第10話 ダークエルフ
暗黒大陸〝死の森〟中央、魔王軍本拠地〝魔王城〟。
不遜にも〝魔王〟暗殺を目論む、〝勇者〟率いる賊共を殲滅し終えた魔物達は、新たな獲物〝本命〟を狩り取る為の作戦を着々と進めていた。
『以上が魔王陛下の指令で御座います』
人間が定めた魔物の頂点〝支配者級〟の魔物が複数体、その場を支配する重圧は計り知れず、跪いたダークエルフに物理的にのしかかる。
魔王直下〝伏魔殿〟、魔王軍最高幹部の強大な魔物達を目の前に、己を律するだけの精神力を発揮出来るのは、ダークエルフの次期族長〝ヤヤ〟だからこそで、他の同胞であれば即座にその意識を手放してしまうのは想像に固く無い。
『ゲコゲコ、ご苦労だったね〜ヤヤ』
『ハッ!』
〝愚音の沼地〟の女主人〝カンナ〟に労いの言葉を投げかけられ、ヤヤはその場で平伏する。
それを皮切りに〝伏魔殿〟の面々が各々に語り始めた。
『おんや〜?これはこれは!!黄泉姫殿にサプライズプレゼントとは!!何とも羨ましい限りですねぇ!!』
『何だ陛下は戻られないのか、ふん!おいレギオン!!貴様の尻拭いに陛下の手を煩わせるとは恥を知れ!!』
『ああぁ゙ん!?グロンギてめぇ俺様に喧嘩売ってんのか!?買うぞオラァ!?』
『こらこら辞めるッスよ、ヤヤちゃんの前でみっともない』
『ガルム〜、そんなクソ雑魚共なんて放っといて、私様達だけで抜け駆けしやがりましょうぜ?これで旦那様の好感度荒稼ぎでやがります』
『姫様それだと冬司様の指令から外れるッス、逆に叱られるッスよ?』
『そうですよアフェルダ殿、今回は冬司様の御勅命、失敗は許されません』
『ガビーロール様の言う通りッス、ほら、そんなズルっこい事考えて無いで準備を進めるッスよ』
ヤヤの目の前で今にも食い合う勢いで睨み合う、この我の強い魔物達を心酔させ纏め上げてしまう、この場には居ない我が主に対する憧憬の念が深まるのをヤヤは確かに感じた。
(伏魔殿の皆様を屈伏させ支配下に置いた圧倒的実力とカリスマ、やはり今代の魔王は格が違う。我が部族が御方の傘下に下ったのは間違いでは無かった)
ヤヤは自らの種族、暗黒大陸に住まう数少ない亜人種である〝ダークエルフ〟が、魔王軍の傘下に入った経緯を思い浮かべる。
(私の、私達の決断は正しかったのだ)
◆
二ヶ月前、暗黒大陸〝杉の森〟のとある場所〝ダークエルフの集落〟。
この日、族長の屋敷にて族長、祭司長、戦士長、猟師長等の集落の各部門の長が集まり、緊急の集会が行われて居た。
『先日の戦争で〝邪神ゼシル〟が敗れ〝予言の魔王〟に下った』
祭司長が水晶に映る光景を他の長達に伝える。
この場に居る長達の表情は優れない。
『何と言う事だ、〝竜の渓谷〟のドラゴンや〝タクス丘陵〟のトロール、〝愚音の沼地〟のポイズントードに引き続き、〝開かずの祠〟の邪神までもが』
『〝予言の魔王〟の存在が確認されてから僅か一月、瞬く間に支配領域を広げている、〝フワワ〟様が居られるとは言え、我が〝杉の森〟も時間の問題では無いのか』
『人の世で弾圧され、逃げ延びたこの地もまた失うのか』
『我々以外の同胞は、大陸の〝勇者〟に狩られ尽くされた。もはや我らダークエルフはこの集落の者以外に存在しないのだ。我々は何としても生き残らなければならない』
『ならばいっそ此方から〝魔王〟の軍門に下るのはどうだろうか?』
『な!?正気か祭司長!相手は魔物だぞ!?』
『いや待て戦士長、祭司長の言も一理有る』
『族長!!』
バッと立ち上がった戦士長を族長は片手で制し、祭司長へ目線を向ける。
