第1話 巻き込まれて異世界へ
何時か見た夢の続きが見たく書きました。
どうぞ皆様、お付き合い頂ければ幸いです。
獣の唸り声が不気味に響く薄暗い森の中、人の子程の体躯に緑色の皮膚をした醜い外見の化け物が、無数にその骸を晒す、真紅に染まった大地を前に、血に濡れた刀を握り締め、学生服に身を包んだ年若い男が1人その場に佇んで居た。
「……………………」
無言で自らの持つ刀を見つめ、ゆっくりと視線を移し今まさにその手で斬り殺した小鬼を眺め、考え深げにポツリと呟いた。
「あぁ、どうしてこうなった」
呆然と立ち尽くす男が何故このような事になったのか、時は暫し巻き戻る。
◆
「冬司〜、ご飯できたから夏美呼んで来て〜」
「あいよ〜」
母親に頼まれ妹の部屋へ向かう少年、名を土間冬司、東京都内の高校に通うごく普通の高校生、容姿普通、運動神経普通、学業成績普通、いっそここまで普通だと逆に普通では無いのでは無いだろうか?というほど普通の少年だ。
「夏美〜、ご飯できたって〜、お〜い」
父と母そして妹が1人の4人家族、父は公務員、母親は専業主婦と2人の子供を問題なく養っているので、今の不景気なご時世にしては中々裕福な家庭である。
「お〜い、ん?寝てんのか?」
そんな普通の少年冬司の妹、名を土間夏美、平凡な兄とは違い、容姿端麗、運動神経抜群、学業成績優秀と非の打ち所が無い自他ともに認める完璧超人だ。
「夏美の奴、まさかまた怪しい事してんじゃ無いだろうな」
そんな完璧な妹も一つ欠点がある、欠点って言うか何て言うか、思春期が患う一種の病気と言うか、まぁいわゆる厨二病と言うやつである。
「そ、そんな……か、…………これは…………召喚陣?……だとする……やはり……異世界は…………する?」
冬司が妹の部屋の前まで来ると、扉越しに妹の夏美が何かを呟いているのが聞こえてきた。
「ハァ、やっぱり何時ものやつか、まったく、おい夏美!ご飯出来たから早く出て来い!」
軽く扉を叩きながら少し強目に呼び掛ける、妹が自分の世界にトリップしている時は、周りの声が聞こえなくなってしまう為、少し大袈裟に声をかけないと此方に気が付かないからだ。
「え?…………お兄ちゃん!?……どうしよ…このまま……じゃ」
どうやら気付いたようだ、しかし出てくる気配がない、扉の隙間から何か光が漏れている、明らかに蛍光灯の色では無い、まさか蠟燭なんかで火を使っている訳じゃ無いだろうか、そんな不安を覚える。
「おい家の中で火を使うなって何回も言ってるだろ!火事になったらどうすんだ!?夏美!入るぞ!?」
最近はオカルト的な事にハマっている妹は、自頭が良いせいか、厨二病の成せる技か、割と本格的に大々的な事をやるので、度々付き合わされる方も大変なのだ。
「……ちょ……待っ…!お兄ちゃん!……駄目!」
妹が静止するが知ったこっちゃ無い、これまで何度も妹の奇行に振り回されてきたのだ、こう言った嫌な予感ってのは大体当たる、小火騒ぎになってからでは遅いのである、この際妹のプライベートは無視させてもらおう。
「………………………………は?」
部屋の扉を開くと、信じられない光景が目に飛び込んできた。
「あー!だから駄目だって言ったのにーー!!」
妹が文句を言っているがそれどころではない、そこには窓を開けていないのにも関わらず屋内の部屋に突風が吹き荒れ、足下にはアニメでよく見るような魔法陣が浮かび上がり、眩い光が激しく点滅している、そんな光景が広がっていたのである。
「なつ、夏美てめぇー!!今度は何やらかしやがったーー!?」
理解の追いつかない状況だが一つ確かな事がある、それは事の原因は間違いなく目の前の妹である事だ。
「えー!?何でこの状況で真っ先に私が疑われるの!?」
