第10話 曽根崎くん、陶芸体験をする。
「え!?お前、入会しないの?」
思わずでかい声が出て、
前の席の奴が後ろを振り返る。
「だって高いんやもん」
横山は曲げた両腕を俺の机にのせ、右腕に頬をつけている。いかにも気だるげだ。
そして、机に置いてあるチラシを見やりながら人差し指でトントンと叩いた。
チラシには「入会金10,000円 レッスン料8,500円」と書いてある。
昨日、瞳子さんからもらったチラシだ。
「俺、陶芸に興味ないからなぁ〜」
俺だってない。
「なぁ、頼むって…」
「嫌・や!俺は葉子ちゃんとのデート代で精一杯やねん。」
顔をこちらに近付けてそう言うと、自分の席に戻った。
俺はフーと息を吐きだしながら椅子にもたれ、頭を掻いた。
「先生。僕、これ使ってみたいです」
横山が後ろに3つ並んでいる機械を指差す。
瞳子さんは横山が指差す先を振り返り見てからこちらに向き直り、俺越しに横山を見た。
「これは電動ろくろって言うの。初心者の方だと、手びねりでやってもらった方が楽しいと思うんだけど…。」
「え〜、僕これやりたいです!先生!」
横山が地団駄を踏む。
小学生か。
俺も横山の方に身体を向ける。
「おい、ワガママ言うな!先生が言うなら、その、手びねりってやつで…」
「分かった!難しいけど、いいかな?」
振り向くと、瞳子さんはちょっと困ったように眉根を寄せて微笑んでいた。
「いやったあー!」
横山が右手の拳を勢いよく天に突き上げる。
「じゃあ、2人ともエプロンつけてこっちに座って?」
俺は母ちゃんから借りたエプロンを取り出した。普段は物置に仕舞われているエプロン。ジーパンの生地でできているので、男の俺がつけても違和感はないはずだ。でも、ちょっと恥ずかしい…。
横山もモジモジしながらエプロンを取り出した。広げられたエプロンには、シルクっぽい薄緑色の生地に、大小のリアリティのある薔薇の花の絵があしらわれていた。
俺がエプロンの紐を結び終わってからも、横山はエプロン装着に手間取っていた。
「あ、あれ…?このエプロン、どうやって着るんやろか?」
等と頬を赤らめながらそのエプロンを体に巻きつけている。薔薇の茨に絡まっているように見えた。俺は先に窓に背を向けるように電動ろくろの前に座った。何やってんだ横山。
すると、俺の前を瞳子さんがスゥッと通った。
「もう、横山君って面白いのね。」
そう言って笑いながら、横山の体からエプロンを引き剥がした。
「す、すんません」
瞳子さんはクロスされている紐を横山の頭から被せた。
背中をポンッと叩くと、「はい、どうぞ」と言った。おい。そこ代われ横山。
横山は相変わらず恥ずかしそうに頬を赤らめたまま「すんまへん…」と言ってシュッと俺の隣に座った。
瞳子さんにエプロンをつけてもらうなんて…!横山へ精一杯嫉妬の眼差しを送った。
瞳子さんは電動ろくろを挟んだ向かい側にパイプ椅子を置き、「ちょっと待っててね」と言って部屋の隅へ向かった。
黒い粘土みたいなものをバシバシと勢いよく叩いたり、練ったりして、その塊を俺の前の電動ろくろの上に叩きつけた。
びっくりして身体を震わせると、今度はバシバシとその塊を両手で痛めつけ始めた。
ちょっと怖くなって横山の方を見ると、横山は顔を真っ赤にしたまま両手を体の前でクロスさせて膝の上に置き、トイレを我慢する女の子のようにエプロンを握りしめていた。
まだやってんのか、それ。こんな恥ずかしがる横山、初めて見るかも。
横山の目は無心で塊をぶっ叩く瞳子さんを見ているが、エプロンへの羞恥心が強過ぎて目から入ってくる光景を理解していないように見えた。
どんだけ恥ずかしがってんだ。まぁ、俺ならそのエプロンを瞳子さんの前でつけるくらいなら忘れたと申告するがな。
俺の前でその作業を終えると、瞳子さんは同じ作業を部屋の隅と横山の前で行い、それぞれ右側にあるレバーを操り電動ろくろの電源を入れた。すると、塊が回り始めた。
「じゃあ、始めますね」