『今代の魔王は異世界の人間である、そうだな?祭司長』
『うむ、八番目の魔王は異世界の人間であると〝予言〟ではそう示されておる、前触れも無く現れたのがいい証拠だ、まず間違い無い』
頷きながら司祭長は族長の言葉を肯定する。
しかしながら戦士長は不服とばかりに声を上げた。
『人間とて同じ事!この暗黒大陸に居を移したのはいったい誰のせいか思い出せ!』
『人間では無い、異世界の人間だ』
猛る戦士長の言葉を族長は訂正する。
その族長の言を更に祭司長が付け足した。
『元来人間は〝光の神〟の教えに従い、亜人を迫害して来た。真の人類とは〝光の神〟の眷属たる人間のみ、亜人とは即ち〝光の神〟の加護が及ばない人間の出来損ないである、とな。終いには我々ダークエルフなど魔物扱いよ、戦士長の言はもっともだ。しかし異世界の人間は違う、彼らは亜人族、特に我々エルフ種に友好的だ。それは〝光の神〟の代行者として召喚される〝勇者〟とて例外では無い』
司祭長の説明に頷き、ダークエルフの族長は結論を述べる。
『そう、つまり今代の魔王は我らダークエルフに友好的である可能性が高い、古龍の姫を侍らせ〝邪神ゼシル〟をも屈伏させる〝魔王〟が、だ』
そう族長が断言すると、その場に居る全てのダークエルフが息を呑んだ。
『〝フワワ〟様に生贄を捧げ、この〝杉の森〟に居を構えて五百年。生贄を捧げ続け、このまま緩やかに滅びを待つのであれば、賭けに出ても良いのかも知れん』
五年に一人、〝フワワ〟に生贄を捧げる代わりに、ダークエルフはこの〝杉の森〟の中では魔物に襲われる事はない。
この暗黒大陸で亜人種が生き残るには仕方の無い事である。
しかし、エルフ種は長命であるが故その出生率が極めて低く、この五百年で〝フワワ〟に捧げた生贄は百人に及び、既に全人口の一割が数を減らしている。
現状ダークエルフ最後の部族であるこの集落は緩やかに破滅の道を歩んでいた。
『我らは生き残らなければならない。大陸で散った同胞達の為にも、ならば賭けに出るべきだ』
反論の言葉は既に無かった、強く反発していた戦士長も覚悟を決めた様に押黙る。
『しかし、この〝杉の森〟の外に出る事自体に危険を伴う。よって戦士長率いる戦士達と我が娘次期族長ヤヤを〝死の森〟に存在する魔王城に向かわせる。無事傘下に加えてくれれば良し。駄目でも情報は手に入る』
『戦士達は分かりますが、次期族長まで行かせるのは、ヤヤ様は漸く生まれた新しい世代です。万一の事があれば』
二百年ぶりの新世代に危険な事はさせたくないと、抗議する者達の言葉を、ダークエルフの族長はバッサリと切り捨てた。
『だからこそだ、我らにとって最も価値のある者を向かわせる事で、〝魔王〟への誠意とする』
鬼が出るか蛇が出るか、十八年前に産まれた我が愛娘は生きて戻る事は有るまい。
例え〝魔王〟が友好的でも、周りを固めるのはこの暗黒大陸でも屈指の魔物達だ、生まれて間もないエルフ種の幼体など一飲みで始末されるだろう。
(だが、それで〝魔王〟がダークエルフに少しでも負目を感じてくれたなら恩の字だ。許せヤヤ、我らの未来の為、お前が最後の生贄になるのだ)
自ら腹を痛めて産んだ娘を死地に追いやる心苦しいさを、ダークエルフの族長シススは強い使命感で押し込めた。
『反論は無いな?では決まりだ。ヤヤ、入っておいで』
『ハッ!失礼します母上』
各部門の長達が集まる大部屋に、まだ幼さを残すダークエルフの少女が入室した。
ダークエルフの族長の娘ヤヤである。
