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第23話 瞳子さんと横峯くんのティータイム〜その2〜

飲みかけのコーヒーが、

忍君が椅子を引く振動で揺れる。

中庭を背にして、忍君は座った。


「元気してた?」


冷蔵庫からケーキの箱を取り出した。

忍君を見ると、こちらを見ながら


「あぁ、まぁ…ハイ」


と曖昧に答えた。


元々お肌は色白だけど、

何だか今日はいつもより青白く見える。

中庭から差し込む柔らかい日差しが、忍君の髪の毛の上でゆらゆらしている。


食器棚からクリーム色の粉引皿を見繕い、取り出した。

次に、食器棚の小さな引き出しから銀のフォークを出し、ケーキの箱からレアチーズケーキを取り出して乗せた。

いちごのショートケーキだけを残し、ケーキの入った箱を冷蔵庫の上から2段目の棚にしまった。


「忍ちゃん、テストお疲れさま〜」


多恵子さんは紅茶のカップを忍君に差出した。


「ありがとう」


忍君はフーッとひと息紅茶の表面を波立たせると、そっとソーサーの上にカップを置いた。

猫舌なのか。


「はい」


チーズケーキの乗ったお皿とフォークを差し出すと、忍君は上目遣いで会釈をした。


「ごめんね、アイスティーもコーヒーも次から買っておくわね」


多恵子さんはそう言うと、そそくさと忍君の前に座って飲みかけの紅茶をズズっと飲んだ。


私も、忍君の隣に座って

飲みかけのコーヒーをゆっくり飲んだ。


今年の夏は特別涼しくて、

もう7月中旬なのに夜になるとひんやりする。

アイスティーも、アイスコーヒーも買わなくていいかも、と思ってしまう気持ちが分かる。


「いいよ、別に…あったかい紅茶美味しいし」


忍君はフォークを手に取り、チーズケーキの先端をカットした。


「ここのチーズケーキ、好きなんだね」


「はい、好きです」


横目でこちらをチラリと見て、忍君はチーズケーキを頬張った。


「忍ちゃん、テストの点は自信ありかしら?」


忍君はチーズケーキをゆっくり咀嚼しながら多恵子さんを見た。

チーズケーキを飲み込むと、紅茶をすすってカップをソーサーにゆっくり置いた。


「…今回は、あんまりかも」


自嘲気味に口角を上げそう呟くと、もう一度カップを口元に寄せ、紅茶をすすった。


「忍君、得意な教科ってなに?」


「えっと…国語。数学と体育は苦手です」


「忍ちゃん、昔から国語はオール5なのよねぇ〜」


「へぇー、すごい!さすが!」


ミネヤンブログ更新してるだけあるなぁ。

そう思って忍君を見ると、無表情で紅茶を飲んでいた。


「…瞳子先生は、何が得意だったんですか?」


「えーっとね、美術」


「へえぇー」


多恵子さんは身を乗り出した。


「やっぱり昔から得意だったのね!」


「いえ、何か、絵を描くのは昔から好きでして。」


「…美術オール5だったんですか?」


「まぁね」


でも、体育は1か2。良くて3。


「さすが瞳子ちゃんね!」


「いえ、私なんて…幼稚園の頃に1、2度賞を取ったくらいで。」


そう。それだけだ。

絵を描くのが得意だと思っていたけど、中学高校と進学するにつれてその自信は薄まっていった。自分より絵が上手で、賞をバンバン取る人が居たのだ。


「それに、その賞を取ったのもたまたまなんです」


「あら、何でよ」


多恵子さんは口元に右手を当てた。


「幼稚園の時、使おうと思ってた絵の具がたまたま切れちゃってたんです。そこで、適当に残っていた絵の具を使って塗ったら"この色遣いは中々できない!"って大人たちに褒められて。」


「すごいわね!」


「その後、家に持って帰ってからクレヨンで思ってた色に塗っちゃいました」


せっかく賞を取った絵なのに納得できなかった。"ほんとはこの色で塗りたかったんだ!"って、絵の具の上からクレヨンでグリグリ、グリグリ塗り直した。


「…頑固ですね」


声のする方を見ると、忍君は頬を緩めてこちらを見ていた。


「何かね、賞取ったとかよく分かんなかったよ、あの頃は」


幼稚園の頃を思い出しながら語る。


「ちっちゃい時は大人に自分の絵が褒められて、何となく嬉しかったってだけだからね」


当時の私の思考を、現在の私が分析する。

遠くから見るとよく見える。

こういう作業を、私は時々する。

当時の私が「偉そうに!あんたに何が分かる!」って怒ってきそうだけど。


「小さい頃って、そんなもんよねぇ」


多恵子さんがにこやかにうなづく。


「それが段々、賞を取らないといけないとか。人より優れたものを作らないとダメとか、誰かに褒められないとダメって思っていくのよね」


「…そうなんですよね。」


「そもそも日本の教育制度がそういう思考を作るようにできてるから、仕方ないんですよね。」


忍君が抑揚のない声で語る。


「跳び箱が跳べた、跳べない、足が速い、足が遅い…。そんな身体能力に点数つけてどうなるんですかね?」


「確かに。私もそれ思ってた。跳び箱なんて大人になってから何の役にも立ってないよ。」


「よく数式なんて覚えてなんの役に立つんだ!って言う人居ますけど、論理的思考能力を育てるためには必要だと思うんです。でも、跳び箱って…必要なくないですか?」


「あんなの跳べなくてもなんの害もないのに、無駄に劣等感植え付けてるよね」


「サスケとかアスレチック系の競技で生計を立てていく仕事の人なら必要ですけどね。何人いますか?そんな人」


「どの教科でもそうよね〜。」


多恵子さんが目をつむってうなづいている。


「前から思ってたけど、労働基準法だとか社会人の常識を授業に取り入れて欲しい。先生は大人になって、労働基準法無視の会社に入って痛い目見てから勉強したけど。」


そういう無駄な優劣をつけられていきなり社会に放り込まれるのって、かわいそうじゃない?賢い人は、きっと痛い目にあう前に自分で勉強してるんだろうけど。


「…痛い目って、何ですか?」


おっと。


「まぁ、それはまた今度にでも話します」


多恵子さんは知っている。


「瞳子先生、中々ハードな経験してらっしゃるのよ」


意味深な笑みを浮かべた叔母を、忍君は不気味なものを見るような目で見た。


「…では、また今度に」


そう言うと忍君は椅子から立ち上がった。


「ケーキと紅茶、ご馳走さまでした。」


「あら、もう行くの?」


流し台に食器を持って行き、洗おうとするのを止めた。


「忍君、洗っとくから行ってきて」


カップだけ洗った忍君は、タオルで手を拭きながらこちらに向かって会釈をした。


「ありがとうございます」


「ううん、お茶に付き合ってくれてありがとうね」


「いえ…こちらこそ」


多恵子さんと私に礼をして、忍君は日が差し込む板張りの廊下を歩いて行った。

ギュッギュと音が奥へと消えていき、工房の扉が閉まる音がした。


「瞳子ちゃん、ありがとうね」


多恵子さんの方を向くと、愛でるような視線をこちらへ向けていた。けれど、私を見ていない。何となくそんな気がした。


眉根を寄せた、心配そうな、寂しそうな微笑みを、多恵子さんはたたえていた。



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