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難儀な仕事

優しいお姉さんのお父さん、今回も登場であります。

この人も、引っ掻き回すだけ引っ掻き回す予定です。

 後継ぎの育児のために、就業時間を短縮するようになって、二年。

 最近、ちょこまかと動き回る女児との時間が楽しく、休暇の取得を考え始めている森口水月はその日、一昨日会った従姉妹の訪問を再び受けた。

「……ちょっと、困ったことになっちゃいました」

「そうか」

 そう告げた御蔵優に、楽しそうに動き回る女児を見守りながら、水月は空返事する。

露草(つゆくさ)君が、現場から戻ってこないんです」

「ほう」

「しかも、付き添ってくれた蓮ちゃんまで」

「ふうん。それは、おかしいな」

 空返事ながら、話は聞いている。

「そろそろ、蓮の方は新学期が始まるだろう? どんな仕事なのかは知らんが、長引かせるのは、あの子らしくないな」

「というより、一軒家の遺品整理なので、一日では終わらない場合があると思って、数日予定を開けてもらってたんですけど、まさか報告もないとは思わなくて」

 どうやら、朝から遺品整理先の家に入り、夕方に一度、優の元に首尾の報告をする約束だったらしい。

 派遣した優に、雇われの二人が報告するのは義務と言ってもいいのだが、それを成さぬまま今日を迎えた上に、その後も音沙汰がない。

「露草君だけならまだしも、蓮ちゃんがそんないい加減なことをするとは思えないんです。何かしら、予想外の事があったんじゃあって、思っているんです」

「そう見るべきだな。その、現場には行ってみたのか?」

「ええ」

 水月の実家を訪ねる前に、優はその現場に寄って来た。

「……何だか、前に見た時よりも、不味い状態になっていた、と言えば、空返事やめてくれますか?」

 膝にしがみついてきた女児を抱き上げ、水月が振り返った。

 目を細めて優を見返す。

「……事故物件か?」

「ええ。一家心中のあった、一軒家です」

 きな臭い話だった。

 満面の笑顔を向ける女児に笑い返しながら、水月は問いかけた。

「本当の業者に頼まない、その家の管理者も不穏だな。どういう経緯で、お前がそれを引き受けたんだ? 依頼主は、何者だ?」

「知り合いの、術師、よ」

 尚更に、きな臭い。

「その術師と、住民たちの間柄は?」

「大家と店子」

「店子の家族構成は?」

「高齢夫婦と社会人の二人の息子、そのそれぞれの夫人。孫はなし」

 小さく頷きながらも、笑みは消さない男は、更に問う。

「心中の動機は? 遺書でもあったのか?」

「いいえ。でも、警察の検証の結果、そう判断されたそうです。ロン伯父様のいる署だから、確かな検証のはず。長男が全員を手にかけた後、首を括った」

「……」

「除霊のできる術師じゃないのよ、大家は。不穏な空気は分かるけど、どうすることもできない。取り壊すにしても、遺品だけは浄化してやりたい。だけど、中に入るのは危険だという事で、心身共に頑丈な清掃員を求人してくれと、頼まれたのよ」

「心身共に? それは……人選ミスだったな、オレも。気晴らしになればと思って、露草を推したんだが」

 小さく舌打ちし、水月は反省する。

 気晴らしの仕事を、振ったつもりだった。

 だが、心霊現象が起きそうな場所に、気楽に行って無事なほど、強い心理状況ではなかった。

 関わらないのに話を詳しく聞くのもどうかと思い、説明を聞くのを怠った自分の落ち度だった

 露草は、藤原蘇芳(ふじわらすおう)の後継者として、養子に迎え入れる予定の男だ。

 蘇芳の妻、(かえで)が厳選して男を選び、種だけを貰って作った子供だ。

 石川(いしかわ)家の墓守として、ゆるゆるな生活をしていた、鬼にしては貧相なかすれ声の大男が、その長年の実績を認められ、姓名を得るに至り、楓の目に留まった。

 日本に大昔からいる原始の、しかし異形と言ってもいい種と、大陸から渡って来て、狐と共にこの国の中枢に携わって来た異形が交わり、そのいいとこどりで生まれてきたかに見える息子だったが、意外に真面目で、意外に惚れやすかった。

