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第11話 瞳子さん、忍くんと対面する。

夢を見た。

元夫の夢。

手を繋いで歩いていた。


別れてから、何度か見る元夫の夢。

元夫も私の夢を見ているんだろうか。


まぁ、見ていたとてどうせ他の女と寝ている。

その上手な口先で、別の女性を籠絡ろうらくしているに違いない。



離婚する前に元夫のRainはブロックし、電話番号もアドレスから削除していた。

ただ、メールアドレスだけは知っていたから、お互い送ろうと思えば送れる。

もちろん私からは、離婚後に私的なメールは送っていない。

元夫からは、田舎に引っ越す前にメールが来ていたけど。



いつも通りの、静かで澄んだ朝。

障子を介して差し込む朝日。

雀の鳴き声。

支度をし、2階のベランダで洗濯物を干していた父に声を掛け、9時半頃に家を出た。



多恵子さんと仕事をして約1ヶ月。

教室に通っている全ての生徒様に挨拶を終え、私は徐々に1人で教室を任されるようになっていった。

多恵子さん目当てで通っている生徒様がほとんどだから、正直不安だった。

私が先生にとって代わったら、辞めちゃう人も居るんじゃないだろうか…。

でも、いつも読んでいるブログに書いてある事を実践するように努めた。


"常に前向きに考える。"