自分が日頃どういう行いをしているのか、妹は分かっているのだろうか?何一つ信用出来ない。
「何でもいいから何とかしやがれーー!!掃除どうすんだこれ!?」
あの魔法陣明らかに蛍光塗料が使われているし、この突風で部屋の中はめちゃくちゃだ、ただでさえ部屋はオカルトグッズでごった返しになっているのに、今度は何の遊びかはわからないが明らかにやり過ぎである。
「はぁ!?これ私がやったと思っているのお兄ちゃん!?」
妹が寝ぼけた事を言ってくる。
「それ以外に何があるってんだ!?」
とにかくこの現状をどうにかしなくては何も始まらない、そんな事を思っていると、吹き荒れる突風が渦を巻き魔法陣に吸い込まれて行った、俺達を巻き込んで。
「ちょ!?夏美!これは流石に洒落にならんぞ!?」
部屋の隅に立て掛けて合った棒状の何かにしがみつきながら講義する俺を他所に、妹は自分の世界にトリップしているのか目を輝かせながら笑い声を上げた。
「あははは!凄い!凄いよお兄ちゃん!!私には分かる!この魔法陣の先は異世界に繋がっているんだ!!この魔法陣の術式は未知の部分もあるけど、解析出来ない訳じゃない!大体は異界から怪異を召喚するのと変わらない!なるほど、異界の住人を常世に呼び出す事が出来るなら、その逆が出来ても不思議じゃ無い!!まさに盲点!それじゃあこの魔法陣はやっぱり召喚陣だ!そう例えば勇者召喚とか!?凄い凄い凄い!!」
それはもう嬉しそうに、自分が考えた妄想の設定をつらつらと語る妹の顔は、完全に〝いっちゃてる〟ヤバい奴そのものだった。
「理由の分からん事言ってないで、ってうわーーー!!!!?」
しがみついた棒状の何かを握り締めながら、俺は魔法陣に吸い込まれて行った。
「あはははは!!いざ行かん!異世界へ!!」
魔法陣に吸い込まれる直前、妹のとても嬉しそうな高笑いを聞いたのを最後に俺は意識を失った。
◆
風が頬を優しく撫でる感覚に、失った意識が段々と戻ってくる。
「うぅ…………あれ?………ここは」
ゆっくりと目を開けると眼前には無数の木々が生い茂っていた、どうやら此処は何処かの森の中であるらしい。
「……俺は確か夏美の悪ふざけに、ハッ!そうだ!夏美!夏美は何処だ!?あんにゃろう!森の中に拉致るとか、普通ここまでするか!?もう許さん!とっちめてやる!!」
どうやら俺が気を失っている間に何処かの森に拉致られたようだ、我が妹ながら理由の分からん行動力である。
「まったく、もう夜じゃないか、近所にこんな森なんて無いし、いったい何処まで連れて来たんだアイツは、お〜い!夏美〜!!早く出て来い!!」
暫く森の中を散策していると、ガサっと茂みが動くのが見えた。
「夏美か!?お前何処行ってたんだ…………は?」
茂みから出てきたのは妹などでは無く、子供程の体躯の緑色の肌をした鬼に似た化け物、ゲームや創作物等で有名なモンスター、ゴブリンだった。
『ギャギャギャ!!』
ゴブリンが太い木の枝を混紡の様に振り回し此方に襲い掛かってくる。
「おいおいおい!嘘だろ!?」
頭を狙って振り下ろされた混紡を間一髪避け、転げ回りながら距離を取った。
「はぁはぁはぁ、何なんだよコイツは」
にじり寄るゴブリンから目を離さず思考する、妹が仕掛けたドッキリか?充分あり得る、目の前のコイツは特殊メイクをした雇われエキストラで、妹は陰から覗いているとかめっちゃあり得る。
「顔の輪郭的に日本人じゃ無いよな?あー、ハ、ハロ〜ナイストゥ〜ミ〜トゥ〜?ワタシハナカマテキジャナ〜イ」
俺が身振り手振りでジェスチャーをしながらコミニケーションを図ると、ゴブリンは少し驚いた様に動きを止め、にぃっと不気味に笑みを浮かべ、ゆっくりと此方に近づいて来た。
