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動揺

最後なので、滅多に動揺しない連中を、いかにして動揺させるかも考えて、話を作っております。

どうなることやら。

 バァイは、日当たりのいいベランダの外から、問題の家の中に入ろうと試みていた。

 ガラス窓をたたき割りはしたが、窓枠全体を埋めるように詰まった木の根が、その行く手を阻んでいる。

「キィっ、セイっ? 無事かっ?」

 大声で呼びかけたが、こちらの声は聞こえないのか、何やら会話する声が聞こえるだけだ。

 声が聞こえるということは、無事だということだが……。

「……」

 まずいと、そう思った。

 事後報告、とセイは言った。

 キィも憎らし気に、クソガキと。

 付き合いが長い二人のその言葉が、今後どんな結果を生むのか、バァイにははっきりと分かってしまった。

「は、早まるなっっ。そんなことをしたら、本当に……」

 三人の中では、まだ冷静であった鷹は、力を持ってこの壁を破るべく、拳を固めた。

 今は、両方の拳を壊してしまってでも、二人を止めなければという思いで、意識を集中する。

 その女の肩を、気楽に叩いた者がいた。

「やめとけ。無駄だ」

 優しい男の声だ。

 ついで、静かな声が短く告げた。

「どけ」

 驚いて振り返る女がよける間もなく、小さな白い塊が窓の木の根めがけて飛び込んできた。

 横の男が、それとなくそらしてくれなければ、相応の打撃を受けたであろう勢いだ。

 全体重をかけて、窓に蹴りを入れ込んだのは、横の男よりもさらに小さな男だった。

 赤い目で見据えた木の根が、片足をめり込ませた辺りから、霧散していく。

 その霧散が止まった時、白髪の男が短く区切りながら告げた。

「消・え・ろ」

 途端に、一気に窓枠を敷き詰めていた根が、消えた。

「は?」

 ぽかんとする女の横から、黒髪の男が飛び出し、襖を開け放つ。

 一気に光が差し込んだ廊下で、大剣を手にしたキィが立ち尽くしていた。

「お、お前っ。何やってんだあっっ」

 我に返って叫んだ、甲高い女の声で、びくりと肩を跳ね上げ、振り返る。

「あ? 破れたのか? 早いな」

「じゃないっっ。お前、そんなものを振り回して、家が壊れたらどうするんだっっ? セイまで危ないだろうがっっ」

「あ、ああ。すまない?」

 我に返ったものの、展開に頭が追い付いていないらしく、キィは珍しく女の勢いに吞まれている。

「そういう話は、後だ」

 そんな二人の言い合いの間、光が入らない場所を見据えていた男が、優しく声をかけた。

「一度、退く。異論は?」

 声をかける先は、思いもよらない助っ人の登場に、立ち尽くしていた若者だ。

 ゆっくりと目を動かし、問いかけた男を見る。

 見慣れた顔立ちの、それよりも場慣れした目を見返し、静かに問う。

「……一度退いて、何か変わりますか?」

「変わらんだろうな。だが、人が増えた分、やれる事が増えるかもしれない」

「そんな、曖昧な話で……」

「まだ、生きているぞ」

 小さく息を吐きながら反論する若者を、男は短い言葉で封じた。

 吐く息を途中で止めて顔を上げたセイを見返し、男水月は優しく続ける。

「二人とも、鼓動がある。それがどういう意味か、分かるだろう? まだ、死んだと断定できないということだ」

 目を見開いた若者は、不意によろめいた。

 慌てて支えるキィの腕に縋りながら、セイが呟いた。

「……生きて、いる」

「ああ。手遅れでないなら、このまま見送ってやる必要は、ないだろう」

「……」

