合意の見解
ここでの裏テーマは、合意とは何ぞや? であります。
甲斐性なしどもとともに、撃沈してください。
優しいお姉さんが、お父さん属性を発揮しております。
その時の事情を知るにあたり、セイの側近たちは昔滞在していた団体の二代目頭の娘、優を召喚した。
そうして、セイ本人の説明と共に裏付けをし、その後の事を決めようと考えていた。
あらかたの説明をし、それを聞いて憤る優に尋ねる。
「セイからはまず、あなたから持ち込まれたバイトだと、そう聞いたんですが?」
エンの穏やかな問いに、優は怒りを押し隠しながら頷く。
「ええ。元々、忘年会の接客に、日本女性を起用したいと言うのが、セキレイちゃんの申し出だったの。だから、他にも何人か、女性を採用していたわ」
あの席では、セイの姿だけが注目されてしまったが、実際は振り袖姿の女性は何人か見受けられ、その全てが雇われだった。
ただ、セキレイの条件は、意外に偏りがあった。
「息子たちの目に叶う女性を、一人二人混ぜて欲しいって言うのよ。あの二人って、意外に面食いでしょ?」
「そうですね。あなたに目を付けたコウヒさんの例もあるし」
だが、かなりの報酬の額を提示されたため、これは真剣に取り組むべきだと考え、悩んだ挙句に駄目もとで、セイに話を持って行ったのだ。
「……そろそろ、仕事再開も近いし、丁度いいから体ごなしにと思って引き受けた」
セイが、優の証言に頷いた。
女の姿でとの要求は、採用が決まったのちの説明で知った。
「あの場で断ろうかと思ったけど、もう受けた後でそれは失礼だろ?」
駄目もとであったにもかかわらず、せこいことをしたものだ。
呆れ顔のエンを見ないようにしながら、優は着物合わせの場に、セキレイがやって来た時の事を話す。
「セイちゃんがいるとは、思っていなかったみたい。まだ私服姿だったから、いつもの体じゃない事も、すぐに分かったみたいで、仰天してたわ」
「……成程、ここでセイの参戦を知って、別な話にすり替えたんですね?」
「そうだと思うわ。当日だったのよ。セイちゃんに、蓮ちゃんの婚約者役をして欲しいと、打診してきたのが」
「報酬の上乗せを条件に、引き受けた」
苦い顔の優とは違い、全くの無感情で頷くセイ。
その顔色は、いつもよりも青白い。
久しぶりに若者と会う小柄な美女の優は、その具合を心配しつつも、説明を続けた。
「こんな騙し討ち、了承できないと思って、精々盛大に綺麗にして、送り出したわ。見惚れるを通り越して、近づけなくなればと思って」
「ええ。その時の様子と共に、動画まで見せられてしまって、このことが判明したわけです」
篠原和泉が撮った当時の映像は、年末年始に新築となった山の屋敷で、厳かに公開された。
「でもこれ、ニュースでも流れたんですよね。この婚約者が一般女性だからと、顔が隠されてしまっていて、分からなかったんですが」
参加者が全員、驚愕するほどの美女だったと、話題になっていた。
そんな女がいるはずがないと、軽く考えていた面々は、和泉の持ってきたものを見て、完全に取り乱したのだった。
「婚約者役のバイトで、早めに上がらせてもらった上に、蓮の部屋に泊まらせてもらったと、ごく短い説明だけで、あの時は納得するしかなかったんですが……」
溜息を吐いて言う弟に頷き、優も溜息を吐いた。
「急に二人の姿が見えなくなって、セキレイちゃんに聞いたら、セイちゃんの具合が優れないから、ホテルの部屋に引き上げさせたと言うじゃない。まあ、あの蓮ちゃんが一緒なら、問題はないと思ったんだけど……大ありだったのね」
「はい」
蓮の部屋での一夜。
しかも、又聞きとはいえ、蓮の真剣な告白は、衝撃的だった。
「セイ」
雅が、ゆっくりと、優しく尋ねる。
「君は、合意の上で、そういう事になったと、そう言ったね?」
「ああ。……まさか、蓮の方は、嫌だったなんて」
しんみりと言う若者に、女は目を険しくした。