『話は聞いていましたね?貴女にはこれから戦士達と共に〝死の森〟に向かってもらう〝予言の魔王〟に我々ダークエルフが傘下に加わる旨を伝えてくるのです』
シススの言葉にヤヤは片膝を付き頭を垂れる。
『承知致しました、必ずや良い返事を貰って参ります』
この日ダークエルフの部族の方針が定まった。
その決断がダークエルフの運命を大きく変えることとなる。
◆
〝杉の森〟を出立し五日、ヤヤ率いるダークエルフ一行は〝死の森〟の入り口へと足を踏み入れていた。
『…………いよいよです。皆さん〝死の森〟はこの暗黒大陸で一番の危険地帯。〝魔王城〟はその中央にあると聞きました。細心の注意を払い行きましょう』
『『『『御意』』』』
〝死の森〟そこはまさに人外魔境、魑魅魍魎の住まう魔界そのものだ。
ヤヤはゴクリと喉を鳴らす、背中を伝う冷や汗の感触がやけに気になる。
身体は小刻みに震え出し、呼吸は浅く回数が増えた。
間違い無く自分は恐怖抱いているのであろう。
この〝死の森〟に対してか、これから相対するであろう〝魔王〟に対してなのか、はたまたその両方か、今ヤヤの小さな肩にはダークエルフの命運が乗せられている。
その重圧に押しつぶされそうになりながらも、ダークエルフの部族、その次期族長としての誇りを胸にヤヤは歩き出した。
(必ずや交渉を成功させて見せます。お待ちしていて下さい、母上)
『おいおい、こいつは珍しい奴等が来たもんだなぁ、ダークエルフが何のようだぁ?』
『なッ!!?』
〝死の森〟に足を踏み入れる、そのたった一歩目で窮地に立たされた。
目の前に居るのは魔物の中でも特に強力な種族、その名を知らぬ者はまず居ないと断言出来る程のビッグネーム〝竜種〟。
更に言うならば言語を使い意思疎通が出来る〝上位種〟である。
〝竜種〟の〝上位種〟と初手でエンカウントしてしまったと言う絶望的事実。
侮っていた訳では無い、しかし認識が甘かった。
此処が暗黒大陸でも一番の危険地帯である事を、この場所が何故〝死の森〟と呼ばれているのかを、この瞬間に理解させらてしまった。
『此処が魔王陛下の領地と知っての侵入かぁ?ああん?だとしたら生きては返さねぇぞ?』
黒竜の金色の目が射抜く様にヤヤ達ダークエルフに向けられる。
(ここで出方を誤れば、魔王の下にたどり着く事なく我々は全滅する!!)
ティアマト大陸とは比べ物にならない程の強力な魔物相手にも勇敢に立ち向かうダークエルフの戦士達が未動きすら出来ない程の重圧に、ヤヤは思考を止めず己が成すべき事を実行した。
『わ、我らは〝杉の森〟住まうダークエルフの部族!その代表として参った!我が名はヤヤ!ダークエルフの部族の次期族長である!!汝は魔王様に縁のある者なりや!?』
ヤヤの名乗りに黒竜は一瞬目を見開き、ニヤリと口角を上げ、返礼の名乗りを上げる。
『如何にも!我が名はレギオン!!龍魔族最強の戦士であり、魔王陛下直属の配下〝伏魔殿〟が一人!歴代の中で最も偉大なる魔王ドマ・ドージ様第一の腹心也!!』
(龍魔族!?)
名乗りに応えてくれた事に安堵するも、想像以上に大物が出て来た、それに伏魔殿?初めて聞くが魔王直属と言う事はこの龍魔族は幹部の一人と言う事なのだろう。
情報量が多過ぎる、だが止まる事は出来ない。
今だ危機は脱していないのだから。
『〝杉の森〟と言うと〝フワワ〟の野郎の縄張りだなぁ?で?そんな辺境から遥々どうしたよ?この俺様の前で尚も立ち続けるその度胸に免じて話ぐらいは聞いてやる』
(良し!話を繋げた!)