人間は、どうしてもマイナスな思考に引きずられる生き物なんだそうだ。

だから、ポジティブでいるためには努力が必要だそう。


何の根拠もなかったけど、とりあえず「上手くいく」「大丈夫」と頭の中で唱えていた。


もし生徒様が離れたら。

実際にそうなった時、また考えればいい。

不安に思ってしまうと、本当にそんな現実がやって来てしまうんだ。


多恵子さんの自宅に到着し、玄関に入る。


「おはようございま~す」と声を掛けた。

いつもこの時間帯に来ると閉まっている引き戸が、開いている。

「多恵子さん、居るのかな?」

だとしたら、いつもなら「おはよう」って返してくれるんだけどなぁ。

ちょっと腑に落ちないまま工房に入った。


コバルト色と紺色の絵の具をたっぷり混ぜたような、青い日本海が見える窓。

快晴とは言わないが、厚い雲がある割に日差しが強い中、

男の子が電動ろくろで粘土を成形していた。


男の子の黒いマッシュルームヘアーが窓から差し込む光で輝き、

その細くてしっかりとした柔らかそうな髪は、絵本の中の王子様のような彼の雰囲気をより一層強めた。


挨拶しようと思ったが、こちらには目もくれず真剣に粘土と向き合う男の子を見ていると何も言えなくなった。


色の白い、細いけど節のしっかりとした男らしい手で成形を続ける。

湯飲みを作っているようだ。

しっぴきで口縁をスルリと切り、切り取った粘土を電動ろくろの端っこに置いた。

口縁を整える作業を終え、右手にあるレバーを引き、電動ろくろを止めた。

電動ろくろの端に置いていたしっぴきで湯飲みを土台から切り離した。

切り離した湯飲みを、隣の電動ろくろの椅子の上に置いてあるまな板サイズの木板の上に乗せた。



スッと、私の方を向く。

はっとして、思わず会釈をした。


彼も会釈をする。

綺麗な目だ。大きな一重は一切くもりがなく汚れていない。

真っすぐに私を見ている。


「あの…。もしかして、多恵子さんの甥っ子の…?」


彼は椅子から立ち上がり、


「はい。横峯忍と言います。」


と言って軽くお辞儀をした。


「初めまして。田中瞳子と申します。」


お辞儀をして顔を上げる。

忍君は無表情のままこちらを見てから、


「すみません。もう、そんな時間でしたか。」


と顔を左下に向けながら、独り言のように言った。

多恵子さんから、陶芸教室が行われていない日や時間帯に、甥っ子が工房に入って作業している事があると聞いていた。


「大丈夫よ。何なら、生徒様に多恵子さんの甥っ子ですって紹介しても良い?」


忍君は目を僅かに細め、両目の黒目を左側に動かした。

「いえ…」と短く返事をすると、バケツに入ったぬるま湯で手を洗った。

バケツの取っ手を左手で持ち、湯飲みが乗った木の板を右手に持った。

工房を出ようと、下を向いたまま戸に向かって歩いてくる。


戸の前に突っ立っていた私は、戸に向かって真っすぐ歩く忍君と対面した。

忍君はピタッと私の目の前で止まった。

すぐに避けると、軽く会釈をして私の前を通り過ぎた。


避けながら近くで顔を見てみる。

多恵子さんと全く似ていない。

雰囲気も、顔の造形も全く違う。

いや、たれ目な所は似ているのか?

目の下の涙袋も、もしかしたら多恵子さんと似ているかも。


大きな口に、鼻筋のしっかりと通った鼻。

たれ目で涙袋があると男の人でも可愛い雰囲気が出るはずなのだが、むしろ雄々しげな雰囲気があるから不思議だ。

丸顔でなく、ベース顔を伸ばしたような男らしい顔の形をしているからだろうか。

身長も170㎝以上はありそうだ。


私の目の前を通る時、通り過ぎざまに忍君はこちらを向いた。

一瞬だったけど、目が合った。

すぐに通り過ぎて、玄関の扉を開けて出ていく音が聞こえた。


忍君と目が合ってから金縛りみたいに固まった意識と身体は、

多恵子さんの声でようやく解放された。


「おはよう、瞳子さん。」


振り向くと、多恵子さんが工房の入口の引き戸に手を掛け、顔をひょっこりと出していた。


「おはようございます」


「あのね、今日10時から予約入ってた今野さんだけど…風邪引いちゃったみたいでお休みだって。」


「そ、そうですか…」


多恵子さんが怪訝な顔をする。

私は前に向き直り、肩に掛けていた手提げ袋を左手の木製の棚の間に置いた。

後ろから多恵子さんが歩み寄ってくる足音がし、振り返る。


「どうしたの?」


「いえ。さっき、多恵子さんの甥っ子さんと会えましたよ」


多恵子さんは心配そうに寄せていた眉根を開放し、余り見た事のないプライベートな笑顔をした。

家族と話す時や、家族の話をする時に漏れ出る笑顔だ。


「あら!!忍ちゃんったら、今日も朝からやってたのね!」


「初めてお会いしました。」


「あの子ちゃんと挨拶してた?」


「はい。ちゃんと、名乗ってくれましたよ。」


「良かったわ~。忍ちゃん、作業中は何話掛けても答えてくれないから…。」


確かに、私が工房に入った時は話しかける隙がなかった。

それ程、集中しているのだろう。


「忍君の目で見られると、心の中とか全部見透かされたような気分になりますね。目を見られた瞬間に金縛りに遭っちゃいました。」


笑って話すと、多恵子さんは目をつむって2回ほどうなづいた。


「あの子、敏感なのよ。」


「敏感、ですか?」


「そう。普通人が気にしないような発言や仕草から、敏感に相手の感情を読み取っているみたい」


少し前から、HSPという言葉をよくネットニュースか何かで見かけるようになっていた。

視覚や聴覚が敏感で、非常に繊細な人。

それが頭に思い浮かんだ。


「そうなんですね…」


「今日、一度家に帰っても良いわよ?次の予約は16時からだし。」


「そうですね…。」


あ。

さっきの、忍君がそそくさと工房を出る姿が思い浮かんだ。


「良かったら、忍君呼んできましょうか?」


多恵子さんは、はっとして眼鏡の奥の目をぱっちりとさせた。


「そうねぇ。16時まで、工房使ってもいいよって、伝えてくれるかな?」


「分かりました!」


多恵子さんから忍君の家の場所を聞く。

丘まで伸びている坂道のつきあたり。

それがこの家なのだが、道路は多恵子さんの家の前でカーブして右側へと続いている。

その、坂道がカーブする手前にある黒い瓦屋根の一軒家だそうだ。


私は工房を出て、横峯忍君の家に向かった。


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