第32話 曽根崎くん、情緒不安定になる
ケーキ屋さんを出る頃には、15時前になっていた。
雪は降っていなくて、太陽の光で雪の表面がキラキラと輝いていた。
「じゃあ、帰ろうか」
瞳子さんがニコニコ顔を向けてくる。
「あ…」
もう帰るの?
「そうね。雪が心配だし、早目に帰りましょう!」
早くない?
小学生でも、もう少し遅くまで遊ぶんじゃないか!?
そう思って車に乗るのが遅れ、おばさんに瞳子さんの隣を取られてしまった。
仕方なく、後部座席に乗った。
「ケーキ美味しかったわね~!」
「やっぱり、あそこのケーキは美味しいですね」
おばさんと瞳子さんが話しているが、何か後部座席からは話づらい…。
「そういえば、忍ちゃんが瞳子ちゃんに引っ越しのお手伝いしてもらうって…」
「あぁ、そうなんです!」
え?
「私も、ちょくちょく行っては荷物の整理してるんだけど…大変でねぇ~」
「瞳子さん…」
「ん?」
「そいつ…その、忍っていう人の家に行くの?」
「え?」
「忍ちゃんの事、そいつって言った!?」
おばさんが振り返って不敵な笑みを向けてきた。
頭の中では瞳子さんがあいつの家で2人きりなのを想像する。
瞳子さんとあいつは引っ越し準備の最中に、
お茶碗を包む手が触れあって…
「だめ!いやっ!!だめだって!!」
瞳子さんとおばさんの肩が跳ね上がった。
「びっくりした~!」
「んもぅ、急に大っきい声出さないで~」
おばさんは俺の方を向いて右手をパタパタと煽いできた。
「かわいいわね~」
またもや不敵な笑みを俺に向けて、前を向いた。
何か急に恥ずかしくなってきたぞ。
「い、いやあの…瞳子さん、相手は男子高校生で、おおお男ですから…」
「あはは、大丈夫だよ~」
バックミラーを見ると、情けない顔をした赤ら顔の男がぽつんと映っていた。
「先生は、30歳だからね。忍君は歳の離れた弟、みたいな感じかな」
なんだ…瞳子さんからしたら恋愛対象外じゃん。
そう思うと何だか楽しくなってきた。
っぷ。ドンマイ、忍ちゃん!
…ん?待てよ。
「瞳子ちゃん、いつも忍ちゃんの事可愛がってくれてるもんね…ありがとうね~。」
俺も高校生じゃん…。
しかもあいつより1つ下じゃん!?
「いいえ。こちらこそ、横峯家にはお世話になってますから」
つまり、俺は瞳子さんの恋愛対象外…。
いや、さっきの会話からも何となく感じていたけれど。
ほんとは、その前からも…
でも、目の前で言われるとこんなにも心がえぐられたような気持ちになるのか。
瞳子さんとおばさんは何か話していたけど、俺の頭はぼんやりしていた。
「はい、着いたよ渉君」
瞳子さんが運転席からこちらを覗き込んでいる。
いつの間にか、陶芸教室の駐車場へ帰ってきていた。
「どうしたの?」
心配そうに、眉根を寄せて俺の目を見つめてくる。
なんでそんなに可愛いの?
雪で反射した黄色い光が、瞳子さんの髪をキラキラ縁取っている。
「すいません。大丈夫です」
慌てて、車のドアを開けて外に出た。
「じゃあ、私はこのまま忍ちゃんの家に行ってケーキ渡してくるわね」
さっきのケーキ屋さんで買ったチーズケーキの箱を、おばさんは右手で持っている。
左手をあげて、「じゃあまたね。渉ちゃん」と俺にウィンクをした。
なんでそんなに陽キャなの?
今日初めて会ったのに"ちゃん"呼び。
おばさんは鼻歌を歌いながら、あいつの家に向かって歩いて行った。
「さて、バスの時間はどうかな?」
瞳子さんに促され、スマホで撮った時刻表を確認する。
「あ…」
ポケットに両手を入れて、少し首を傾げながら「どう?」と聞く瞳子さん。
「さっき、行ってしまったみたいです」
「そっか!ごめんね、もうちょっと早くに出たらよかったね」
「いや、いいんです。」
「もし嫌じゃなかったら、家まで送ろうか?」
「あ…」
車の中で瞳子さんと2人きり。
家まで20分ぐらいのドライブになる。
今日母は18時頃まで仕事だが、妹が友達を連れて家に居るかも知れない。
もし妹に目撃されて余計な事を言われたらどうしよ。
今の俺はだいぶメンヘラってるからなぁ…
「あの、工房で待たせて頂くことってできますか?」
「え?いいけど」
不意打ちを食らったような瞳子さんの顏。
次にバスが来るのは約1時間後。
バスを待つ方が瞳子さんとより長く一緒に居られる。
瞳子さんと2人きりになれる時間ができたと思ったら
テンション上がってきた。
フラれたも同然なのに…俺って悲しいやつだなぁ。
「じゃ、工房であったかくして待ってようか」
そうにっこり笑って、彼女は玄関の鍵を開けた。
2人で工房へ入った。
瞳子さんはすぐにストーブをつけてくれて、「一応、多恵子さんに伝えて来るね」と言って
出て行き、5分ほどしてから戻って来た。
「多恵子さん、引っ越し準備の手伝いしてたわ。」
「そうですか」
瞳子さんがコートを脱いでたたみ、棚に置いた。
華奢な背中だなぁ。
ぼーっと眺めていると、振り向いた瞳子さんと目が合った。
微笑んだその色白の頬に、赤い唇。
「俺、瞳子さんの事好きです」
「…え」
気が付くと、俺は立ち上がって瞳子さんを抱き締めていた。