問答無用で殺される事は回避できた。
綱渡りの状況が続く事実は変わらないが、それでも希望は残った。
ヤヤは意を決して話し始める。
『無論、新生した魔王様にご挨拶を、本来ならば次期族長である私が貢物を持参し伺うのが礼儀ではありますが、此処はその名も名高き〝死の森〟なれば、我が部族の戦士衆を同行させた次第。決して害意を持ってこの地に来た訳でわありません』
龍魔族がジッと此方を見てくる。
時間にして僅か三分と経たないであろう時の流れが、これ程長く感じたのは初めてだ。
ツーっと冷や汗がヤヤの頬を伝う、バクバクと鳴る心臓が今にも破裂しそうになる。
永遠に感じられた沈黙が破られ龍魔族が口を開いた。
『何だよ!魔王陛下に挨拶しに来たのか!そうかそうか!いや〜威嚇して悪かったな〜、ここ最近やたらめったら身の程知らずが来るもんだからよ!歓迎するぜ?〝杉の森〟から遥々ご苦労だったな!魔王城に行きたいんだろ?俺様が案内してやるよ付いて来な!』
そう言った龍魔族はニカッと笑うと、そのままズンズンと〝死の森〟を歩き始めた。
『…………ハッ!お前達呆けるな!行くぞ!』
ヤヤは龍魔族の態度が豹変した事に一瞬呆気に取られたが、徐々に遠ざかる黒竜の背中をみて我に返り、慌てて後を追いかけた。
◆
レギオンの後に続き、この〝死の森〟を移動する事約四時間、様々な魔物に遭遇するもレギオンの姿を見るや否や、強力な魔物達が一目散に離れて行く、流石は伝説に謳われる龍魔族、そしてこのレギオンをも従わせる魔王に強い畏怖を覚える。
(今代の魔王は異世界人と聞いてはいるが、本当に人間なのか?いや、人間とは言え異世界の生命体だ、この世界の人間とは懸け離れた化け物かもしれない)
まだ見ぬ魔王を想いながら、無人の野を駆けるが如く〝死の森〟を突き進む。
すると最前を走るレギオンが動きを止める。
クルリと此方に振り向くとニヤリと笑い口を開いた。
『おいダークエルフ共!着いたぞ!!見るがいい此処こそが魔王陛下の御居す魔王城だ!!』
認識阻害の魔法でも掛けられていたのか、この距離に近づくまで気付く事が出来なかった。
(な、何と言う巨大な城だ!この短期間でこれ程の建造物をこの〝死の森〟に建てるとは!)
先の邪神との戦いの傷なのか所々欠損部分が有るが、それでも力強さを損なう事は無く、威風堂々と建つ魔王城に圧倒されてしまう。
(それに何だあの巨大なスケルトンは、あんな巨大なアンデッドは見たことが無い!傍らに居るのはまさかサファイアドラゴンじゃないか!?〝竜の渓谷〟の上級の竜種だぞ!このクラスですら門番なのか!?)
魔王城にそのまま覆いかぶさる巨大なアンデッドや城門に居座るドラゴンに、自らの常識が打ち砕かれる。
早速、自分達は生きて集落に帰る事が出来るのかと、再び溢れる不安な気持ちを押し殺し、この人外魔境の地に一歩踏み出した。
『あれ〜?レギオンさんどうしたの〜?パトロールしてたんじゃなかったっけ〜?』
『おうトウカ!客人を連れて来たぜ!魔王陛下に挨拶してぇんだってよ!!』
『ふ〜ん?まぁ餓者髑髏君が反応しないんだから〜害意は無いみたいだね〜?うん入って良いよ〜、ようこそ魔王城へ〜』
トウカと呼ばれたサファイアドラゴンの門番が入城の許可を出してくれる。
相変わらず此方を凝視してくる巨大スケルトンに冷や汗をかきながらも、ダークエルフ一行は無事魔王城にたどり着く事が出来た。
『お帰りなさいませレギオン様』
城に入ってすぐの所で、メイド服を着た人間種の女性が出迎えてくれた。
レギオンは軽く片手を上げ、女性に声を掛ける。
『よう琥珀!客人連れて来たぜ!そんで魔王陛下はお目覚めになられたか?まだならコイツら待合室に詰め込んでくるけど?』
『はい、つい先程お目覚めになられました。今は御朝食をお召し上がりになられております。お客様にはお待ちして貰いましょう、待合室には私がご案内しますので、レギオン様は魔王陛下にご報告を』
『おう分かっぜ!!おいダークエルフ達!後は琥珀について行きな!俺様は此処までだ!』
