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作戦開始

どうすれば、怒ってくれるんだろうと、頭を悩ませた結果がこれであります。


 薄暗くなった外に紛れ、件の家に移動し、先に来ていた男たちと落ち合う。

「……蓮ももう一人も、下に下りてる」

 葵が外から見た内部の光景を、短く報告すると、セイが無感情に頷いて、年長の男二人に言った。

「……それが、本人たちなのなら、最悪な事態ではないです」

 二階建ての住居の柱という、少々難解な事態になっている樹木だが、本来の木で考えると大体の予想はできる。

 日光を目指して上に伸びて成長するのは、正常の時と同じだが、下向きの場合は少しだけ事情が違う。

 枝と根っこの、強度の違いだ。

 今、上に伸びる根であるはずの部分は、最速で成長しているが、それに根としての役割をしなければならない枝が追いついておらず、下部の方が弱くなってしまっているため、そちらを攻撃されることを警戒しての守備だ。

 兎が頷いて、無言で立つ二人を見上げた。

「これは、玄関から入るにしても、ベランダから入るにしても、難関になっているな」

「問題ないです」

 無感情に答えたのは、セイだ。

「この手の障害を破るのは、経験済みです」

「……本当に、こんな訳の分からない土地のせん滅法が、存在していたのか」

 世も末だ。

 兎は溜息を吐きつつ、水月を見上げた。

 それを見下ろして、男が頷く。

「行くか。この猫を借りるが、本当にその男だけでいいのか?」

「はい。焼き払うだけで、他にやることはないですから」

 ベランダのガラス窓を塞ぐ根は、再生しているように見えるのだが、それを気にしていない言い方だ。

 そして、蓮の安否を気にする様子も、もう見受けられなかった。

 軽い打ち合わせが終わると、早速二手に分かれて家に入り込む。

 外から見るより、意外に狭い。

 こんなところで乱闘するのは、少々難儀だ。

「へえ。自信満々だったくせに、弱音を吐くのか。娘たちの前では、強がっていただけか?」

 呟いた水月に、キィが揶揄いの言葉を投げた。

 エンと雅は、古谷家に残してきた。

 気を散らしたくないからだが、本人たちも留守を願い出てきたため、初めから戦力になる気はなかったのだろう。

 水月は笑いながら、黄色い猫の揶揄いに答えた。

「弱音のつもりはない。オレは、刃物を使う気はないからな。むしろ相手の方が、注意するべきだろう」

 特に、蓮の方ではなく、露草の方が、気になる。

「あいつ、あんな武器を振り回せる技量、持ち合わせていない。最悪、相手ではなく味方に当たる」

 心配する謂れは欠片もないが、これ以上助けることの難易度を、上げたくない。

「いやあ。別に、助からなくてもいいがなあ。特に蓮には、ここで大人しくこの世を去ってほしい」

 キィが笑いながら見る先に、当の若者が見えた。

 玄関まで塞いでいた根を、兎が一気に破って入った時から、完全に警戒態勢になっている二人を前に、水月は軽く警棒を振り回してみながら、間合いや動ける範囲を図る。

 キィの方も、己の武器を作り上げながら、先に入って来た時より静かな周囲を伺っていたが、どちらも隙なく相手をけん制していた。

「……お前何故、叔母上の剣を持っているんだ?」

「形見分けで貰ったからだ。姿をもらう代わりに」

「ほう」

 意外だったのは、殆ど面識のないこの猫が、水月の言う叔母が誰かを把握していることに対してだ。

 しかも、その叔母の姿をもらい損ねていたと知り、少しだけ驚いた。

「どちらかというと、姿を形どったまま、子供たちを守ることを選ぶ人だと思っていたんだが」

 猫と主従関係があったとは、知らなかった。

 正直な感想を口にする男に、獣は軽く言った。

「それじゃあ、二人の子供は守れないだろう」

 ランとユウの母親は、猫の獣たちの性質も理解していた。

 姿を取った後の主を、守ることは守るが、余程の事がない限り、命の危険があっても手を出さない猫の獣を、信じろというのは無理な話だった。

 キィ本人もそう思うのだから、確かだった。

「自分たちの事なのに、よく言うな」

 外で待つ老人たちにまで害が及ばぬよう、細かい術を施していた兎が、二人の話に乗ってきた。

 キィの他人事のような解釈に、呆れてしまったのだ。

「まあ、知る限り本当の事だから、フォローもできないが」

 そうだろうと猫は首をすくめ、迎える二人を見つめた。

 兎もそちらに目をやり、何かに気付いた。

「……? 何か、可笑しくないか?」

 小さすぎて一瞬、誤魔化されそうな音の違い。

「……人の鼓動でなくなっている、のか?」

 人間や獣とは違う、静かな川の水のせせらぎに似た、ささやかな音が、二人の内内から漏れていた。

 困惑する兎の横で、水月は嫌な予感を口にした。

「……これはただの、でくの坊じゃないのか?」

「そんな馬鹿な。あんなに姿は……」

「ああ、そっちの選択をしてたか」

 緊迫した空気に、場違いな呑気さが分け入った。

 楽しげに笑う猫の獣は、エンたちが出し惜しみしていた情報の、最後の一欠片を提供した。

「頭が逆の状態で、己の身の安全を考えるんだ。正常な答えにはならないだろう。取り込んだ強者に守らせるか、さっさとこの状況を抜け出して、この土地ごと周囲から隔離するか、そのどちらでもない方法か」