「そうじゃないだろうっ。話の流れ的に、どう考えても、君の方が襲われてるよねっ?」
はっきり言わないでっっ。
その場に集まった家々の家長が、頭を抱え込んでいる。
その中に、最側近の一人の狼の混血の男もいるが、追及の手は緩めない。
「一体、いつ、君は合意したって言うんだっ? はっきりと、答えなさい」
強めの詰問に、セイは青白いながらも無感情な顔のまま、天井を仰ぐ。
「いつと言っても、はっきりとは分からない。でも、蓮の声が耳元でしてたから、了承の伺いは聞こえたよ」
褐色の大男が目を剥き、必死で唸り声を抑える。
が、次で限界だった。
「耳元で、貰ってくれるかと訊かれたんだ。あの時は、何故か、あの人がくれる物は、何でも欲しいって思ってしまって、それで、欲しいって答えたんだ」
「……」
ロンが、顔を両手で覆って、机に突っ伏してしまった。
家々の夫人たちとエンの姉が溜息を吐く中、雅は言い切る。
「それは、合意じゃない」
「え?」
「君の言うそれは際中の、しかも昇天直前の会話じゃないかっ。合意は、そういう事になる前に、向かい合って行うものだっ」
「さいちゅう? しょうてん?」
目を丸くするセイに、女は歯ぎしりながら言う。
「ああ、そういう事は、授業では習わないからな。官能小説の一つくらい、薦めておくんだったっ。際中というのはだね……」
「ちょっと、雅ちゃん、ここではやめましょう。男性陣が、全滅しちゃったわ」
弟分と好いた女の会話で、唯一とどまっていたエンが、脱落していた。
体を小さく震わせながら、机に片肘をつき額を支えつつも抑えている。
優の言葉で我に返り、室内を見回した雅は、溜息を吐く。
「この場に、ミズ兄様を呼ぶわけには、いかないんでしょう? なら、その辺りの認識違いは、後回しにしましょう。問題は、色々あるんでしょう?」
優の宥めるような問いかけに、エンはいち早く復活して頷く。
「正直、あの会社は兎も角、社長は邪魔です」
「あの会社は、この国にも誠実な雇用を齎しているし、昔の裏の稼業は兎も角として、無くなってもらっては困るわ」
だが、この国の人間が立ち上げたわけではない会社だ。
社長に何かあれば、本社のある国が出て来てしまう恐れが十分ある。
そうすると、最悪この小さな島国に、未だ土地が安定しない異国民が、従業員としてなだれ込んでしまい、国民の従業員がはじき出されてしまうかもしれない。
「……セキレイちゃんが、この国に分社を置いたのは、日本の応用力を高く買ったからよ。コメの栽培の時もそうだったけど、自分の土地に合わせた栽培方法を考え出して、今の豊作をもたらしたその応用力を、自国の田畑に活かせないかと考えているの」
日本の人間は気に食わないが、それとこれは別だと割り切っているのが、セキレイだ。
雇用費は高くとも、自分の薬剤に関する知識と日本人の応用力で、自国の土地が肥やせる手助けになればと、その費用を惜しまない。
ついでに、自分の最大の夢に金は惜しまないのも、セキレイだった。
その最大の夢に立ちはだかるのが、会社の倒産の危機だと言うのに。
「シュウレイさんの子を、将来あの会社の跡継ぎに据えるようにすれば、最悪な事態は免れそうですね」
子供が後を継ぐとなれば、シュウレイも多少は警戒するだろうし、様々な所からの妨害にも、対応できるだろう。
そう言い切る雅に、優は控えめに確認した。
「という事は、セキレイちゃんは、いらない?」
「自分の望みのために、媚薬を仕込む人なんて、この世にいりますか?」
答えたのは、その腹違いの弟であるはずの、エンだった。
「まあ、後見人には、コウヒちゃんがいるし、問題はないわね」
「幸い、あの人の精神は、恐ろしく弱いので、完全に壊してから、隠居してもらいましょう」
残念なのは、大勢で動いて憂さ晴らし、という事が出来ないことだが、それは今の時代では、致し方ないだろうと、側近たちは笑いあった。
優しいお兄さんは、ただ悶えているだけです。