どうやらレギオンとは此処で別れるらしい、正直この恐ろしい魔王城で、これまで守ってくれた龍魔族と別れるのは心細くなる。
だがいつまでも甘える訳にはいかない、覚悟を決めて御礼の言葉を送った。
『はい!此処までの案内ありがとう御座いました!』
『おう!じゃあな〜!フヘヘ陛下褒めてくれるかな〜?』
頭を下げ礼を述べるダークエルフ一行に、レギオンは片手を上げ、ヒラヒラと軽く振りながら城の奥へと消えて行った。
『ではお客様、待合室にご案内致します』
『宜しくお願い致します』
メイドに案内され、長く広い廊下を進む。
これ程広ければ竜種や巨人種が使用しても不便は無いだろう。
『すまない、不躾な事を聞くが貴女はもしや同胞では無いか?』
前を歩くメイドに、初めて目にした時に思った事を聞いてみた。
この魑魅魍魎蔓延る暗黒大陸に住まう人間種は我等ダークエルフだけなのだ。
この魔王城に人間種が居ると言う事は、我等の同胞と思うのは当然の事である。
耳は帽子に隠れて見えないが、銀髪で肌は黒く瞳の色が赤い、身体的特徴がダークエルフの特徴に合致している。
もし彼女が同胞で有るのなら、色々な意味で喜ばしい事だ。
『いえ、申し訳ありません。私はダークエルフではございません。確かに貴女方の種族をモデルに創造されましたが、残念ながら人間種には至れませんでした。私の種族は〝デミ・ヒューマノイド〟魔王陛下に創造されたアンデッドです』
『アンデッド?まさかそんな筈は、どう見ても我等の同胞にしか見えません』
『フフフ、これは嬉しい事を言ってくれますね?しかし不思議な事はありません。なにせこの肉体は魔王陛下御自らがお造りになられたのですから』
そう語る琥珀は自慢気に胸を張る。
魔王に直接創造された身体こそ自らの誇りだと言わんばかりにその表情は自信に満ち溢れていた。
『凄まじい御業ですね。城門に居たあの巨大なアンデッドといい、今代の魔王様は異世界出身と聞いてましたが、死霊使いなのでしょうか?』
『城門と言うと餓者髑髏兄様ですね。兄様は異世界固有種族のアンデッドなので物珍しいですよね?それと魔王は死霊使いではありません。アンデッドに関する御業でさえ、御方の力の一部に過ぎないのです』
『な、あのアンデッドでさえ力の一端なのですか?』
『はい、それがこれから貴女方が拝謁する御方なのです』
ゴクリと生唾を飲み込む。
覚悟はしていたが、それでも押し寄せる不安は拭いきれない。
我々の対応一つで、我が種族の運命が決まるのだから。
『それではダークエルフの皆様はこの部屋でお待ち下さい』
長い廊下を進み続けること十分程、僕達は待合室に案内された。
琥珀はそのまま退室し、待合室からその足音が遠ざかる。
部屋の前に気配が無いのを確認すると、ダークエルフ達は気が抜けた様にソファーに腰を下ろした。
『行った様だね、……………………ふぅー。流石に緊張したよ。皆ごめんね?頼りなかったでしょ僕』
『そんな事はありません、ご立派でしたよ時期族長』
つい弱音を吐くヤヤに戦士長が賛辞と共に発言を否定する。
他のダークエルフの戦士達も同意だと頷き、次世代の族長に対し敬意を示した。
そんな同胞達を見つめヤヤは口を開く。
『さて、当初の予定通りこの魔王城までたどり着く事が出来た。運にも恵まれたが、この魑魅魍魎が跋扈する暗黒大陸での旅で誰一人脱落せず此処まで来れたのも、単に諸君ら優秀な戦士衆が居たからに他ならない。ありがとう』
それは紛れも無い本心、事実ヤヤは当初良くて半数しか生き残らないと考えていた。
しかしダークエルフの遠征メンバーに脱落者はでなかったのだ。
こんな未熟な小娘を最後まで時期族長として従い生き延びた、我が部族の精鋭達にヤヤは感謝を伝えた。
『だが申し訳無い、僕は我々ダークエルフが魔王陛下の傘下となり保護下に入る事が最善と考える。諸君ら戦士衆が主張した真逆の選択だが、我が部族の為今言った方針で交渉しようと思う』
遠征前に集落の部族の中で唯一魔王の傘下に入る事に反対していた戦士衆を前に、尚も告げる。
難色を示されるかと思ったが、戦士衆からは否定の言葉は上がらなかった。