そう言うと瞳子さんは、俺と横山の間に置いてあるバケツの水に両手を浸した。
「まずは、こうやって手を手首まで濡らします。」
そうして、俺の目の前で説明しながら湯飲みを作って見せた。
最初の方、何かエロい。両手で粘土をたっぷり濡らしてから、じゅぷじゅぷと両手を上下に動かして粘土を立たせてた。
「じゃあ、やってみましょうか」
そう言うとにっこり笑い、バケツの水で手を洗った。
瞳子さんがやったように、両手を濡らして粘土を包む。
親指を真ん中に入れて…
あれ?中々真っ直ぐに伸びない。
「難しいでしょ?」
瞳子さんのいたずらっぽい大きな瞳が、俺の目を捕える。
「はい、難しいです…」
小さな鼻先がツンと上がっていて可愛いな、なんて見とれていると、瞳子さんが両手を俺の手の上から重ねて来た。
「ひぁっ…!!?」
変な声が出た。
一気に顔がゆでられたように熱くなる。
「あ、ごめんね。冷たかった?」
そうじゃないんです。
声も出せずに、にっこりと笑う瞳子さんの顔を見る事しかできない。
「手は、曽根崎君の方向から見て時計の6時から9時まで。ここから…ここまでしか動かさない」
こく、こくとうなづく。
濡れた粘土でヌメヌメした瞳子さんの細い指先が、俺の手を包み込んですべり出す。
あ、あかん…刺激が強すぎる。
瞳子さんが粘土を水浸しにするエロい光景がフラッシュバックし、俺の股間はムクムクと起き上がり始めた。
これはやばい。やばすぎる。
「じゃあ、これで高さを出してみて?」
瞳子さんの手が離れる。
コクコクとうなづき、股間の膨らみが目立たないように前かがみになったまま、バケツの水で手を洗った。
その間、瞳子さんは横山に同じように教えていた。
「瞳子先生…トイレって、どこですか?」
「トイレ?家に上がって、真っすぐ廊下を歩いて左手にあるよ」
とりあえずお腹が痛いふりをして、トイレに行こう。
お腹を押さえながら、前かがみになって工房を出た。
ひと段落つき、俺は工房に戻ってきた。
横山が湯飲み茶わんを完成させていた。
「あ、曽根崎君大丈夫だった?」
「あ、ハイ」
横山は平気なのか。
横山の股間を確認する。
不自然な様子はない。
まぁ、ヤ〇チンにはどうって事ないんだろう。
「見て!横山くん、とても上手にできたよ!」
あどけない表情するなぁ。
瞳子さんが両手で持つまな板みたいな木の板の上に、土でできた湯飲み茶碗が置かれている。
「先生って、何歳なんですか?」
唐突に口をついて出た。
瞳子先生はあどけない笑顔を崩さず、
「30歳だよ」
と答えた。
「見えませんわー!」
すかさず横山が口を出した。
「まじっすか」
「マジよー。あなた達からしたらおばちゃんよ?」
俺は全力で首を横に振った。
「20歳かと思いましたわー!」
横山。目を目いっぱい見開いて、わざとらしいぞ。
「それはないわ。横山くん」
先生は手を振って笑った。
「でも、23歳くらいかと思ってました!」
瞳子さんは俺の方を向いて、また手を振って笑った。
「もう、おばちゃんをおちょくるのはやめなさい!」
そう言ってわざと怒ったような顔をした。
それから、すぐにケラケラと笑う。
表情がこんなにコロコロ変わる大人が居たのか。
それから、瞳子さんは俺に湯飲み茶碗作成をサポートしながら教えてくれた。
トイレで俺のジョニーを落ち着かせてきたから、今度は平常心で作成できた。
俺が触ると、粘土がすぐグニャグニャになるからほぼ瞳子さんがやってくれたけど…。
あと、横山が隣でニヤニヤしながら見てくるのがうざかった!
湯飲みは1ヶ月後に出来上がるらしい。
俺はその日に入会する旨を伝えた。
お金は、1週間後の初回レッスンの時に支払う事にした。
横山は親に聞いてから返事をする、と言って保留にした。
結局、俺1人で通う事になったのだが。
果たして俺1人で瞳子さんとの恋の道を始める事は出来るのだろうか…。
この日は、いつも以上に現代社会の授業が頭に入ってこなかった。




