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第26話 曽根崎くん、念願の朝

スマホの目覚ましが鳴ってる。

スズメの鳴き声が外から聞こえて、いつもと同じ朝。

朝…。


「…ハッツ!!!」


朝が弱い俺だが、この日は元気一杯に目を覚ました。

1階に下りると、母が出勤前に妹と自分のお弁当を作っていた。

油で何かが焼かれているにおいが立ち込めている。


「あれ、アンタ今日どうしたの。まだ8時半よ?」


今日は土曜日。

バイトへ行くにしてもまだ早い時間だ。


「え?いや…言ってなかったっけ?」


モジモジしていたら、母が不敵な笑みを浮かべて言った。


「は、は~ん?朝からお出かけねぇ」


「…横山と、遊んでくる」


「ふぅ~ん?随分と早くにどこ行くのかしら?」


「…横山の家だよ」


正確には、横山の家に行った後、

瞳子先生と阿見山町のケーキ屋さんに行くんだけどね!!

ヤッホホイ♪







昨日はレッスンが始まる前から、瞳子さんとケーキ屋さんに行く日を決めようと考えていた。

でも、「やっぱり今日は言うのをやめよう」「迷惑だし」「むつみ君居るし」等と言わない理由ばかりが頭の中を回っていた。


「はい、じゃあ今日は終了!また来週ね」


「はぁ~い」


「ありがとうございました!」


いつものように帰り支度をゆっくりしながら、「明日は空いていますか?」の一言が出せず

1人どぎまぎしていると、むつみ君が瞳子さんにこう聞いていた。


「先生、明日は休みなの?」


「そうだね~、明日はお休みもらってるよ」


明日、瞳子さんは仕事が休み。

俺も、明日はバイト休み。


「田中先生、明日前に言ってた阿見山町のケーキ屋さんに行きませんか?」


自然と、自分でも驚くほどの反応速度で言葉が出た。

むつみ君がハッとこちらを見たが、気にしないようにした。


「あ!いいねぇ~」


瞳子さんが目を細めて、こっちを見た。

無邪気な顔。めちゃくちゃ可愛い。


それから、俺と瞳子さんは13:00に陶芸教室へ集合する約束をした。







水で寝グセを直して、ドライヤーで乾かす。

それから、ワックスを使ってみた。

ネットで調べて、評判が良かったものを昨日ドラッグストアで買って来た。

MyTubeで見たようにセットしてみたけど、中々動画みたいにうまくいかない。

ああでもない、こうでもない…って毛先を外側にはねさせたり、内巻きにしてみたりした。


「お兄ちゃん、そろそろどいてくれる?」


鏡越しに、すっぴんの妹が腕を組んでこちらを睨んでいた。

眉毛がないから、とても怖かった。


「ごめん」


潔く妹に鏡の前を譲った。


「ふんっ、何その髪型」


ムカッときたけど、今日のお兄ちゃんは機嫌が良いから許してやる。


「虫の足がいっぱい頭から出てるみたい」


「言いすぎだろ、お兄ちゃんに向かって!!」


大きい声出ちゃった。

妹は鏡越しにお兄ちゃんを嘲笑しながらおでこを丸出しにするバンドをつけて一言。


「きも」


「あんたら、朝からうるさいのよ~」


母が俺と妹の間を通って、トイレに入って行った。

俺はドスドスと階段を上がって、昨日から準備していた服に着替えた。

妹の部屋に移動し、姿見の前に立ってみた。

セーターを頭から被る時に、ワックスで頑張って作ったセットが崩れた。

しまった、先に服を着替えるべきだったか。


でも、これはこれで…うん、中々良いのではないか?









「何やねんその髪型」


横山は玄関先で迎えるなり、すぐにダメ出しをして来た。

笑ってくるかと思ったけど、以外にもその表情には微笑さえない。


「何がって…何だよ」


「何がって、ほんまにカッコええと思ってんの?その髪型」


「…MyTubeのヒサシがやってたのを真似ただけなんだけど?」


そんなに変?てか何でいつもおちゃらけてるのに今日はこんな真剣なの?

本気で怒られてるじゃん、俺…。


「まぁええわ。ほら、早く入って!"横山家に変な人出入りしてる!"って言われるから!」


「…ハイ」


いつもなら言い返してやるんだけど、大人しくしておこう。

そう、今日の日を成功させるために…!


前から思っていたが、横山の部屋は意外と綺麗だ。

フローリングの6帖間には、いつも洗濯洗剤の自然で爽やかな香りが漂っている。

スタイリッシュな木製の勉強机の上には、これまたスタイリッシュなスタンドが置いてある。

勉強机には引き出しがついてなくて、その代わり本棚が横に立っていた。

そこに教科書や漫画が入れてある。


テレビはなく、部屋の真ん中にはベージュ色のカーペットが敷かれてて、

その上に四角い黒いテーブルが置かれている。

テーブルの上には、シルバーのパソコンが置かれていた。


「よくあるやつやなぁ」


横山が俺を木製の姿見の前に立たせ、両手で俺の肩を持った。


「何がだよ」


「急に色気づいて、初めてワックスを使って変な髪型になる中学生」


横山が鏡越しに大笑いをかましている。

やっぱり殴ってもいいですか?


「…ワックスは使った事あるよ」


それに俺は高校生だ。


「分かってるねん!もお、可愛いなぁ~曾根崎君は!!」


いきなり後ろから頭をグシャグシャにかき混ぜられた。


「それ、大型犬にするコミュニケーションの取り方だろ!ゴールデンレトリバーとか!」


「犬飼った事ないから分からへん」


とぼけた顔しやがって。


「何か、ワクワクしてきたわ~」


「何でお前がワクワクしてんだよ」


横山はぐちゃぐちゃになった俺の毛を整えながら

目の下をプクプクにさせてニヤけている。


「これのどこがヒサシの真似やねん。俺がやり直したるわな?」








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