 顔を伏せて黙る若者を見守る水月は、その弱弱しさを間近に感じ、少しだけ戸惑っていた。

 いつものように、容姿と裏腹な雰囲気はなく、ただただ頼りなく感じる若者に、恐ろしいほどの違和感がある。

 何が違ってそう印象が変わったのかと、慎重に観察していて気付いた。

「……っ」

 顔をこわばらせて、セイに近づこうとする男を、顔なじみの獣が制するように声を出す。

「話がついたなら、早く退くぞ。そろそろ、回復する」

 ベランダの外に立ったままの小柄な男は、自分の直接的な攻撃を受けた樹木が、立ち直っていく気配を察していた。

 その警告を受け、水月はぐっと口をつぐみ、無言で踵を返す。

 光が差し込むベランダの方へと歩く男に、若者を抱え込むようにしてキィが続き、暗闇の方に目を凝らして警戒しながら、女も続いて外に出た。


 優から話が行き、翌日には現地にて関係者の聴取を終え、その足でそこに向かったから、最速の方だったと思う。

 問題の家を見上げた時、この地に入ってから召還した兎と共に、ついつい声を出してしまった。

「……なんだ、これは」

「こんな建築物を、大工が躊躇いなく建てたっていうのか? ここまでの家を建てるくらいだから、玄人なんだろう?」

 優に付き添われた老人は、大きく溜息を吐いた。

「やはり、おかしいですよね。偶々ではなく、全ての柱が逆さ、というのは?」

「ああ。違わず全てというのは、おかしいだろう。縁起を担ぐ意味でも、とび職の連中は、慎重に確かめて建てるはずだ。出来上がるまで、気づかなかったのか?」

「お恥ずかしながら、見に来る必要はないと言われて、素直に聞いてしまいました」

 老体を慮ってのことだと思い、気にもしていなかったのだが、老人もここまで来ると疑うしかないようだ。

「……信頼できるところに、依頼するべきでした」

 もうここまで来ては、最悪な処置しかできそうもない。

 苦しい声で後悔を口にする老人の前で、二人の男は顔を見合わせて目で相談するしかない。

 確かに、それしか方法はなさそうだ。

 だが、取り込まれた二人は、取り戻す必要がある。

「……生きてる?」

 優が、心配そうに尋ねてくるので、水月は頭をかきながら答えた。

「ここからでは、生きて動くやつの気配と、においが分かる程度だな。オレは」

「一階は兎も角、二階は音が喧しいせいで、鼓動までは正確に分からん」

 中に入ってみるしか、手はなさそうだ。

 ここは家の裏側で、今は空き地になっている。

「数年前まで、ここは大層な資産家の屋敷だったみたいよ。それを二分割して、売りに出してる」

 この空地も、同じような事故物件だったようだが、今はその気配はない。

 感心しつつも、今はこの話題を切り上げ、一同は玄関側に向かった。

 そこに、先客がいた。

「あれ、森口さん」

 目を丸くして素直に驚いている速瀬伸の横で、金田健一が正直な声を出した。

「育児で実家に帰ったんじゃあ、なかったんですか?」

「両親が見てる。偶には、息抜きもいるだろう?」

 優しく答える男に、健一は呆れた顔になった。

「ここに来たってことは、オレたちと同じ事情でしょ? 息抜きにしては長距離移動だし、重労働じゃないですか」

 老人同士が再会の挨拶をし合った後、伸が立ち尽くしていた老人の孫を紹介する。

「オレたちの、高校三年の時の同級生です。松本の紹介で、相談に乗ってほしいと言われて……」

 伸の説明に首を傾げた水月に、健一が付け足した。

「多分、師匠に話を通してほしいんだと思うんですが、連絡がつかないもんだから、仕方なく様子見にだけ来たんです」

「ああ、成程」

