第19話 瞳子さんのお父さん
スーパーに寄って家に帰った。
今日は牡蠣と小松菜をバター醤油で炒めて食べよう。
いそいそと晩ごはんの準備をしていると、コタツの前に座る父が口を開いた。
「瞳子」
牡蠣を袋からザルに出した所だったので、軽く水に流してから父の元へ近付いて返事をした。
「何ー?」
「次の休みはいつだ?」
「明日休みだけど?」
どうしたんだろう。
「悪いけど、明日一緒に2階に置いてあるベッドのマットレスを捨てに行ってくれないか?」
そういえばいつか捨てるって言って置いてあるマットレスがあったなぁ。
「分かった。クリーンセンターに持って行くの?」
「そうだ。お父さん、足が悪くて一人では持てなくてな。すまんな」
「いや、いいよ。何時くらいに行けばいいの?」
「午前中には持って行かないと」
午後からは受付けてないのかな?
まぁ、早目の時間がいいか。
「とりあえず10時には出発できるようにするわ」
そう伝え、晩ごはんの準備の続きに取りかかった。
翌日。
マットレスを父の軽トラに乗せ、私の運転で20分ほど走った。
クリーンセンターにマットレスを預け、自宅に帰ろうとした時。
「ちょっと、寄って欲しい所があるんだけど」
「どこ?」
「海、久々に見たいんだ」
また20分ほど走り、海を見下ろせる場所に着いた。
日本海は大荒れで、ねずみ色の空からは今にも雨が降り出しそうだ。
風は大きな音を立て、ビュウビュウと海側から次々に吹き荒さんで来る。
車から降りて、父と海を眺める。
「久しぶりだなあ」
父はニコニコと波打つ日本海に目を遣る。
こんな風に父が笑っているのを見るのは、いつぶりだろう。
父は私が小学生の時、交通事故に遭った。
父は、右足を切断しなければならなかった。
右足を切断してからは義足をつけて生活していたが、1年前から足が痛いらしく、車の運転も1年ほど控えている。
最近は特に痛みが酷くなったみたいだ。
病院に行っても原因はよく分からないらしく、とりあえずの痛み止めを飲んでいる。
わけも分からず飲まないといけない薬のおかげで、禁酒を続けて1年になる。
ノンアルコールの日本酒を買えば、「リキュールみたいで甘い」と言っていた。
それ以降、ノンアルコールの日本酒のおつかいを頼まれることはなかった。
「まだ瞳子が小さい時、お母さんたちとここに来たんだ」
「…そうなんだ」
全く覚えていない。
「写真、見たことないか?」
言われてみれば、あったような…。
カニのビキニを着せられた、2、3歳頃の私。
兄たちが浜辺で砂だらけになってて、母はパラソルの下で微笑んでいる。
父も、浅瀬に立って笑っている。
写真の中では、家族みんな幸せそうだった。
父も、見た事ないような笑顔をしていた。
父のこんな笑顔、写真の中でしか見た事がないことに気付いた。
「…そろそろ帰ろうか」
父が言う。
「うん」
父にバレないように、こっそり上着の袖で涙を拭った。
軽トラに乗って、息をつく。
「また、来たくなったらいつでも言ってね」
「おう、ありがとう」
父の顔は、いつも通りのスンとした顔に戻っていた。
「行きたい所あったら、遠慮せずに、言って」
「おう」
あと何回、父を笑顔にできるんだろうか。
分からないけど、とりあえず父に頼まれた事は断らないでおこう。
そう誓った。




