提案
午前中の授業を受け、昼休みになる。
俺は悟に挨拶をして、いつもの定位置に向かう。
体育館の裏にある物置小屋に登り、そこで購買で買ったパンと飲み物を食べる。
そして片手でスマホを操作して、漫画を読み漁る。
基本的に夜はバイトなので、この時間は安らぎの時間でもある。
「ほーん、色々と更新してるな。さて、どれから読むか……っておい」
「……そこにいるのね」
「いや、いない……にゃー」
「だから、全然似てないけど?」
「うっさい。んで、聖女様が何の用だ?」
倉庫の下には聖女様がいて、こちらを見上げている。
というか、睨みつけている。
本当に、先ほどまで隣いた女の子だろうか?
「べ、別に用ってわけじゃ……ただ、貴方はいつもここにいるの? それはどうして?」
「どうしてって……まあ、一人になりたいからだな。というわけでお帰りください」
「嫌」
その顔には力があり、有無を言わせぬ迫力があった。
……だが、ここで引くわけにはいかない。
「……俺も嫌なんだけど?」
「貴方ばかり仮面を捨てて、一人になれてずるい。私だって、たまには外したいし」
「そんなことを言われてましても……俺にどうしろと?」
「私もそこに登りたい」
「……登ればいいのでは?」
「む、無理に決まってるじゃない……手伝ってよ」
悔しいことに、照れながらいう様にはどきっとする。
本当に、無駄に顔だけはいいからな。
……これは決して、顔が良いからとかではない。
このままだと、俺の昼休みが終わってしまうからだ。
「はぁ、わかったよ……よっと」
「えっ? ……二メートル以上あるのに、軽く降りてくるのね」
「ん? まあ、これくらいならな。ほら、ささっといくぞ」
時間は有限なのだ。
こうしている間にも、俺の貴重な休み時間が減っていく。
「ど、どうしたらいいの?」
「肩車がいいか、それとも抱きつくか?」
「ど、どっちも嫌よ。スカートだし、抱きつくのは……」
「まあ、そりゃそうだな。ただ、他に方法が……仕方ない、踏まれるとしよう」
「ど、どういうこと? 何をしてるの?」
清水が動揺する中、俺は倉庫の前にしゃがみ込み準備をする。
「いいからさっさと俺の肩に足を乗せろ。そしたら、俺が立ち上がる。そこからなら、自力で登れるだろう」
「あ、貴方が上を見たらパンツが見えちゃうじゃない!」
「そんなもん見るか。別に俺はアンタを上げる義務はないのだが?」
とにかく、早くして欲しい。
俺は食べながら漫画を読みたいのだ。
「……わ、わかったわ、頼んでいるのは私の方だし。ただ、絶対に上を見ないでよ?」
「へいへい、興味ないから平気だよ」
「それはそれで腹がたつわね」
「どっちだよ? 見て欲しいなら見るが?」
「そ、そんなわけないでしょ!」
「なら早くしてくれ」
すると、恐る恐る俺の肩に足をのせる。
それを確認したら、下を向いてゆっくり立ち上がる。
「どうだー? 届くか?」
「い、いけるかな? ……えいっ……いけたわ!」
「おっ、そうか。んじゃ、俺も戻るとするかね」
木をパパッと登り、倉庫の屋根に行く。
「さっきも思ったけど身軽なのね? 体育の授業とかでは、全然そんな感じしないけど」
「そりゃ、そうだろ。いつも手を抜いてやってるし」
「ふーん……その理由を聞くのはフェアじゃないわね」
「そういうこと。それはお互い様だしな。ただ、ここにくることすら契約違反というか……」
「別に、ここにくることに関しては何も約束してないわ。したのは、お互いことは黙ってようってことだけ」
「……そういや、そうだったな」
しまった、俺としたことが。
ただ、清水がまたくるとは思ってなかったし。
さてさて、何が目的なのやら。
俺はひとまず学ランを脱いで、清水の前に置く。
「えっ?」
「そのまま座るのはまずいだろ? 俺の学ランでよければ使っていい」
「わ、悪いわ」
「いや、さっき肩を踏んだから変わらなくない? とにかく、早く食べないと休み時間なくなるし」
「……それもそうね。じゃあ、有り難く使わせてもらう」
大人しく俺の学ランの上に座り、お弁当を風呂敷から取り出す。
ようやく落ち着いたので、俺も再び食事を開始する。
「……聞いてもいい?」
「ん? ああ、答えられることなら」
「何を見てるの?」
「ん? 大体、ラノベ漫画とかネット小説だ。たまにネトフリでアニメとか」
「ふーん、そうなんだ。そういうのって見たことない。周りにも、そういう人いないし」
「そりゃ、聖女様の近くにいるような方は見ないかもな。ジャン○とかマガジ○なら別だが」
大体が、リア充と言われるような奴らだろう。
もちろん、知ってる人もいるだろうが……女子受けが悪いから、わざわざいう奴もいないだろうし。
「それなら知ってる。そういうのって、面白いの?」
「さあ? 人によりけりじゃね? 個人的には面白いと思って見てるけどな」
「ふーん、例えばどういうところ?」
「自分じゃない誰かが、知らない世界で冒険したりとか。言いたいことを代わりに言ってくれるとか……まあ、俺はそんな感じだ。なにせ、こうして不自由な生活をしてるもんで」
日々バイトや家のこと、母親のことで精一杯だ。
俺だって遊びたくないわけじゃない。
だから、こうした物語を見ることで消化しているのかもしれない。
「……そういう気持ちならわかるかも。自分じゃない誰かが、代わりにとか」
「まあ、普段は猫をかぶってるしな?」
「それはお互い様でしょ?」
「そりゃ、そうだ。ただ、清水ほどじゃないさ。よくもまあ、あんな完璧にできるな」
「それはそうよ。相当頑張ったんだから……少し疲れちゃったけどね」
その表情は、俺の記憶にある……とある姿と重なる。
俺の罪悪感であり、ずっと後悔している思い出だった。
別に、こいつに対して贖罪しても仕方ないが……見てられんねえな。
「……清水さえ良ければ、いつでもここに来ていいぞ。ただ俺が本を読むのを邪魔しないならな」
「えっ? ……いいの?」
「ああ、別に話くらいなら聞くさ」
「そ、そういう手口? 言っておくけど、私はそんなつもりはないから」
「はっ、もう少し大人になってから出直してこい。俺の好みは綺麗なお姉さんなんでね」
実際問題、清水くらいの猫かぶりは可愛いもんだ。
こっちは普段から、もっと猫をかぶってる人たちを相手にしてるし。
「むぅ……なんだかむかつくわ」
「おいおい、どっちだよ。男に好かれたくないんだろ?」
「それはそれ、これはこれよ」
「へいへい、そうですか」
心地よい風が吹く中、チャイムが鳴る直前までそんな会話をする。
不思議と邪魔とか、嫌な気分にはならなかった。