第34話 曽根崎くん、ついに
瞳子さんの身体は細くて、やわらかくて、いい匂いがした。
俺の顎が、ちょうど瞳子さんの頭のすぐ上にある。
目を下にやると、瞳子さんのつむじが見えた。
しばらく沈黙。
ストーブがシュウシュウ鳴っている音だけがしている。
思いっきり、ぎゅって抱きしめてみた。
俺の胸が、瞳子さんの背中に密着する。
自分の胸の音が、耳の中で響いている。
瞳子さんにも聞こえているだろうか。
瞳子さんの頭からは、シャンプーの、お花みたいな香りがする。
思いっきり吸い込んだ。
「…瞳子さん、俺」
後ろから抱きしめてるから、顔が見たくて
瞳子さんの身体をくるって回した。
雪みたいに白い頬を真っ赤にして、上目づかいで俺を見ている。
黒目がちな大きな目が、潤んでいる。
なんっっって可愛いんだ!!!
キスしたくて、顔を近付けた。
瞳子さんは、俺の胸に両手をそっと当てて、顔を後ろに引いた。
「…ごめん」
棚に追い詰めて、無理矢理キスした。
瞳子さんは両手に力を入れて、俺を押し返そうとする。
股間がウズウズする。
胸に顔を埋めてみる。
やわらかい。
「やめて!」
瞳子さんの初めて聞く、心からの悲鳴。
「…ごめんなさい」
我に返って、瞳子さんの両手首を押さえつけていた手を離した。
瞳子さんは震えていた。
1、2歩後ろに下がった。
「俺、瞳子さんの事ほんとに好きで。どうしたら、俺の事…」
「君は、まだ未成年。」
瞳子さんの怒りが伝わって来た。
「私は、30歳。だめだよ」
何がだめなのか分からない。
「俺、歳なんて気にしません。」
「私が気にするの!」
ピシャっと瞳子さんは言う。
「まだまだ、外の世界を知らないでしょう?」
「俺の気持ち、伝わってないですか?瞳子さん以外の女は、どうでもいいです。」
瞳子さんに近付く。
棚があって下がれない瞳子さんは、引き戸に手をかける。
いけない、瞳子さんが出て行ってしまう。
今度は2、3歩後ろに下がって瞳子さんと距離を取った。
「今は知らないかも知れないね。でもそういう気持ち、すぐに変わるんだよ」
瞳子さんの目は怒りに満ちていた。
今まで見ていた、優しい目元からは想像もつかない程の迫力がある。
瞳子さんは離婚した事があるって、知っていた。
「俺は変わりません」
抱きしめようと近付くと、瞳子さんは引き戸に手をかけた。
ガラッと、思いっきり戸が開いた。
瞳子さんの目の前に、アイツが居た。
「…瞳子さん、ちょっと手伝って頂きたい事が」
言いながら、俺を見る。
ほんとに気に食わん奴だな。
「…あ、うん」
瞳子さんは棚に置いていたコートをせわしなく取って、
こっちを振り返った。
「ごめんね。じゃあ、出る時はストーブ消してそのまま帰ってくれたら大丈夫だから」
怒り、困惑、驚き。色んな感情がまざった笑顔をこっち側に向けて、
瞳子さんは勢いよく戸を閉めた。
しばらくそのまま立って、戸の方を見ていた。
ストーブの音が聞こえてきて、はっとしてスマホを見る。
後30分程でバスが来る。
「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
顏を両手でおおって、しゃがみ込んだ。
俺、やらかした…!?
瞳子さん、嫌がって、怒ってた…
仏のような瞳子さんが、あんな顔をするなんて。
「というか、俺、無理やり…」
瞳子さんが震えている姿が浮かぶ。
「何やってんだよ~」
涙が出て来た。
鼻水も。
悲しい。苦しい。
瞳子さんに嫌われたんだ。
俺は、瞳子さんの彼氏にはなれないんだ。
何で俺は高校生なんだ。
なんで、大人になってから瞳子さんと出会えなかったんだ。
セクハラで、瞳子さんから訴えられるかもな。
「ふふっ…」
鼻声で、不気味な笑い声が出た。
シャレにならない。
急に頭が冷静になって、涙が止まった。
母ちゃん、妹、横山の顏が浮かんだ。
「俺、どうやって生きていったらいいんだろう」
呟いて、消えてしまいたくなった。