『時期族長、いえヤヤ様。我々戦士衆に異論はありません。ヤヤ様の決定に従います』
『良いのか?今代の魔王様は異世界の出身とはいえ人間だ、諸君らの言い分も決して間違いでは無いのだぞ?』
『ヤヤ様。貴方様は時期族長として、此処まで我々を導いてくれました。この遠征で死傷者がでなかったのは、貴方様の指揮があってこそ。ならば貴方様の決定に不満はありませぬ、どうかヤヤ様が決断した事に自信をお持ちください』
『……………………ありがとう』
暗黒大陸遠征の中で、戦士衆はダークエルフとしては年端もいかない幼い少女が時期族長としての覚悟を決め自分達を導く姿を見て、彼らもまた覚悟を決めた。
自分達が彼女を支えようと。
ダークエルフ達の方針が定まり、いよいよ運命の歯車が動き出す。
『ダークエルフの皆様、魔王陛下の許可が下りました。どうぞ玉座の間までご案内致します』
『了解致しました。皆行きましょう』
『『『『はっ!』』』』
ヤヤは戦士衆を引き連れ琥珀の後を歩く。
ついに魔王に謁見する事が出来る。
部族の運命を背に、ヤヤの人生最大の試練が今始まる。
◆
『マジでエルフじゃん!!採用!!』
『……………………………ほえ?』
魔王城〝玉座の間〟にて、古龍を侍らせ、龍魔族が傅き、妖巨人を従わせる存在〝魔王〟。
玉座に座するだけでもその存在感は圧倒的で、放たれる圧力は物理的に平伏するヤヤ達を轢き潰す程である。
身に纏う漆黒の全身鎧は歴代の魔王が代々継承してきたとされる伝説の鎧〝ディアボロス〟、これを持つ事こそが〝魔王〟である何よりの証拠。
長い沈黙の中、兜から覗く鋭い視線に射抜かれ、身体が硬直し動け無くなってしまった。
そして、放たれた〝魔王〟の第一声が〝あれ〟である。
ヤヤはまた別の意味で身体を硬直させた。
思考が追いつかない、漂わせる雰囲気とそこから放たれた言葉のギャップに、ただ戸惑う事しか出来無い。
そんなヤヤを差し置き、〝魔王〟の言葉は続く。
『いやぁ〝エルフ〟って言っても、これまでの展開的に絶対ゲテモノ系が来ると思うじゃん?でも違ったよ!俺の期待通りだよ!で!俺のモノになりに来たって?採用採用!断る理由が無い!連れて来たレギオンでかした!偉いぞレギオン!!』
『光栄です陛下!!…………ふへへへ褒められちゃった』
『む、なんと口惜し!!今日が吾輩のパトロール当番であれば!陛下の称賛は吾輩のモノだったのに!!妬ましいぞレギオン!!』
『まぁ仮にグロンギの当番だったら皆殺しにしてたから逆に良かったじゃないッスか、今頃大目玉を食らってたかもッスよ?』
『ぐぬぬぬ、それは確かにガルムの言には一理ある。吾輩では痴れ者が陛下の領地に入り次第殺していたな』
『しかしそうッスかぁ、これが冬司様の好みの容姿なんッスねぇ、うん、参考にするッス』
『ふ〜ん、どう見てもハゲた猿にしか見えねぇでやがりますよ。旦那様はゲテモノ好きでやがりますね?やはり竜種が一番美しいと理解してやがって欲しいでやがります』
『美的感覚は種族ごとに違うッスからねぇ。姫様も諦めて冬司様に合わせた方が良いッスよ?』
『ガルムは可笑しな事を言いやがりますね?私様以上に美しい奴なんてこの世に居るわけ無いじゃねぇですか。実際旦那様は私様にメロメロでやがりますよ?』
『う〜ん、これは重症ッス。あれッスね、先ずはアタシが冬司様と、うんそれしか無いッス』
『???』
古龍を筆頭に、多種多様な魔物が、一つの群れとして成立している。
まずあり得ない事だ、それを可能にしている恐るべき〝魔王〟は何故かヤヤに熱い視線を送り続けていた。
混乱の極みである。
(落ち着け、落ち着くのよヤヤ。冷静になるの、どうらや異世界人は我々エルフ種に好意的と言うのは本当みたい。もしかしたら身内として迎え入れて貰えるかも。子種を頂き魔王様の子を産めれば我が部族は安泰、いやいや欲張るなヤヤ!まずは傘下に入れて貰う事を許して貰わなくては、あれ?でもさっきそれはお許しが出たのでは?あれ?あれ?じゃあ、後はお嫁さんにしてもらうしか)
ぐるぐると頭を巡る思考が止まらない。
