約束
これはまずいぞ、いや美味いのだが。
いやいや、そういうことじゃなくて……この弁当めちゃくちゃ美味い。
俺好みというか男好みというか、とにかく美味い。
一度食べてしまったら、次も欲しくなってしまう。
はっ、もしやそれが狙いか?
先ほどの狙いとは別に、俺を餌付けして何か大きな要求をするのでは?
「この腹黒聖女め……恐ろしい奴」
「ちょっと、殴るわよ? 何よ急に」
「弁当が美味くて困ってるんだよ」
「へっ? ……ありがと。じゃなくて、何が腹黒なのよ?」
「こんな美味いものを食わせて、俺を籠絡しようっていうんだな?」
「ろ、籠絡なんてしないわよ!」
「そうなのか。まあ、それならいい」
ひとまず、美味いので食べ進める。
すると、あっという間になくなってしまった。
「は、早いわね……しかも、結構量があったのに」
「そりゃ、美味いから。ただ、少し足りないくらいだな」
「あれで足りないのね……なるほど」
「作ってもらった身で贅沢なことは言わん。さて、まずは何がお望みだ?」
借りは早く返すのが俺のモットーだ。
いつのまにか積み重なって返せなくなる前に。
「お望みって……何からがいいのかしら?」
「何からって、どんだけあるんだ?」
「えっと……料理のレパートリーを増やしたり、行ったことない場所に行ったり、一人じゃできないこと……」
「味見役に、護衛に、遊び相手ってことか。なるほど、わかった」
確かに、それらは相手がいないとできない。
下手な男子に頼むようなら、変な勘違いをされるだろうし。
その点、俺なら安心というわけか。
「い、言い方……」
「ん? 何か間違ってたか?」
「ま、間違ってないわよ。あと、もう一つ頼みというか……」
「ふむふむ、なんだ?」
「……勉強を一緒にやって欲しいの。というより、教えて欲しいなって」
「……嫌味か?」
方や学年二位の才女、方やギリギリ五十番代の俺。
どう考えても、教わるのは俺の方になる。
「ち、違うわよ」
「じゃあ……ははん、俺に勉強を教えて借りを増やす気か?」
「うっ……」
「なるほどなるほど」
そうして、借りを増やして何か大きな要求を……って言っても何か分からんが。
それに……別に困るようなことないか。
「ほ、ほら、貴方って国語の成績だけは良いじゃない? というより、古典といった方が良いかしら?」
「だけっていうなし。というか、なんで知ってる?」
「大体の生徒の成績は把握してるわ」
「こわっ」
「と、とにかく! 私は唯一の弱点は国語なのよ。というわけで、私は他の科目を教えるわ。貴方は、国語を教えてちょうだい」
……交換条件ってやつか。
それなら借りにはならないから良いか。
「わかった、そういうことなら」
「これで口実が……」
「ん? どうした?」
「いえ、なんでもないわ。そしたらファミレスとか……私、あんまり行ったことないから」
そういや、カラオケも行ったことがなかったくらいだ。
一体、どんな人生を送ってきたんだか。
「それじゃ、ファミレスで勉強でもすれば一石二鳥だな」
「そういうことになるわ。貴方は、何曜日が空いているの?」
「木金土日以外だったら、前もって言えば空けられる。つまり、月火水は基本的に平気だ」
「そうなんだ……それじゃあ、明日にしましょう」
「了解。んじゃ、空けとくわ」
俺は久々のまともな昼飯に満足して、午後の授業を受けるのだった。
◇
その日の放課後、俺が日直を終えてから教室を出ていくと……廊下で生徒会長である横山と、清水がいるところに出くわす。
眼鏡をかけた優男で、しきりに清水に話しかけている。
清水は書類の束を持っているが、奴は気にした様子もない。
「ところで、次の試験はどうだい?」
「うーん、どうかなぁ」
「じゃあ、俺が勉強を教えてあげようか?」
「ううん、勉強は自分でやるものだから」
「そう? 放課後とか、俺は時間あるんだけど。別に休みの日とかでもいいし」
「そうかもしれないね。でも、別に一位が取りたいわけじゃないから」
その顔は笑っているが、今の俺にはわかる。
あれは、相当にイラついている。
しかし、無理もない……相手は如何にもなマウントを取った態度だ。
何というか……好きになってもらいたいならアレでは駄目だろう。
「まあ、女の子だしね。二位くらいの方が可愛げもあるか」
「うん、そうかも」
「それより、勉強とは関係なく出かけたり……あっ、最近は新しい趣味を見つけてさ」
そんな会話に、清水はニコニコしながら頷いていた。
それにしても……随分と一方的に話しかけてんな。
好きだというのはわかるが、あれでは駄目だろう。
お姉さん方も、好きならまずは相手の話を聞くことが大事と言っていたし。
「清水さん、ちょっといいか?」
「逢沢君っ……クラスメイトが呼んでるから行くね」
「ちょっ……」
制止を振り切り、清水が俺に近づいてくる。
俺は一瞬だけ、目線で相手に威圧をかけた。
すると、横山は目を逸らして去っていった。
俺はそのまま、誰もいない教室に清水を引っ張り込む。
「平気か?」
「あ、ありがとう……別に頼んでないのに」
「お節介だったらすまん」
「そ、そんなこと……ほんと、私って可愛くない……困ってたから助かったわ」
「そうか、それならいい。しかし、随分と一方的だったな」
側から見てたことはあったが、ああして会話をしてるのは初めて聞いた。
アレでは、清水でなくても逆効果だろうに。
「そうなのよ。いつも、あんな感じで……学年一位の俺が教えてあげるって。そもそも、貴方がろくに仕事をしないから私に負担が来てるっていうのに……! そりゃ、貴方は大したことしてないから時間はあるでしょうね……!」
「お、おう?」
「……ごめんなさい、愚痴って」
「いや、吐けるものは吐ける内に吐いた方がいい。それを我慢すると、それすらも言えなくなることがある」
俺の母さんもそうだったし、お姉さん方も言っていた。
感覚が麻痺してきて、自分が溜め込んでることに気づかなくなるとか。
「……そうかもしれないわ。でも、どうやっていいかわからない」
「別に今みたいのでいいだろ。ところで、その書類はどこに持って行く?」
「えっ? これは職員室に持っていくアンケートよ」
「んじゃ、行き先は一緒だな。ほら、職員室行くぞ」
俺は書類の山を清水から受け取り、代わりに軽い日直帳を渡す。
そして、教室を出て歩き出すのだった。




