第2話 曽根崎くんと横山くん。
目がその人の所作一つ一つから離せない。
長い黒髪は彼女の耳にかけられていて、少しうつむくと白い頬に黒髪の束が掛かる。
彼女は耳に黒髪をかけ直しながら、手の先の"おかず"を悩ましげに選んでいる。
「綺麗な人やん」
横山がにやにやしながら言う。
「やっとる事ストーカーと変わらへんで」
俺は横山を横目でにらんで牽制した。
分かってる。でも、これは運命なんだ。
「もう、まどろっこしいなあ。俺が言うてきたろか?」
彼女がおかずコーナーから離れて行くのを残像に、
横山を振り返る。
「言うって、何を!?」
「はぁ~?一つしかあらへんやん」
横山は俺の肩に手を置いて、涙袋をぷっくりさせて怪しげな笑みを浮かべた。
「曽根崎君は、あなたをストーカーするほど好きみたいですって」
「お前、ふざけんな!!」
肩に置かれた横山の手を振り払い、頭を引っ叩こうとして手を上げた。
「ちょっと!!」
俺も横山も驚いた。横山越しに、ロングの黒髪でオールバック、真っ赤なセーターを着たおばちゃんが怖い顔をしていた。
横山も振り返り、2人で「すみません…」と謝った。
おばちゃんは振り返りざまににらみを利かせ、お魚コーナーへと去って行った。
俺と横山は横に並び、縮こまった。おばちゃん、コワイ。
「もう~、曽根崎くんが調味料コーナーからストーカーするからぁ~」
横山は両手をお盆を持つウェイトレスさんのように曲げ、欧米人の"やれやれ"と首を振る仕草をした。
うぜえ。
「連いて来いとはいってないだろ!」
「だって、そこは親友として心配やから~」
俺は彼女を探したが、すでに店から出てしまったようだった。
店の外に出てみたが、姿は見当たらなかった。
せっかく久しぶりに彼女を見かけたのに。
「大体、見てるだけで何になるん?思い切って告白しぃな」
他人事だと思ってコイツは。
「知らない高校生にいきなり告白されても、困るだけだろ」
自分で言いながら、心がチクッとする。
「そんなん、オッケーもらうまで一緒に"イプリ"行ったりして仲良くなっていけばええやん」
頭を手の後ろで組み、ブンブン上半身を振っている。
"イプリ"とは、この田舎町で唯一のアミューズメントパークだ。
ゲーセン、カラオケ、プリクラ、ボーリング場が併設されている。
「葉子ちゃんもそれでゲットしたのか?」
ピタッと動きを止め、こちらをニヤリと振り返る。
「せ・や・で」
横山は俺の目の前に親指を立てた右手を差し出した。
親指折ってやろうか。この野郎。
「もう、めっちゃかわいいねん、葉子ちゃん!聞いてくれるー!?」
肩に腕を掛けてきて引き寄せてくる。
近くで顔を見ると、そのイケメンっぷりに改めて気付かされた。
圧倒的ジャニ顔。
「お前は顔がいいから参考にならん」
横山を押し戻すと、ポカンとしていた。
「確かに俺はイケメンやけど…」
自分で言うか。
でも、そんな嫌味のない所がコイツの魅力だ。
「お前もまぁまぁやで」
涙袋プクッ。うぜえ。
「まぁまぁって何だよ」
「まぁまぁは、まぁまぁや。」
しばらく沈黙。
そして俺は叫んだ。
「この、ヤ〇チン」
「あっ!!ヤ〇チンちゃうわ!!」
「うるせぇ!イケメンは皆ヤ〇チンじゃい!!」
ざわざわ。
「まぁ、ヤ〇チン…?」
「あの子、ヤ〇チンなの…?」
「どっちがヤ〇チンなんじゃ?」
夕飯の買い出し時間。
駐車場でキャンキャンと言い合いをしていた俺たちを、
おじいちゃんやおばあちゃん、おばちゃん達が見ている。
それに気づいた俺たちは、一気に羞恥心がこみ上げてきた。
2人とも耳まで真っ赤にし、自転車に乗って家路に着いた。
群衆の中には、俺と同じ区内に住んでいる杉山のおばちゃんもいた。
もうやだ、死にたい。