降って湧いた幸運に、今にも頭がショートしそうだ。
『えっと、ヤヤちゃんって言ったっけ?』
『ひ、ひゃい!!』
『ごめんごめん、ついテンション上がっちゃて。驚かせたかな?君達はエルフ、いやダークエルフだったよね?一応聞いておくけど、ウチは魔物の組織だから人間種である君達は居心地は悪いんだと思うけど大丈夫そう?』
『え?あ、いえ、そもそも我々が魔物達の領域に住まわせて貰って居る立場なので、あの、その、えっと、はい大丈夫です』
『そっかそっか!じゃあ改めてこれから宜しくな!!そうだ、おいメフィスト』
『御用でしょうか冬司様!!?』
『おう、ちょっとダークエルフの集落に行って来るから留守番頼むわ』
『承ー知致しました!!お任せください!!』
『ガビーロールも頼む』
『御意』
あれ?なんか魔王様がとんでもない事言った様な?いや気の所為か、うん、そうだきっとそうに違いない。
『後はそうだな、ガルムは一緒に来てくれ』
『了解ッス!』
『えぇ、私様は留守番でやがりますか旦那様?』
『アフェルダさんはまだ回復しきって無いでしょ?休んでおきなよ。ゼシルとの事もあるし』
『ぶぅ、つまらないでやがります。しょうがないでやがりますね、ガルム旦那様を頼みやがりますよ?』
『お任せ下さい姫様』
『グロンギは引続き〝死の森〟の守護を頼むよ。ゼシルみたいなのが早々出てくるとは思えないけど、まぁお前なら大丈夫だろ?』
『はっ!!このグロンギにお任せ下さい!!吾輩が居ればなんの心配も有りませぬ!!』
『良し!決まりだな!んじぁ行こうかヤヤちゃん?』
『あ、はい』
気づけば、なんかとんでもない事に成ってしまった。
まさか魔王様を我が集落に御招きする事になろうとは。
少し、いや大部胃が痛いが、どうやら無事集落に帰る事が出来るようである。
(母上、僕は使命を果たす事が出来ました。我等ダークエルフの選択は間違いでは無かったのです)
この時、僕は思うよしも無かったのです。
僕達には帰る場所などもう何処にも無かったと言う事を。
◆
〝死の森〟を出立して二週間、暗黒大陸の辺境ある〝杉の森〟に到着した魔王御一行が目にしたのは、とても信じられない光景だった。
『うそ、これは一体。これではもう』
『馬鹿な!!まさかフワワ様が殺られたのか!?』
其処には何百年と〝杉の森〟を守護していた大魔獣〝フワワ〟の見るも無惨な死骸が横たわっていた。
巨大な杉の木が何十本と薙ぎ倒され、辺り一面が夥しい血で染められている。
この場で壮絶な戦闘が有ったのは間違い無い。
『フワワ殿が殺られるなんて信じられないッス。かの大魔獣の名は〝竜の渓谷〟にも轟いていた原初の魔物の一体、知性を無くし魔獣に堕ちて尚もその巨大な力は健在だった筈ッス。それをこうも完膚なきに殺されるなんて』
ガルムと呼ばれていた魔王様配下のエメラルドドラゴンの言う言葉が、この惨状が現実だと物語っていた。
『………………………………フワワ様』
そして〝杉の森〟の守護神であるフワワ様が殺されて居るのだ。
嫌でも最悪の結果を想像してしまう。
『母上、皆!!』
ヤヤは駆け出した、こと森の中での移動速度でエルフ種に敵う種族は居ない。
あらゆる人間種、魔物、魔獣よりも疾く駆ける姿は、まさに黒い流星である。
『母上!僕は使命を果たしました!皆!ダークエルフは魔王様の庇護下に入れて貰えたよ!………はぁはぁ、だから、だから!!』
走った、走って走って走り続けた。
どれだけ走ったのか、気づけばヤヤの目の前には集落の門があった。
『はぁはぁはぁ、……………………柵の門は無傷、良かった』
集落の周りを囲む柵は壊された形跡は無い。
門を見ても無理矢理押し入った様子も見当たらない。
ヤヤはホッと胸を撫で下ろした。
フワワ様を殺した存在は、ダークエルフの集落には来なかったのだ。
『…………あれ?』
扉を押すと、ギィっと門が開いた。
門は鍵が掛けられている筈だ。
ゾクリと、嫌な予感が再度押し寄せて来る。
『……………………………』
静か過ぎる、集落に入り最初にヤヤが感じたのは不気味な程の静寂だった。
