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第20話 曽根崎くん、瞳子さんとお茶しばく約束をする

「瞳子さん…瞳子さん!瞳子…!」


俺のジョニーは絶好調だ。

瞳子さんとカフェに行く約束を取りつけてから、毎日瞳子さんとのイチャラブ行為を妄想しては果てる。

最後は瞳子さんの名前を、隣の部屋の妹に聞こえないよう小声で呼ぶ。



レッスン終了後、瞳子さんから阿見山町のケーキ屋さんのクッキーを頂いた。


「はい。この間は漫画貸してくれてありがとう」


そう言って笑顔で紙袋を差し出す瞳子さんはまさに天使だった。


「いや、そんな。お礼とかいいんで…」


付き合って下さい。俺の彼女になって下さい。とは言えるはずもなかったが、俺は紙袋の紐を握って頑張った。


「今度このケーキ屋さんに、一緒に行きませんか?」


瞳子さんは驚いて目を見開いたが、すぐにいつものように微笑んで言った。


「休みが合えばね。」


俺は奥歯を噛み締め、心の中でガッツポーズをした。桃色のフワフワしたよく分からんもんが頭の中で飛び回る。


「瞳子さん、約束ですからね!!」


そう言って教室を出てバス停へ向かって走った。

ダメだ。どうやっても顔がニヤニヤしてしまう。もう、いっそ笑ってしまえ!


「っったぁー!!!」


瞳子さんの下がった目尻が思い浮かぶ。

息が切れて、ハァハァと口で呼吸をする。

白い息が次々と後ろへ流れて行く。

バス停に着いた瞬間、俺は地団駄を踏んで右手を天に突き上げた。


「やった、やった」


両握り拳は上下と動き、落ち着きなく足も動いた。

やっと落ち着いてフゥーっとひと息ついた。

ふと横を見ると、50〜60代のスーツのおじさんがこちらを見ていた。

おじさんの眼鏡の奥の目がやたらと冷めていて、俺の心を一瞬で氷点下まで冷えさせた。


「おオン!」


咳払いをして、肩をストンと下ろしてバスを待った。さっきまでポカポカしていた身体は、日本海から風が吹き荒んでくる度に冷えて行った。


瞳子さんからのお心遣いを握り締めながら、何となく目の前の道路に目を遣っていた。

すると、道路を挟んだ向かい側の家の門扉から見た事のある男が出て来た。


"しのぶくん"


唇を少しだけ動かして、隣のおじさんに聞こえないよう心の中でつぶやいた。

瞳子さんと横峯が、教室から出て行く姿を思い出した。胸が、ザワザワする。


Gパンに真っ黒なロングコートを着た横峯は、青白い顔をしていた。

門扉の方を向いて錠前を閉じると、白い息を吐きながら両手をポケットに突っ込んで歩き出した。

工房に向かっている。


おいおい。今、工房に生徒は誰も居ない。

つまり、横峯と瞳子さんは2人きりになる。


今までも、横峯と瞳子さんは2人きりで工房で過ごしていたんだろうか。

そう思うと、吐き気がしてきた。


横峯の姿がブロック塀と重なり、見えなくなってすぐにバスがやって来た。

慌てて乗り込み、左側の席に座った。

窓から工房の方を見ても、もう横峯の姿は外になかった。


胸騒ぎは収まらない。

瞳子さんとアイツは、今、2人きりで。

何を話しているんだろう。

どんな表情で、瞳子さんはアイツを見るんだろう。

アイツは、どんな顔して瞳子さんを見てるんだろう。

あんな奴、早く若草市内へ引っ越して行ってしまえ。


そんな事を思っていると、光が反射して自分の顔が窓に映った。

窓に映った顔は、眉をしかめて、怒ったブルドッグみたいだった。


俺はとっさに目をそらし、右側の席の方に目を遣った。

こんな顔じゃ、瞳子さんの彼氏にはなれない。


窓に向かってキメ顔をしてみた。

うん、中々いいぞ。



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