持ち直してくれたようだ。
ほっとする。
「それに、胸が大きい方が好きだし」
「もうっ、バカ!」
俺の腕をバシッと叩いて、腕を組んできた。
ちょっと喜んでいるのが、声色で分かった。
思わず笑ってしまった。
「本当の事言ってるだけじゃん」
何であんなに好きだったのか、今では俺自身にも分からない。
若くて肌がピチピチで、胸の大きい恭子の方が断然良い。
胸もそんなに大きくは見えなかったし。
30歳バツイチの陶芸教室の先生。
本当に、何で好きだったんだろう?
ちょっと綺麗な、ただのおばさん。
「何にニヤついてるの?気持ち悪いよ!」
恭子は俺の頬っぺたを人差し指でツンツンつついた。
「いや…恭子って本当に可愛いなと思って」
「何?いきなり!」
腕は絡ませたまま、俺の肩に恭子の頭が寄りかかって来た。
セルフレジに行くと、田中先生が黒色の保冷エコバッグに買ったものを入れていた。
その後ろ姿が、なんかめっちゃ生活感が出ていて、完全に冷めた。