 仕事で女に化けていた水月に求婚し、その仕事が終わった後も、何かにつけて口説いていた男が、最近、手ひどい失恋をしたと落ち込んでいた。

 雅の弟分である(かい)という男と戸籍上同年であるから、実年齢もまだまだ若い。

 何度も玉砕したのちに、いい女を捕まえればいいだろうと慰め、気晴らしにと、丁度人材を貸してほしいと言ってきた優の元に、送り出したのだ。

「失恋したての奴を送り込むには、厳しい現場だったようだな」

「え? そう? じゃあ、蓮ちゃんも、厳しかったかしら?」

「ん?」

 しれっと問われ、眉を寄せた水月は、従姉妹のとぼけた顔を見た。

 わざとらしく首を傾げて見せるその姿は、まだまだ少女の面影が残って見える。

「蓮も、失恋したのか? まあ、春だから、珍しくはないか」

「春だから、ってわけじゃないけど。冬に関係を持った子が、今度結婚することになったのよ、別な相手と」

 冬と聞いて、すぐに思い出したのは、年末のパーティだ。

 場所まで思い出せるのは偶然にも、露草の失恋もその場所に関係するからだ。

「婚活も兼ねていたのか、あの会場は? 蓮はあの場で、婚約者と顔合わせしたんだろう? その相手と破断したのか?」

「そうみたい。でも、自業自得よ。自宅にお持ち帰りした子を思う存分楽しんだ後、相手が起きる前に外に出て逃げたんだから。誠意を見せて謝るなり、告白するなりしていれば、色々と変わったはずなのよ」

 かなりご立腹だ。

 その蓮の相手に心当たりがある水月は、娘とその婿候補が近づく様子がなくなった理由を察した。

 察しはしたが、事情が半分も理解できない。

「エンが突然、休職願を提出してきたらしいんだが、セイが誰かと入籍することになったから、という理由だったか。相手は? そんな事情を汲んで、画策に乗ってくれるような奴、いるのか?」

「いるわよ。シュウレイちゃんって言う、絶好な相手が」

「……何だって?」

 仰天した。

 珍しく目を剝く従兄を、優は嬉しそうに眺めてから言った。

「授かり婚、よ。その準備で、エンちゃんも雅ちゃんも、忙しいのね」

「……どういうことだ? それは、蓮への当てつけ、ってだけじゃないんだろう?」

「ええ。セキレイちゃんのあんまりな愚行に、ロン伯父様を含むセイちゃん大事人間たちが、立ち上がったのよ」

 優はようやく、自分が知る全貌を水月に語りだした。

 聞き終えた男は、女児を抱きかかえたまま、盛大な溜息を吐いた。

 外の警備をしていた水月は、会場内での騒動は、従業員たちの報告でしか知らない。

「カ家の長男の、婚約者の発表があったのは知っていた。相手が飛び切りの美人だったとも聞いていた。あの会場のウエイターをしていた面々には、うちの従業員もいたんだが、そいつらが美人と言い切るほどだから、余程の見目だったんだとは思っていた」

 その美人が、自分の従兄弟でないならば、一人しか思い当たらず、的外れ覚悟で話を進めていたのだが、当たりだったようだ。

 女として見られるのを嫌がる若者が、優の騙し討ちに乗ったと言うのも不思議だったが、何か事情があったのだろうと深く考えずに頷いた。

「シュウレイも巻き込めたのが、意外なんだが。あの女がクズと言い切るほどの、何をやったことになっているんだ、蓮は?」

 蓮自身がそれを認めて、失恋を噛みしめているのは分かった。

 だが……。

 そんな理由で、シュウレイがクズ認定するだろうか?

 水月の疑問に、優は苦笑しながら答えた。

「……話し方によっては、事情を知らない人を、全く違う答えに導いちゃうわよね。シュウレイちゃん、まんまと雅ちゃんの話術に、引っかかっちゃったのよ」

 そう言って雅がシュウレイに語ったと言う事情を、優は一言も違わずに語った。

「……成程、それは、クズと言い切るかもな。蓮も、可哀そうにな」

「本当に。時期が来たら、許すつもりだったみたいだけど、その前に蓮ちゃん自身の身が、危なくなっちゃったのよね。私も話を聞いて、ちょっと意地悪するだけのつもりだったのに……困ったわ」

