第31話 瞳子さん、朝早く出勤する
夏真っ盛りの海沿いの陶芸教室は、
観光客の予約でいつもより忙しかった。
普段よりも沢山並んだ作品の本焼成のため、朝8時30分には工房に出勤した。
夏の朝。
オレンジ色の光が優しく海面を走る。
車から出ると、爽やかだけど蒸し暑い空気が浮遊していた。
玄関に入ると、工房の扉が開いている事に気付いた。
もしかして。
扉に近付くと、電動ろくろの前に座っている忍君が目に入った。
目が合った。
「久しぶり」
「…お久しぶりです。」
忍君の背後の窓は、ブラインドが半分下りていた。
窓も半分開けてあり、風が吹くと潮の香りが工房に漂う。
「おばさん、さっき本焼きに行きました。」
忍君は立ち上がってそう言うと、両手を体の後ろで組んだ。
「ありがとう。すぐ、行かなきゃ」
鞄を木製棚に置いて、釜のある庭に向かおうとした。
「あの」
振り向くと、伺うような目でこちらを見ていた。
「何?」
忍君の方に向き直す。
目を見ると、彼は左下へと視線を変えた。
「…この前」
ふわっと、忍君の髪に朝日が差し込む。
同時に、潮の香りが鼻に届いた。
「話したい事が沢山あるって…」
目が合う。
忍君の白い頬が、微かに震えていた。
思わず、目が泳いだ。
この前の坂根さんの話を思い出す。
「瞳子さん、僕と何話したいって、思ってました?」
「あ…」
一歩、忍君が近付く。
「忍君、あの時、中々工房に顔出さなかったから…」
首を傾げて、子供みたいな表情でこちらを見てくる。
「テストの事、とか…ミネヤンブログの事とか」
忍君の表情は変わらない。
言葉がそこから出てこない。
焦っているのか、私。
「…」
「あら、瞳子ちゃんおはよう」
振り返ると、多恵子さんがひょっこり顔を出していた。
「朝早くに、ありがとうね」
顔の前で手を合わせて、申し訳なさそうな顔をした。
「いいえ」
「本当、助かるわ~」
「おばさん、僕も手伝う」
忍君が横に並ぶ。
「あら、ありがとう」
多恵子さんは口元に手を当てると、ふふっと笑った。
隣の彼を見上げると、忍君もこちらを見下ろしていた。
「瞳子さん、休んでもらってもいいです…あ」
右手で頭をポリポリ掻くと、目線を上げて何か考えている風な顔をした。
「…やっぱ、居てもらわないと…」
下を向き、もごもごと口の中で何か言っている。
逆に、何か聞きたい事があるのだろうか?
「もちろん、働くよ!」
そのために、工房に来ている。
忍君ははっとしてこちらを見たけど、またすぐに下を向いた。
多恵子さんはオホホと笑い、「さぁ、行きましょうか」と言って玄関を出た。
私と忍君も、多恵子さんについて工房を後にした。