 呼ぶ必要、ないなと、つい口の中で呟いてしまった。

 確実ではないが、健一の師匠の蓮は、この家の中にいる。

 しかも、解決出来る状態にはいない。

 それをはっきり教えてやろうかと悩んでいる間に、伸が躊躇いがちに言った。

「本当は、外からの様子を知らせて、蓮に連絡をと思っていたんですが……必要なさそうです」

「?」

「セイさんが、ちょうど通りかかったんです」

 息をのんだのは、優だった。

 女の話では、今の若者はかなり、調子が悪いということだった。

「中に、入ってるの? まさか」

「はい」

 動揺する優を見ながら、伸も顔を曇らせた。

「報告は後でするから、帰ってもいいと言われたんですが、何だか顔色が優れなかったので、気になって待っているところなんです」

「どのくらい前に入った?」

「約十分前です」

 緊張をはらんだ質問に、伸はすぐに答えた。

 それに頷いてから兎を見下ろすと、兎は二階ベランダを見上げていた。

 そこに、誰かがいる。

 遠めに見ても長身の女だ。

 その女が躊躇いなく拳を振り上げ、窓ガラスをたたき割ったところだった。

 何かを喚く声を聞き、二人の男は目を交わす必要もなく、すぐに動いたのだった。

「……まあ、こちらの話はこれでいいだろう」

 静かに、水月は話を締めた。

 場所はあの一戸建てから、古谷家の客間に移動していた。

 移動してきたのは、自分と兎を含む、数名だ。

 セイとキィの姿はない。

 ここではなく、市原家の方に向かったようだ。

 あの家を脱出してきたとき、セイは殆どキィに寄り掛かるようにして歩いていた。

 意識があるかも怪しい、そんな状態だったが、キィは構わずに傍に立つ女に声をかけた。

「市原家に向かう。先触れと、古谷家への言伝を頼む」

 こちらが口をはさむ余裕を与える気がないのが、二人の様子から伺えた。

 古谷家に向かうように言われて、ぞろぞろと訪問すると、迎えたのは娘婿候補だった。

 先程まで、雅もいたようだが、なじみの医者に連絡を取った後、市原家の方に向かったそうだ。

「……あれは、どういうことだ?」

 ゆっくりと接客するエンに、水月は殊更に優しく尋ねた。

 あれ、という曖昧な言い方にも、対する男は怪訝な顔をせずに答える。

「ごらんのとおりです。義姉からお聞きでしょう? 恐らくは、年末のあれが原因で、何もかもの時間が無くなってしまったんです」

 老人二人と、孫とその同窓生たちが戸惑って見守る中、兎が盛大な溜息を吐いた。

「まあ、滅多にないことだが、ないことじゃない。だが、あの子もその年末の事態の時は、注意していたんだろう? それなのに……」

「ええ。本人も驚いていましたし、雅さんやゼツも、仰天していました」

 苦悩の表情を浮かべる二人を、優が珍しく見ながら、躊躇いがちに尋ねる。

「本当に、蓮ちゃんたちを助けられるの?」

 それには、セイに大口をたたいたはずの水月が唸った。

「……難しいな」

「へ? 生きてるんですよねっ? 師匠は」

「ああ」

「だったらっ」

「かろうじて、だ」

 健一が身を乗り出すのを見ながら、水月は優しく言った。

「殆ど、体はあの樹木に吸収されていた。鼓動があるのが、不思議なくらいにな」

「じゃあ、気休めだったの? セイちゃんを引かせたのに?」

「これは、オレの見立て違いだ」

 気休めや方便のつもりはなかった。

「……足止めを数名と、あの怪木を押さえつけて浄化する奴を数名確保できれば、二人の肉体を取り戻すことはできるだろう。あとは、本人の体力と精神力次第で、回復する。奴らなら、あの樹木から解放されれば、元気になる」