 事情を完全に把握した水月は、困り顔の従妹に頷き、ようやく話を進める様に促したのだった。


 大家である男は、術師としての目はあるが、それだけだ。

 様々なことが見える目を持ったことで、興味本位で様々な怪異を研究することを、生きがいにしていると言ってもいい。

「若い頃はそれこそ、浄化を得意とする友人と共に、世界中の怪異を研究して回っていたんだけど、どちらも動くのに障りがある年齢になって、腰を落ち着けた」

 友人は孫が経営する不動産と手を組み、事故物件の浄化を担当しつつも、余生を満喫している。

「その友人の伝で、比較的安い土地を購入して、一から家を建てて、そこを借家として貸し出したのが、二年前だったみたい」

 金額の割に土地が大きかったのは、元々事故物件だったせいだ。

 意外に根深かった怨念を、友人の男は数年がかりで浄化し、売りに出せそうな状態に持って行った時、土地を求めた男の目に留まったのだった。

 店子の家族構成は先の説明通りで、初めの頃は何事もなかったようだった。

「それが、二月、半年たつごとに、家族全員の様子がおかしくなってきていたらしいの」

 家族間もぎくしゃくしだし、それが周囲に知られる頃には、大家の手には負えない状態にまで、家自体がおかしくなっていた。

「手順を間違えたのかもしれないと、反省しているんだけど、何の手順の話なのか、話してくれないのよ。お爺さんを拷問するわけにも、いかないでしょう?」

 そんな躊躇いを持っている間に、最悪な事態で幕を閉じた。

 奇声と悲鳴、物が割れる音と壊れる音が、ある夜近所中に響き渡り、警察には同じ内容の通報が数件あった。

 そのため、数人体制で警官が駆け付け、現場を目のあたりにしたのだった。

「警官の方々が無事だったのは、偶々、ロン伯父様が帰宅直前に、通報を受けたからよ」

 家の門をくぐる前にその異常に気付き、勘の鋭い警官は外に残した。

 それでも、中に入った警官の殆どが体調を崩したが、数日で持ち直したと聞いた。

「家に問題があるのか、土地がまだ浄化しきれていなかったのか、両方か。判断がつきにくかったのよ。さっきまでは」

 ここに来る前、報告すらしてこない二人が立ち入ったはずの家に、寄ってみた。

 優は、そこではっきりとした原因を見た。

「家、だわ」

「家、か」

 それならば、やりようがあるなと、水月は思った。

「隣家と距離があるのなら、そのまま焼き払えばいい」

「取り込まれている、二人を放って?」

「運が良ければ、まだ食われ切っていないんじゃないのか?」

 家が怪異になる原因は、主にその原料である木だ。

 たまたま、妖木でも混じっていたのかもしれない。

「混じっている、って優しい表現では、すまないわよ、そこ」

「ん?」

「意図しているのか、偶々かは分からないけど、大部分がそれなのよ」

 家の中に怪木が数本いると、優は言い切った。


 曖昧過ぎる状態で、予想だけ立てるのは危険だと、水月は優にその家主の召還を促した。

 それを受けた従妹は すぐに依頼主と連絡を取り、件の家の近くで待ち合わせ、話を聞くことになった。

 ここまで聞いては放っておくこともできず、(りつ)に娘を引き渡した後、水月もそれに合流した。

 依頼主は、諦めたように説明した。

「ある森で寄り添って育っていた、三本の杉の木、です」

 隠居した老人は、妙に居心地のいい空気を持つこの大木たちを、何とか近くに置きたかったのだという。

「本当は、私が住む予定だったんです」

 件の杉を買い取って然るべき儀式を施し、材木に加工依頼をした後、土地を探した。

 知り合いの建設会社に依頼し、丁寧に建ててもらうことができたのだが……。

「完成間近に見た時、違和感はあったんです。何がおかしいのか判断できぬまま、完成してしまいました」

 土地の浄化に携わった友人と研究仲間を呼んで、ささやかな打ち上げをした時、友人に言われた。

「住む前に、怪異がないかだけ、確かめた方がいいと。慎重なあいつの言い分もわかるので、その時に研究仲間たちに呼びかけて、仮住まいしてくれる店子を探したんです」

 その呼びかけに答えてくれた研究仲間が、犠牲となった店子を紹介してくれた。

「本当は、ひと月か二月で、その検証は終わる予定でした」

 その予定が狂ったのは、店子の様子がおかしくなったせいだった。

「契約終了の月になっても、彼らは出て行かず、その上、何故か息子さんの家族まで呼び寄せてしまったんです」

 一人暮らし予定の手狭な一戸建てに、三つの所帯が住み始めたと聞き、慌てた。

「友人たちと共に、早めの退去を言い渡したんですが、無視されてしまうし、抗議に行くと声高に恫喝されてしまうしで、本当に困ってしまって止むを得ず、法律機関を頼ることにした、矢先です」

 せっかく浄化していた土地が、再び穢れに満ちてしまった。

「家を建て直せば、何とかなるだろうが……」

「もう、そんな余力は、ありませんよ」

 老人の力ない答えに、水月も頷いた。

 聞いている限りで、土地は安くても、他のところで随分金をかけている。

 ここまで浪費して結果がこれでは、もう何をする気力も失せるだろう。

「友人が、まだここに住む気があるのなら、便宜を払うと言ってくれていますが、住む前にお迎えがやってきそうで、躊躇っているところです」

「ミズ兄様、何とかできそう?」

 可愛らしく首を傾げる従妹を見やり、水月は溜息を吐いた。

「オレの方も、召還するか」

 一番動かしやすい、術にたけた者を。

「そいつと落ち合って、まずは現場を見させてもらおう」

 話は、とんとんと進んだ。


家の柱に使う木の種類は、杉であっているんでしょうか。

調査不足でありますが、違ったら分かり次第訂正いたします。

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