 前者ならば、自分が捕まえた中で強者を選んで、守らせるのだろう。

 だが、後者なら……。

「完全に土地を己のものにするためには、力が必要だ。餌を吸収してそれを糧に増長するのが、一番手っ取り早いだろう?」

 吸収するにしても、時間がかかるから、足止めはいると考え、ここに強者を模した人形があるということだ。

「よかった。あんたらがこちらを引き受けてくれて。どんな姿のでくの坊だろうが、セイには相手は無理だ」

 呑気に笑うキィを見ながら、徐々に事態が飲み込めてくる。

 兎が血相を変えて階段に向かい、二階に続くそれを塞ぐ根を片付けている間に、水月は蓮と露草の姿のでくの坊を瞬殺した。

「……」

「……どのくらいで、再び湧いて出るのかぐらいは、教えてほしいんだが?」

 呆れ顔になった獣は、小さく笑いながら答えた。

「それは、どちらが先に、完全に吸収されたかによるんじゃないか? 樹木は吸収した直後、獲物の性質に引っ張られる」

 説明の途中でそれどころではなくなった水月を見ながら、キィはにこやかに笑ってしまった。

「本当に蓮は、手遅れみたいだな」

 蓮を模した人形を押し返し、力任せに叩きのめした水月が、あんまりな所業を察し、吐き捨てた。

「その心配があるというのに、黙ってあの子を行かせたのかっ?」

「ああ。あの子本人も、承知だ」

 その後、どういう状況になるのかも、セイ自身が幾重にも予想していた。

 それを踏まえて、自分たちはセイの気持ちを受け止め、動いていた。

 猫の獣の振り切った態度を見ながら、先程古谷家で聞いた話や、それに対する処置の話を思い出し、水月は舌打ちした。

 渾身の力ででくの坊たちを粉砕すると、兎の後を追う。

 丁度、二階への道を開いていた兎とともに、廊下へと飛び上がった。

「っ、ウノさん、こいつ頼みますっっ」

 ドスのきいた声が響き、同時に大きな体が小さな体に押し付けられた。

「うおっ、な、露草かっ?」

「地につけたら、また吸収されそうなんですっ。早く、外に……」

 重みで後ろに倒れそうになった兎を支え、葵を見上げた水月は見てしまった。

 小柄な体を支えたまま呆然とする男に気付き、大男も振り返る。

 一つの部屋を丸々占拠してしまった大木の前で、若者が立ち尽くしていた。

 その手にある、枝に見える何か。

 水月が見たのは、セイが引っ張っていたそれが、外れた瞬間だった。

 苦無を手にしている手が、震えながら抉れた木の幹に触れている。

 その断面は、完全に樹木のそれでしかなかった。

「……こっの、大木野郎。もう許さねえっ」

 何も言わない若者の代わりに、目の前の大男が激高し、勢いよく振り返った。

「同情できる境遇だからと、優しくしてたら付け上がりやがってっっ。もう知らねえ、完全に、灰も残らねえように、焼き尽くしてやるっっ」

「こらっ、落ち着けっっ」

 露草を抱え込んだ兎が、慌てて葵を制するが、それで止まるほど冷静ではない大男は、今まで見せたことのない形相で巨木となったそれを睨んでいた。

「セイ、どけっっ。こんな身勝手な大木、すぐに消してやるっっ」

「生ぬるいよ、それは」

 その勢いを根こそぎそいだのは、そんな無感情な声だった。


 ベランダから侵入したセイは、窓を再び封じてしまっている根を取り払い、部屋の中に入ってすぐ、最悪な状況を把握した。

 隣の部屋とこちらの部屋を仕切る壁が、何かに押されて破れそうな勢いで曲がっている。

