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第16話 曽根崎くん、瞳子さんの連絡先を取得する。

「じゃあ、今日はここまで」


瞳子さんは菩薩のようににっこり笑い、レッスンの終わりを告げた。


「ありがとうございました。」


そう言って座ったまま頭を下げると、いつも通りわざとゆっくりと帰りの支度を始めた。

一緒にレッスンをしていた小学5年生のむつみ君がテキパキと片付けをする。

よし、そのままサッサと帰るんだ、むつみ君。


横峯陶芸教室は17時~18時のレッスンが最後のコマだ。

俺は学校終わりに、少し遅れてこの時間帯に通っている。


むつみ君が帰ったら次の生徒が来ないから瞳子さんとゆっくり話せる。

今まではむつみ君がレッスン後瞳子さんに話しかけて、その間に待っているのも不自然なので仕方なく帰っていたが…。

できれば瞳子さんと2人きりで話したい。今日こそ瞳子さんのRainを聞くのだ!


「せんせぇー、これ誰がつくったんですか?」


むつみ君は棚に並んでいる妖怪のような素焼きの置物を指差している。


「それはねぇ、きょうこちゃんが作ったんだよ?」


瞳子さんはむつみ君の隣に来て、しゃがんだ。

きょうこちゃんとは、火曜日に同じ時間にレッスンを受けに来ている小学4年生の女の子だ。

いつも耳の横でツインテールにしている、ピンク色の服が好きな女の子。


「ええ!?きょうこちゃんが!?」


むつみ君が唸りながらその妖怪の素焼きをにらんでいる。


「上手だよね、きょうこちゃん」


ふふっと笑い、瞳子さんはむつみ君のおぼっちゃまカットの頭をなでた。

上手とは。瞳子さんは俺のヘロヘロの作品も、必ず褒めてくれる。


「全然上手じゃないし!俺の方がもっともっとカッコイイ牛を作れるもんね!」


おい、それ牛だったのか。何で分かったんだむつみ君。君すごいな。

エプロンをゆっくりと丸めながら瞳子さんとむつみ君の後ろ姿を見ていた。


「先生、あのね~。おれお年玉で破滅の前歯の漫画買うんだ~」


破滅の前歯か。あれめっちゃ流行ってるよな。俺全巻持ってるぜ。

ていうかさっさと帰れ、むつみ君。

丸めたエプロンをこれまたゆっくりカバンに入れる。


「先生、まだ読んだ事ないんだ。また読んだら感想教えてね」


「いいぜ?」


ポケットに両手を突っ込んで急にイケボになるむつみ君。

かっこつけてないで早く帰って?お願い!


「じゃ、俺母ちゃん迎えに来てるから。」


そう言うと出口に振り返り、走って出て行った。

瞳子さんも振り返る。


椅子の上にカバンを置き、エプロンを超ロースピードで片付け終わった俺は油断していたみたいだ。

瞳子さんと目が合って一気に顔が熱くなった。


わたる君は、破滅の前歯見た事ある?」


「あぁ、漫画全巻持ってますよ?」


「そうなの!?さすがだね!」


瞳子さんがニコニコ笑う。


「あの、俺…貸しましょうか?全巻」


「え!?そんな、悪いよ」


瞳子さんが両手の平をこちらに向け、胸の前でフルフルと振る。


「全然…いいっすよ。もう読み返したりも当分はしないんで。次のレッスンの時、持ってきます」


「いや、いいよー」


いいこと思いついたぞ。


「じゃあ、漫画貸す代わりに瞳子さんのRain教えてくれませんか?」


言った!!ついに言えた!

瞳子さんの両手のフルフルが止まる。表情も固まってしまった。


どうしよう、引かれたかな?


「そんなんでいいの?」


そんなん!?瞳子さんの連絡先はそんなんじゃない!


「いえ、むしろお願いします。」


ペコリと思わずお辞儀をした。

顔を上げると、瞳子さんは何か考えている風に目を左上に向けている。

すぐにこちらを向いて、言った。


「渉君、何か好きな食べ物とかお菓子ってある?」


唐突な質問。とりあえず頭に浮かんだものを答えてみる。


「ハンバーグに、からあげに、じゃがバターに…」


「あ、甘いものはそんなに好きじゃなかったりする?」


何だろう。瞳子さんからこんな質問。もっと俺を知ってぇ!


「甘いのは、チョコやケーキ、プリンとかかな…」


「そっか。ありがとう。」


「い、いえ…」


何なんだ。何か、心がムズムズする。照れる。

そして、ついに瞳子さんにRainを教えてもらった。


「あの、じゃあ俺が読み取りますね?」


「うん。QRコード表示したらいいんだっけ?」


瞳子さんの肩が少しだけ俺の上腕に触れた。


「あ、ごめんね」


何でもないように瞳子さんが謝る。俺はこんなに心臓がバクバクしてるっていうのに。

もっと触れて欲しいな。

いつも向かい合って手を重ねながら教えてもらっているが、今はレッスン中じゃない。


瞳子さんがスマホに表示したQRコードを読み取ると、「とうこ」さんが俺のスマホに表示された。

光の速さで友達追加をした。瞳子さんのRainのアイコンは白い陶器の招き猫だった。


「っふ、たこ焼き」


俺のアイコンに突っ込みを入れる瞳子さん。

そう、ホクホクのたこ焼きのアップが俺のアイコンだ。


「ふふっ、これ、横山と初めてスーパーでたこ焼き食べた時の…」


近所のスーパーにたまにたこ焼きの屋台が出ている。

横山が転校してきて、割とすぐに行ったっけ。

最近は放課後はバイトに陶芸教室。横山はバイト、彼女とデート。

2人とも学校の休み時間以外はあまり話す場面がない。

横山との放課後を懐かしく思い出していると、瞳子さんが立ちあがった。


「バスの時間、大丈夫?」


「大丈夫っす」


今18時08分。次のバスは15分のがあるはず。

その次は44分。


「渉君の家まで、バスで20分かかるんでしょう?お母さん心配するわ」


そう言って窓のブラインドの間を指で広げ、外を見た。


「うん、雪も降ってるし」


まじか。


「じゃあ、そろそろ帰ります」


15分発のバスに間に合うよう、俺は瞳子さんに挨拶をして工房を出た。


外はもう真っ暗で、海沿いの歩道には街頭がポツポツと続いている。

歩道も車道も除雪されているが、またうっすらと積もってきている。

日本海からは次々と波が岩にぶつかって砕ける、荒れ荒れの音がする。

風も冷たく、手袋をつけていない指先は容赦なく冷えてくる。

それでも、やっと瞳子さんのRainを知れたのが嬉しくて、たまに小さくスキップをしながら、バス停へと向かった。



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