 問題は、浄化する人間を、多数集めるには時間が足りないことだったが、それこそ水月が断言した時は、それも解決したと思っていた。

 だが。

「……あの子は、除外した方がいいだろう」

 はっきりと、そう感じた。

 正直、本人が大丈夫だと言っても、もう係わらせたくない。

 その考えに行き着いていた。

「……勝算は? どのくらいですか?」

 その問いへの答えは、慎重だ。

 あの鬼の男は兎も角、蓮を完全に取り込んだということは、あの勘の鋭い若者が気付かぬように、心の隙間を侵食したということだ。

 これはかなり手ごわい。

「凌の旦那も、程々のところで切り上げて、戻ってきてくれてればよかったんだが……」

 セイの父親は愛弟子と共に、数年前から世界各国を旅行している。

 年賀状代わりの絵葉書が届いた今年の年始時点で、殆どの医者を把握した旨は、伝えられていた。

 本当の目的を知られているのを承知のその報告は、どう考えても釘差しの一種だ。

 面白く読んで、気楽な返事を返してしまった。

今後、何処に向かうのかを、尋ねなかったのが悔やまれる。

「人員ならば、何人かは確保できます」

 エンが請け負った。

「その樹木の根とやらを足止めるなら、オレが囮になりますよ」

「何を言っている。お前は、留守番だ」

 きっぱりとした申し出に、きっぱりと拒否を返すと、水月は言った。

「人員は借りる。それだけでも、初めの計画の成功率が、上がるからな」

 元々、自分と兎で乗り込み、水月が樹木の気を引き、兎が完全に樹木を壊滅に追い込む計画だった。

 乗っ取られた二人に関しては、体を助けられれば、後は本人次第だと、初めから割り切っていたのだ。

「セイがああいう状態なのなら、もう少し気合を入れて臨むべきだろうが……はっきりと、大丈夫だとは言い切れない」

「それでいいと思います。セイも、あなた方に無理をしてでも、蓮を助けてほしいとは、思っていないはずです」

「……お前は、オレの安請け合いを聞いた時の、あの子の顔を見ていないから、そう言えるんだ」

 蓮が生きていると、そう聞いた時のセイの表情は、あからさまに変わっていた。

 完全に脱力するほどの明確な安堵が、感情を見せないその顔に現れていた。

 あれを見た後に覆すなど、できない。

もし、力及ばずそうなるにしても、助けることを前提に全力を尽くしたい。

「……それは、有難いですが。もう少し、時間をください。ロンも呼びましたし、人員を集めるだけでは、使えないでしょう?」

「ああ。取り込まれた二人は、あれ以上良くも悪くもならないからな」

 というより、自分を滅する敵が現れたと、怪木たちも察しただろうから、二人とも形を崩さぬまま、存在させられてるはずだ。

 この点だけは、下見に来て正解だったといえる。

 多少杜撰な動きでも、気にする必要を感じなかった分、先程までの計画は変更を余儀なくされそうだが。

「危機感の対処ができるほどの思慮は、育っているということか」

 兎が半ば感心している。

 先程、蓮と露草に侵入者を攻撃させたのは、自衛のためだ。

 怪奇現象を望む人間と、空き家に住まうことを目的として侵入する人間を区別し、セイたちは前者と判断されたうえでの自衛だった。

 セイの判断は正しい。

 あの時点ならば、脅し程度の攻撃を避け、怪木に近づけたはずだ。

 キィが本気で、蓮を滅する気でなければ、そんな獣をセイが制してくれたのなら、水月たちも止めなかった。

 二人を完全に死なせることに抵抗があったため、仕切り直しを提案したが、これはあちら側に、警戒する時間を与えるということだ。

 これまでは、興味本位な人間には自衛し、不法に住処にする人間は餌にしようと、根を張っていた怪木は、今度は破滅を防ぐための対処も、考え始めていることだろう。

「……蓮や、あの鬼の子を捕まえるくらいですから、その位の頭はあるでしょうね」

「そうかしら? あの二人、精神的にもろくなっていたから、簡単だったんじゃない?」

「そうですか」

 優の含みのある言葉に頷くエンは、単に相槌を打っただけだ。

 捕まった二人に頓着していない。

 その様子に含みはあるが、仕方がないと文句をかみ殺している健一に、エンは笑顔で言い切った。

「オレは、正直どうでもいいし、何ならこの機会に、蓮もこの世から消えてくれて、一向に構わないと思っている」

「……知ってます」

 先の修羅場を知っている健一は、苦し気に答える。

 それに頷いた男は、穏やかに続けた。

「だが、ああいう人でも、死なせたくないと思っている人は、存在している。だから、場と人員は提供する構えです」

 これは、セイ側の側近たちの総意だった。

「それで充分だ」

 水月が頷き、古谷家で待つ間に、時間が空いた人員が集まり始めた。

 そして日が傾き、外が薄暗くなったころ、セイが帰ってきた。

 市原家から一緒だったのは雅とゼツだけで、キィは件の家の方に向かったようだ。

「鳥目の彼女がしている、見張りを交代に行ったわ」

「葵君も、一緒にそちらに向かいました」

 門の前で一緒になったというロンの言葉に続けて、雅も報告する。

「どういう手順で行くか、教えてください」

 無感情に切り出すセイを、水月は珍しく唖然としたまま見つめていた。

 同じように見つめていた兎が、先に我に返り立ち上がった。

「お前、それはどうしたっ?」

「どうした、とは?」

 首を傾げる若者は、先程より顔色もよく、足取りもしっかりとしていた。

 襖の前に腰を落とし、正座したセイは、兎の問いの意味に気付いているはずだった。

「一体、何を考えて……」

「優先順位です」

 勢いに乗った詰問を、セイは無感情に遮った。

「何だと?」

「……恨みを買って後悔するか、これを見逃して後悔するか。どちらが嫌かを考えた結果です」

 苦渋の決断をしてきた若者は、完全に吹っ切れていた。



この辺りで、とんでもない話の裏を察する方も、おられるのではないでしょうか。

方々にヒントは散りばめております。

よろしければ、その謎も言及しつつ、お楽しみください。

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