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第33話 瞳子さん、忍君から直接聞く事になる

「ミネヤンブログは、母の言葉を綴っています。」


作業が一段落ついて、もうお昼の時間になっていた。

いつも皆でお茶をするリビングに来て、2人でお昼休憩をしていた。

多恵子さんは買い物に行っている。


「何で分かったんですか?」


はす向かいの椅子に座っている忍君は、猫背のままこちらを伺うように見てきた。


「何となく?」


お弁当の赤ウインナーを食べながら答えた。

うんうん、やっぱり赤ウインナーは美味しい。


「何となく…ですか」


忍君は椅子にもたれて、フーッと息をついた。


「だって、あんな事高校生が綴ってたら、人生何回目なの?って思うし…」


後ろの大きな窓から日差しが射し込んできて、背中があったかい。

多恵子さんが気を遣ってくれて、休憩の30分前にクーラーを入れてくれていた。

部屋は冷えていて快適だけど、ちょっとだけ寒い。

そんな中背中があったかいと、何だか気持ちいい。


「そうか…。」


忍君はまた猫背になって、顎に手を当てて考え始めた。


「…瞳子先生、知ってると思うんですけど」


「…何?」


「僕の母、以前から病気で。今入院しているんです。」


白ご飯を箸でつかもうとしていた手が止まる。

忍君の方を見ると、忍君もじっとこっちを見ていた。

目が合うと、忍君は目線を下に遣ってうつむいた。


「それで、ブログを始めたきっかけも、母の言葉を残しておきたくて」


忍君は両手を合わせて、各指をもにゃもにゃ動かしている。


「僕、父親の事が大っ嫌いで」


指の動きが止まって、力が入っているのが分かった。

絞り出すような声で、忍君は言う。


「いや、父親とも思ってないんです。母が病気になったのも、苦労しているのも、全部アイツのせいだって思ってるんです」


顔を上げた忍君の目は、ギラギラと潤んでいた。


「そんな僕を、母はどうにかしたいって思ってるんです」


「…前のブログの内容?」


「…」


許す事について。どんなお父さんなんだろう。


「お母さんは、忍君に自分の人生をしっかり歩いていって欲しいんだろうね」


軽薄かな。

分かったような事言って。


「…」


忍君はうつむいたまま、何も言わない。

私も、何も言わないでお弁当を食べた。


うっとうしいよね。

ごめんね。つらいのに。

私の言葉なんて、上っ面だけの、分かった風なだけで…


「瞳子先生は、憎んでいる人っていますか?」


ぽつりと、呟くように言った。


「いるよ」


お弁当箱を包んでから、忍君の方を見た。

ちょっとびっくりした顔。


「前の夫とかね」


両手をやれやれって風にして、おどけた顔をしてみた。

忍君はぽかんとしている。


「離婚がなかったら、私は今ここに居ないし、陶芸教室で働くっていう夢も叶う事はなかった。それに、多恵子さんや生徒様や、忍君とも出会えなかった。」


忍君が少し微笑んだ。


「だから、元夫には感謝してるけど。…でもね?」


「…」


「今でも、思い出してムカついてしまう事はあるよ。何であんな事されないといけなかったんだー!ってね」


忍君は拍子抜けしたような目をしている。


「だって人間だから。」


「人間ですか…」


「感情があるから。心があるから。一人一人、似ていると思っても違うし。

憎むなっていうけど、その人じゃないとその人の苦しみって分からないし。」


忍君の目からは、もうギラギラが消えている。


「だから、忍君はなんにも悪くないんだよ」


「…僕は」


忍君の目が真っ直ぐ、私の目を射抜く。


「僕は、アイツを憎んで、生きて行ってもいいんでしょうか」


すがるような、でも凛とした、弱さを感じさせない目。


「いいんじゃない?」


半笑いで答える私は、どこか投げやり。

だって


「…そうですか」


私の言葉に意味なんてない、って思うから。

忍君に、どんな言葉を投げかけても、きっと勝手に。

忍君は、自動的により良い選択をしていける。


「瞳子先生って、なんか不思議な人ですね」


「はぁ?そう?」


変人と言われた事はあるけど。

忍君は変人のおばさんに優しい微笑を向けた。





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