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第21話 瞳子さんと横峯くんのティータイム〜その1〜

阿見山町には美味しいケーキ屋さんがある。

そのケーキ屋さんは"Mermaid(マーメイド)"というメルヘンな店名で、海沿いに佇んでいる。

店吹き抜けの木製階段を上って行くと、2階はイートインスペースとなっている。

畳の席とテーブル席が配置されていて、畳の席には冬になるとコタツが現れる。

窓際からはやはり日本海が広がっていて、ゆったりとした時間を過ごす事ができる。

何度か母と訪れた。私と母は、美味しいケーキとコーヒーを飲みながら日本海を眺めてぼんやりした。


このお店の1番人気はチーズカヌレだ。

個人的にはクッキーが好きだけど。


クッキーには色んな種類があり、小さな木のバスケットごとに分けられている。

お店のロゴの入ったシールをつけたOPP袋に入ったクッキーが可愛らしくちょこんと並んでいるのだ。

その様を見るだけで心が癒される。それに今まで食べたクッキーの中で1番美味しい。と私は思う。


1ヶ月に1、2回は多恵子さんがここのケーキを買って来てくれる。

そんな時は自宅のリビングへお邪魔し、多恵子さんと2人で休憩する。

お湯を電気ポットで沸かし、紅茶かコーヒーを淹れてくれる。どちらがいいか毎回聞いてくれるので、その時の気分で紅茶かコーヒーを選んでいる。

その間に私はケーキを乗せるお皿の準備をして、フォークを出す。

ケーキは4つあって、お皿に乗せるのは多恵子さん用のチーズカヌレ、私用のチョコレートケーキの2つ。

残りの2つは、忍君用とご主人用。

多恵子さんはいつも"Mermaid"に行くと必ず忍君用にレアチーズケーキを、ご主人用に苺のショートケーキを買って冷蔵庫に置いている。




梅雨に入ったくらいから、忍君が工房に顔を見せる事がなくなっていった。

多恵子さんも言っていたが、テスト期間だからかな?と思っていた。

ミネヤンブログの筆者だと知って、忍君に聞きたい事や話したい事が一杯出来たのだけど。

会えないのはとても残念だった。その間、ミネヤンブログの更新も止まっていた。




多恵子さんの工房で働き出して2カ月が経った頃だった。

阿見山町の海は「海開き」をして間もなかったため、海水浴客で賑わいを見せ始めていた。

生徒様が少なくて暇な日。そんな日は生徒様の作品の焼成作業をしたり、工房や窯の掃除をしたりする。

まだまだ多恵子さんには及ばないけど、初めの頃より生徒様が心を開いてくれているように感じていた。

棚を雑巾で拭き、生徒様の作った作品を並べ直す。作品を眺めていると、3時頃、多恵子さんが工房の引き戸から顔を覗かせた。


「瞳子ちゃん、ケーキ買ってきたわよ」


ケーキの箱を顔の横に持って来て、


「お茶にしましょう」


と言った。


「はい!」


こうなると、30分~1時間はティータイムとなる。

ご主人の愚痴や、ご近所での愚痴を聞いたり、どこどこの家の娘さんも離婚して戻ってきただとかを多恵子さんは話す。

初めは多恵子さんが神様のように見えたけど、こうやって一緒に話をしていると近所のおばちゃん感が出て変な安心感が出る。


私は私で、若草市内にいた時の事、専門学生時代の事などを話す。

前の夫の事も聞かれたら、話す。

前の夫の事になると、ついつい愚痴になってしまう。


いつも通り他愛のない話をしていると、「ピンポーン」という電子音がリビングに響いた。


「あら、来たかしら」


生徒様は今日来ないはず。誰だろう?

多恵子さんのお客様だろうか。


「忍ちゃんよ」


そう言うと、多恵子さんはウィンクをして椅子から立ち上がった。

そうか、今は夏休みだ。

忍君はテスト期間が終わり、工房へ練習しに来たんだ。

私も椅子から立ち上がり、玄関へと向かった。


「あぁ…練習したいから、いいよ」


工房の入口で、多恵子さんと忍君が話している。


「せっかく…」


多恵子さんが頬に手を当ててため息をつく。


「せっかく、忍ちゃんの好きな"レアチーズケーキ"買ってきたんだけど…」


「置いといて。後で食べるから」


その時、忍君がこちらに気付いて、はっとした顔をした。


「久しぶり!」


手を上げると、忍君は会釈をした。


「お久しぶりです。」


「テスト、お疲れ様」


「…」


斜め下の方に目を遣って、無言で首を僅かに縦に動かす。

あれ?この反応は。あんまり点数良くなかったのかな。


「一緒に食べようよ」


多恵子さんは忍君の肩を持って揺らした。


「ほらぁ、瞳子先生も食べようって」


忍君の髪の毛が、多恵子さんに揺らされる度にゆらゆらふわふわ揺れている。


「忍君。先生も多恵子さんも、話したい事が沢山あるんだ。ね?多恵子さん。」


多恵子さんは何度も小刻みに首を縦に振る。


「さぁ、美味しい紅茶もあるわよ!」


多恵子さんは忍君の左腕をガッシリと両手で掴み、リビングまで引っ張った。


私はそんな多恵子さんに無理矢理連れて行かれる忍君を見て、笑ってしまった。


忍君は迷惑そうにしていたけど、少しだけ嬉しそうにしているようにも見えた。

だって、忍君も笑ってたから。

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