第13話 瞳子さん、忍くんの家を訪問する。
忍君の家へは、多恵子さんの家から歩いて3分もかからなかった。
多恵子さんの家から道路を横断し、歩いてすぐ『横峯』という表札の家を見つけた。
人が1人通れるくらいの鉄の門扉が少し開いていた。
地面には真四角の石畳が2つづつ横に並べられ、奥へ続いている。
その細い道を歩いて行くと、奥に進む程薄暗さが増していった。
ただでさえ、日本海側に位置するこの田舎町はどんよりとして日光不足を感じるのに。
そして玄関の前に到着した。
玄関前の軒下には、盆栽を置くような木製の棚があり、先程忍君が作っていた湯飲み茶わんが木板の上に置かれていた。
その木製の棚の近くに、バケツが逆さまに伏せて置かれている。
ふと、日が差した。
上空を見やると、雲の隙間から太陽の光がレーザーみたいにしっかりと差していた。
インターホンを押した。
しばらく待ってみたが、シンとしている。
日差しで少し身体が暖まった。
玄関の引き戸を開け、声を掛けた。
「こんにちはー!」
またしばらく待ってみたが、返事はなかった。
「あのー!生徒様のキャンセル出たから、工房使ってもいいよー!」
目の前には木板の廊下と階段が続いている。
玄関にはスリッパと、黒色のスニーカーが揃えて置いてあった。
しんと静まり返った家の中。
忍君以外家に人が居ないのかな?そう思って階段を覗き込んでみた。
すると、階段の奥から扉を開く音がした。
「あ」
階段の上で、忍君がこちらを確認して会釈をした。
黒い無地のロングTシャツに、Gパン。工房を後にしたままの格好をしていた。
私も会釈をすると、右手を頭の後ろに回し、左手で手すりを持って階段を下りて来た。
「ごめんね、突然お邪魔してしまって。」
「いえ…」
私よりも背が高い忍君は、私の目を覗き込むようにして言った。
「あの、工房使ってもいいんですか?」
「はい、どうぞ。生徒様、体調不良でお休みだそうです。」
忍君は頭の後ろに回している手で後頭部をポリポリとかいた。
「そうなんですね…。わざわざありがとうございます。」
「いいえ。」
忍君はかがんでスニーカーを履き、玄関の左手の下駄箱の上に置いていたエプロンを取った。
先に外に出て、バケツを持って軒下の作品を眺めた。
忍君も外に出てきて、ポケットから革のキーケースを取り出して鍵を掛けた。
こちらを向き、少し迷ってから声を発した。
「あの」
「ん?」
「田中先生、若草市内の陶芸の専門学校に行っていたってお伺いしたのですが…」
「そうだよ」
忍君の視線が私の手元に向く。
彼は「持ちます」と言って私からさらりと空のバケツを奪った。
そのまま門扉を向く彼に、声を掛けた。
「上手だね」
陶芸の基本は、湯飲み茶わんだ。
湯飲み茶わんを変形させて、ご飯茶碗や花瓶を作っていく。
忍君の湯飲み茶わんは基本がしっかりと出来ていて、とても綺麗だ。
「…ありがとうございます」
こちらに向き直り、真っすぐな瞳でそう答えると、忍君は門扉へと歩き出した。
私も斜め後ろをついて歩いた。
「今日は何時から生徒様が来られるのですか?」
「えっとね、16時から。」
「分かりました。15時には、終わります」
左右を確認し、道路を横断する。
玄関前に到着し、忍君は端っこにあるウォータービューから水を出してバケツに汲んだ。
工房に到着すると、多恵子さんが電気ポットを持って立っていた。
「瞳子さん、ありがとうね。」
「いいえ」
「あ、おばさん。こんにちは」
多恵子さんは「こんにちは」と返し、忍君がバケツを床に置くと、電気ポットのお湯を加えた。
「じゃあ、私はこれで…」
棚に置いていた手提げ袋を持ち、自宅に帰ろうとした。
「そうだわ、忍ちゃん。瞳子さんに専門学校の事色々教えてもらったら?」
忍君はバケツを電動ろくろの横に移動させながら、
「いや、悪いよ…」
と言った。
「今から帰るんですよね?」
エプロンを頭から被り、こちらを見ながら腰の後ろで手早く紐を結んでいる。
「いや、いいよ?」
家に帰っても何か用事があるわけでもないし。
私の経験が少しでも役に立つなら嬉しいかも。
それに、いつもお世話になっている多恵子さんの可愛い甥っ子のためだ。
「ほら!あんまりない機会だと思うし、瞳子さんに教えてもらいなさい!」
多恵子さんは忍君の背中をバンバンと勢いよく叩いた。
「よ、よろしくお願いします…」
そう言うと、忍君は上目遣いをしながら頭をペコリと下げた。
「こちらこそ、よろしくね」
私も同じくらい頭を下げた。
そうして、毎週土日のどちらかには忍君と工房で一緒に居る事が多くなった。