『は、母上』
真っ先に族長の屋敷に戻ったヤヤは愕然とする。
現族長である母親が屋敷の何処を探しても居なかったからだ。
本来ダークエルフの族長は余程の事が無い限り、屋敷を離れる事はない。
それに母親だけでは無い、給仕の者も一人残らず消えている。
まるで出来の悪い神隠しみたいだ。
『そんな、何で、こんな事』
呆然とするヤヤの肩を何者かが軽く叩た。
『ひっ』
原因不明の異常事態に直面し、軽くフリーズしていた頭が驚きと恐怖で即座に染め上げられる。
明らかに人の手では無い、まるで巨大な指の腹を押し当てられている様だ。
まさか、フワワを殺しこの集落を無人にした相手が後ろに居るのか、次は自分なのか。
そんな考えが頭を過ぎり動けなくなってしまう。
『ヤヤちゃん大丈夫ッスか?』
しかし、掛けられた声を聞き硬直してきた身体の力が抜ける。
そっと振り向くと、其処には魔王様配下のエメラルドドラゴンの姿があった。
『心配したッスよ?急に駆け出すんッスから。それとこの集落がヤヤちゃんの部族の巣ッスよね?ざっと見た感じ誰も居ないみたいッスけど、何処か行っているんッスか?』
『いえ、恐らくですが、我が部族は何者かに丸ごと連れ去らわれたのではないでしょうか。フワワ様を鏖殺出来る程の力が有るのであれば可能でしょう』
『え、マジッスか。それヤバくないッスか?』
そう、これは非常に不味い事になった。
傘下になって早々部族の族長が不在なのど言語両断である。
ましてや魔王様が直々に出向いて来たこのタイミングでだ。
(いざとなればこの首一つで許されるかどうか)
度重なる非常事態、種族の命運が天秤に揺れるのがはっきりと分かる。
先ずは魔王様に現状を報告し、可能なら恩赦を頂かなくては。
しかし、ヤヤが心の準備を終える事無く事態は動く。
『んも〜!ヤヤちゃんもガルムも何で先に行っちゃうのさぁ?俺と黄泉だけだと迷うんだよホント勘弁してよぉ、まぁ良いけど無事着いたし。で?エルフは?ダークエルフは何処よ?夢のエルフパラダイスは?あ!分かったドッキリか!!サプライズドッキリなのか!?いや〜悪いねぇ?いきなり押しかけて来たのにこんな催ししてもらって?もしかして俺歓迎されてる?へへへ照れるぜ』
魔王到着である。
しかも、どえらい楽しみにしてた感満載である。
〝杉の森〟の守り神が死んでたとか、無人の集落とか全然気にして無い、と言うよりそんな事が眼中に無い程にダークエルフとの邂逅に胸躍らせているようだ。
異世界人はエルフ種に友好的だとは聞いていたが、まさかこれ程とは。
とても言い出す雰囲気では無い。
『あ〜、冬司様。残念ッスけど此処にダークエルフは居ないみたいッス』
ヤヤが言葉に詰まって居ると、代わりにガルムが魔王に現状を報告する。
『え?あぁ出かけてるの?しゃあないなぁ、突然来た俺達が悪いわな。で?何時戻るの?』
『いや、どうやら誘拐されたみたいッスよ?』
ガルムの返答を聞いた魔王は纏う空気が変わった。
無邪気に喜ぶ子供の様な雰囲気から一転、ただ静かに無表情で其処に佇む。
その急激な変化にヤヤは言い様の無い不安に狩り立たれる。
表情からは何を考えているかは読み取れないが、ただ分かる事が一つ。
『………………………………………………………………は?』
魔王は激怒した。
〝魔王〟の怒りに触れる、それはこの世界において最もしてはいけない禁忌の一つ。
ダークエルフの集落を襲った何者かは、その禁忌に触れたのだ。
辿るべき運命はただ一つ、破滅である。
その者に関わる全ての破滅である。
『ガルム』
『は、はいッス!!』
『すぐに城に戻ってカンナとガビーロールを連れて来い、犯人を特定する。それとレギオンとグロンギを海岸に待機させろ、城のアンデッド軍を全て刈り出せ、誰一人この大陸から逃がすな。行け』
『了解ッス!!』
魔王に命令をされたガルムが〝死の森〟に向けて即座に飛び立った。
『さて、魔王のモノに手を出してただで済むと思うなよ?』
ヤヤも関わるこの騒動が、後に世界を震撼させる大事件の切っ掛けになる事を、今はまだ誰も知らない。