「お、分かってくれたみたいだな、なぁあんたウチの妹、土間夏美が雇った人だろ?あー、分かってる分かってる、さっきはその迫真の演技に騙されかけたけど、もう分かったから演技なんてしなくていいぞ?あんたも大変だったな、妹はわがままだったろう?そうだ、妹が何処に居るか知らな」
『ギャギャギャ!!』
「い?ってうわぁ!?」
目の前まで歩いて来たゴブリンが、俺の話を遮り再び混紡で殴りかかってきた、咄嗟に躱したはいいが、その勢いで俺は尻餅をついてしまった。
「マジかよ、冗談キツイぜ」
体勢を崩して尻餅をついた時、夜空に浮かぶ月が見えてしまった、赤と紺色に淡く光る二つの月が。
「じゃあ此処は、本当に異世界?」
創作物系小説も普通に嗜む現代高校生である冬司は、魔法陣に吸い込まれる直前に妹が叫んでいた言葉も相まって、此処が自分達の居た世界とは異なる場所だと理解してしまった。
『ギャギャギャ!』
そして棍棒を振り回し、今まさに此方に襲い掛かかってくる存在は、本物のゴブリンだと言う事も。
「う、うわぁぁーー!!!」
ゴブリンと少しでも距離を取るために、手に握り締めていた、布に包まれた棒をがむしゃらに振り回す。
「ちくしょう!こっちに来るんじゃねぇ!!クソ!よく見たら全然人間じゃ無いじゃないか!何が特殊メイクだ!馬鹿か俺は!?」
『ギャギャギャ!ガァ!!?』
必死になって棒を力いっぱいに振り回していると、棒の先端がゴブリンの頭に直撃し、その場に倒れ伏した。
「や、やったのか?」
恐る恐る倒れているゴブリンを棒でつつく、反応が無いの確認すると、強張った身体から力が抜ける。
「はぁ~、助かった、って言うかアレだな、必死だったとは言え、生き物を殺す感覚ってのは気持ち悪いもんだな」
想像して欲しい、猿等の人を連想させる生き物の頭を鈍器で思いっきり殴った感覚を、めっちゃ気分悪い。
『ギャ』
「ッ!!?」
ゴブリンの鳴き声が微かに聞こえた、咄嗟にゴブリンが倒れている方に振り向くが変りはないようだ。
「コイツじゃ無い?」
気の所為かと最初は思ったが、ふと小説の内容が頭をよぎる、ゴブリンとは単独で行動するモンスターだったか?
「まさか」
ゴブリンとはスライムと並ぶ最弱のモンスターとして有名だ、大体は物語の序盤に登場し雑魚として葬られるやられ役、人間の子供程度の身体能力、人間の幼子程度の知能、持つ武器は木の枝で出来た棍棒程度、飛び道具は石を投げるのが関の山、物語に語られる英雄英傑には歯牙にも掛けられない紛う事なき雑魚モンスターである。
『ギャ』『ギャ』
一対一ならば戦闘経験のない成人した人間でもまず負ける事は無い、討伐したとて何の自慢にもならないそんなモンスター。
『ギャ』『ギャ』『ギャ』
しかし、それはあくまでも正面から正々堂々一対一に限る話。
『ギャ』『ギャ』『ギャ』『ギャ』
このモンスターの恐ろしさは別にある。
『ギャ』『ギャ』『ギャ』『ギャ』『ギャ』
人間の幼子程度の知能で人を殺す事を考え、人間の幼子程度の発想で罠を張り、人間の子供程度身体能力で投石をしてくる、弱い個体を狙い定め、集団で襲い掛かる思慮深さ、強者には決して近づかず、一目散に逃走する生存能力。
『ギャ』『ギャ』『ギャ』『ギャ』『ギャ』『ギャ』
ゴブリンを相手取ると言う事は、幼子の知能と子供の身体能力を携え、棍棒と石で武装した軍隊と戦うに等しい行いである。
『ギャ』『ギャ』『ギャ』『ギャ』『ギャ』『ギャ』『ギャ』『ギャギャギャギャギャ!!!!』
一般人がゴブリンの群れに襲われて生き残る事例は少ない、繁殖の為に女性を生かしておく場合もあるが、大抵は力加減のできない為に殺してしまうので、大体が死体で発見される事となる、男性の生存報告は公式記録には存在しない。