 廊下に回ってその部屋の襖を開け放つと、そこには育ちすぎるほど育った、巨木が姿を見せた。

「げっ。こんなにでかかったのかよ」

「……さっきより、成長してる」

 驚く葵に答えながら、セイは苦無を取り出して、躊躇いなくその木の幹に突き立てた。

 木肌をはぎ、割き目に刃を入れながら切り進み、見つけた。

 すでに吸収途中だが、形のある大きな男の姿だ。

「葵さんっ」

 後ろで攻撃する根から守ってくれていた大男に呼びかけながら、すでに生きているかもわからない体を、外へと引きづりだす。

 それを受け取った葵は、その体に根が張り付いて行こうとするのを見て、慌てた。

「外に出してくれ」

「お、おうっ」

 慌てていた葵は、反射的に頷いて青ざめた。

「いやいや、お前の背中、がら空きじゃねえかっっ」

「いいから。それを守りながらは、余計に危ないから」

 葵に答えながらも、セイは樹木の掘り返しの手を止めない。

 まだ、もう一人いる。

 あわあわとしている大男に構わず掘り進め、ようやく見つけた。

 細い右手の指先を見止め、さらに掘り進めると、何かを押し返す形で固まった腕になった。

 ホッとする間もなく、さらに掘り進めだが、不意に手が止まった。

「……」

 人の形に添って掘り進めていたのだが、不意にそれが消えた。

 苦無を持たない手で、恐る恐る突き出た腕をつかむと、あっさりととれてしまう。

「……っ」

 外野の喚き声は、全く聞こえなかった。

 信じられない気持ちで、木の幹に触れてみて、苦無で掘り進めた生々しい跡が、指先に現実を突きつける。

 遅かった。

 一縷の望みで動いていたが、やはり駄目だった。

 足元が崩れそうな衝撃が、何故か笑いを誘った。

 そんな中、こちらの異変に気付いた葵が、怒号を上げたのだ。

「同情できる境遇だからと、優しくしてたら付け上がりやがってっっ。もう知らねえ、完全に、灰も残らねえように、焼き尽くしてやるっっ」

「こらっ、落ち着けっっ」

 動かぬ大男を押し付けられたのか、悲鳴に似た静止の声を上げた兎の声は、遠い。

 その間に傍までやってきた葵は、ドスのきいた声で呼びかけた。

「セイ、どけっっ。こんな身勝手な大木、すぐに消してやるっっ」

 ここまで怒り狂う葵も珍しいなと、そんな場合でもないのに考えながらも、セイは返していた。

「生ぬるいよ、それは」

 久しぶりに、どす黒い感情に呑まれながら。

「……へ?」

 何故か、怒っていたはずの大男が、自分を見て目を見開く。

 そんな葵から背を向け、何の感情もなく蓮の腕だったものをひょいと手放すと、間髪入れずに手にしていた苦無を、再び怪木に突き刺した。

「何で、再生の余地のある焼却で、許されるんだ?」

 声の震えもない、ただの無感情な声で、ゆっくりと言った。

「完全に枯れてもらわないと、こちらの気は澄まない」

「せ、セイ?」

 葵は、そんなことを言う若者が、苦無の刃を力強く握りしめるのを見た。

「お、おいっ、何やってんだよっっ」

「何って、木を枯らす薬みたいなものを、核に直接注ぎ込んでやるんだよ」

「ば、馬鹿っっ。止めろっ」

 刃が手のひらを滑る感覚を噛みしめながら、セイは内心その刃の短さを嘆いていた。

 もう少し、長い刃渡りならば、核まで突き刺せたのに。



さ、話も盛り上がってまいりました(?)

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