「か、囲まれた!?クソ、クソ!クソ!クソォォォ!!来るな!来るんじゃねぇぇぇぇ!!」
必死に棒を振り回しながら叫ぶ俺を、ゴブリン達はニタニタと下卑た笑みを浮かべながら見ている、まるで獲物が弱るのを今か今かと待っている様に。
「こんな、こんな訳の分からん状況で、俺は死ぬのか?嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ!!俺は死にたくない!!」
胸の奥から恐怖が沸々と溢れてくる、日本で生活している時には感じなかった死の恐怖が早々に心を蝕む、そしてただ生きたと、死にたくないと心の底から叫んだ。
『では助けてやろう』
手元から女性の声が聞こえた、正確に言えば今握り締めている布を巻いた棒から、俺の助けを求める叫びに、不敵に応える声が。
『ただし、それ相応の対価を払ってもらうがね』
今にも己の死が迫っている状況に選択肢など有りはしなかった。
「何でもいいから早く助けてくれ〜!!!」
助けを求め声を上げると、手に持つ棒が煌々と輝きだし、巻き付く布が取り払われ、一振りの刀が姿を現した。
『此処に契約は成された、小僧その命、見事救ってくれようぞ』
気づくと自然な動作で鞘から刀を抜いていた、まるで何十年もの鍛錬を積み重ねた達人を彷彿とさせるその動きに、己が事ながら困惑を隠せない。
「な、なんだ?体が勝手に?いや、でも俺はこの動きを知っている?」
その疑問に応える様に、刀から声が聞こえた。
『そう不思議がるな小僧、妾の担い手はこれまでに妾を振るっていた剣客達の技量が受け継がれるのじゃ、さぁ、存分に妾を振るが良い』
確かに、この勝手に身体が動く感覚は、誰か別の何かに操られると言うよりは、何百何千と反復した動作を、意識せずに身体が自然とこなすのに近い感じだ。
『しかし何だこの小鬼共は、このような魔性が蔓延るなど、令和の世は何時から平安まで遡ったのじゃ?日ノ本も随分と物騒になったものよ』
刀を構え、眼前のゴブリンに狙いを定める。
『だが良い、土間夏美に封印されて幾年月』
そして流れる様に刀を滑らせ、一匹のゴブリンを斬り殺す。
『久方ぶりに肉を断つこの感触、刀身を血に濡らす高揚感、人も魔性も変わらぬ、あぁ、蕩けてしまいそうじゃ』
返す刃で二匹のゴブリンの首を跳ね飛ばし、続く刃で三匹のゴブリンを斬り伏せる。
『斬って、斬って斬って斬り伏せる、なんと言う充実感か、良き世になったものじゃ、斬る者に困らないとはな、さぁ小僧次じゃ、今宵の妾は血に飢えておるぞ』
意識がクリアになり、ただゴブリンを斬る事に集中する、初めにゴブリンを殴り殺した時の嫌悪感は今は無く、心は静かに凪いでいた。
『あぁ、楽しき時間はなんと短き事か』
気づけばあれだけ無数に群れて居たゴブリンは一匹残らず死に絶えて居た、後に残るは無数の屍と血に濡れた刀を持つ一人の人間のみ。
『さぁ契約は遂行された、対価を貰うとしよう』
刀が怪しく輝き、刀身から瘴気が漏れ出る。
『小僧、貴様の身体を貰おうぞ』
名の無き狂気の鍛冶師により、戦国の世に打たれし妖刀〝黄泉姫〟、一度振るえば如何な素人でも熟練した達人となり、その刃は常世のみならず、魑魅魍魎万物全て斬り裂く最強の刀、しかしこれなるは妖刀、己が所有者の身体を乗っ取り、その身が朽ちるまで視界に映る者尽くを斬り殺す鬼とかす。
『此度の器はどれだけ踊れるか、実に楽しみじゃ』
戦国の世に生まれ、江戸の世を震撼させた呪われし妖刀が何の因果か今、世界を渡りこの異世界に解き放たれる。
「あぁ、どうしてこうなった」
赤と紺の二つの月が照らす森の中、冬司はただ一人呆然と呟いた。